第60話メイドさんと怠惰なひととき。

「あざとい!」

 トイレから出たら、涼香がメイド服を着てお出迎え。

 正直に言うとめちゃくちゃに興奮した。

 大きな声で滾る気持ちを誤魔化すしか俺に道は残されていない。

 まあ、襲いたいという気持ちを誤魔化さなくとも良いのだが、ここまで我慢して来たというのに、ここで手を出せばなんか負けた気がするしな。


「ふふ。まったく、そんなことをおっしゃって可愛いんですから」


「口調を変えんな」


「あら? わたくしはいつもこのような口調ですよ?」


「とか言ってるが、顔が真っ赤だぞ?」


「あはは、なんか恥ずかしいからね。で、で、あざとい! って言って来るけどそれ以外には感想は無いの?」


「あ~、可愛いぞ」


「なんか適当じゃない? なんで? ねえ、なんで?」

 返事の適当さに納得できない涼香が顔を近づけて問い詰めて来る。

 近づかれたがゆえによく見えるメイド服は出来が良い。

 何よりも、まだメイド服を着て気恥ずかしさが抜けていない赤み差す顔がグッとくる何かを感じさせる。


「可愛いから……。いや、ガチで理性がヤバいんだよ!」

 そう言いながら涼香から離れる。

 すると、涼香はぴょこっと軽い足取りで離れた距離を詰めて来る。


「んふふ。逃がさないよ?」

 それから、じりじりと後ろへ後ろへ逃げるもとうとう壁際まで追い詰められた。

 俺を逃がさないかのように追い詰める涼香の顔はニコニコだ。

 手が治るまで手を出さないという宣言をしている癖に、こういう風に近づかれたら出しちゃいそうになるんでしょ?

 まったく可愛いプライドをお持ちなことで? と言わんばかりだ。


「っくそ。良いのか? 俺が我慢できなくても!」


「良いに決まってるじゃん。まあ、今日はこのくらいで許してあげよう」

 俺から離れて行く。

 そんな涼香は去り際にこれまた俺の感情を揺さぶる事を吐いて来た。


「これでも我慢してるんだけどね」


「……」

 我慢してこれかあ……。

 俺が我慢しなくなったら、もの凄い事が待ち受けているんじゃなかろうか。

 そう思うとちょっと怖い反面もあるが、我慢の先に待ち受けている展開にドキドキが止まらなくなってしまう。

 それと同時にふと思ってしまった。


「黙っちゃってどうしたの?」


「俺の変な意地って嫌か?」

 右手が治ってから。

 この意地を張り続けることで、涼香を傷つけているんじゃないかって考えてしまった。

 俺に積極的に近づく涼香の態度から察するに我慢を強いている気がするしな。

 さすがに涼香を傷つけてまで変な意地は張るつもりは無い。


「ん~、嫌でもあるし嫌でもないって感じかな。我慢のおかげで日に日にラブラブしたい気持ちは高まってるから良いんだけど……。でも、それがちょっと欲求不満な気にもさせちゃうんだよね」


「確かに我慢のおかげでかなり仲は深まっているよな……。あれだ。本当に文句があるんだったら遠慮なく言ってくれよ?」


「あははは、大丈夫! 遠慮なんてしてないから。この心配性さんめ! うんうん。こういう風にちゃんと相手の事を考えてケアする気があるから、祐樹の我慢に付き合えちゃうんだよね~」

 その顔は誰がどう見ても晴れやかであった。

 そして、ついつい話し込んでしまった俺と涼香は掃除を始めるべく動き出す。

 とみせかけて、俺はちょっぴりねだって見る。


「その格好で膝枕して貰えたら最高なんだけどな~」


「ん?」


「メイドさんの膝枕って憧れるよな」


「しょうがないなあ。はい、おいで」

 ソファーに座り、ポンポンと太ももを叩く涼香は仕方がないという顔で微笑みを向けて来る。

 遠慮することなく、太ももの上にお邪魔するとしよう。

 クラシカルな丈の長いメイド服の涼香に膝枕をして貰うのだが、


「微妙じゃね?」


「どこら辺が微妙なの?」


「いや、うん。布地がちょっと固めで顔が擦れる。そして何よりも、お前の太ももがどこにあるのかが全然分からんのが一番微妙だ」


「うわ~、祐樹がキモい事を言って来た。でも、そう言うキモいのもなんか可愛いなーって思えるあたり私は病気かも」


「大丈夫だ。俺もお前がキモい事を言っても受け入れる自信がある。って、こんな話、前にもした気がする」


「うん。したね~。あ、耳かきする? ちょっと溜まってるみたいだし」


「じゃあ、頼んだ」

 太ももに寝そべるのを一回止める。

 すると、涼香は耳かきを取りに行って、すぐに戻って来た。

 で、また俺は顔を太ももに沈めた。

 そして始まる耳かきなのだが、耳たぶを人差し指と親指でむにむにと触られる。


「耳たぶがお気に入りか?」


「祐樹の耳たぶが柔らかくて良い揉み心地かも。触っちゃダメ?」


「いいや、好きなだけ触って良いぞ」


「そう言われると、触るのをやめたくなるよね」

 優しく耳たぶから指を離した涼香は耳かきを始める。

 耳の中を綺麗に掃除されて行き、最後に涼香はふ~っと息をかけて小さなごみを飛ばしてきた。

 それがどうもくすぐったくて俺は背筋をぶるっと震わせてしまう。


「くすぐったがり~」


「めちゃくちゃにくすぐったかった。お前もやられてみればわかるぞ?」

 ちょっと煽られた俺は涼香の耳をふ~っとすべく立ち上がる。

 涼香を膝の上に寝そべらせるべくポンポンと太ももを叩くと、涼香は嬉しそうに勢いよく倒れこんで来た。


「えへへ。耳にふ~ってして良いから、私にも耳かきして?」


「分かった。分かった。人の耳を弄るのは初めてだから暴れんなよ」

 耳かきを手にする俺。

 しかし、生まれてこの方、人の耳に棒を突っ込んだ経験などなく恐る恐るだ。

 涼香が艶めかしいふりをしながらおちょくって来る。


「祐樹に棒を突っ込まれちゃった……」


「おい。手元が狂うから変なことを言うな」


「てへ?」


「手元がズレてお前の耳にグサッと刺さるかもだし、耳かきをしてやんないぞ?」


「は~い。ごめんなさい。黙りま~す……」

 とまあ、涼香も馬鹿じゃないので大人しくなった。

 慣れぬ手つきで涼香の耳を綺麗に掃除していき、最後には……宣言通りにふ~っと優しく息を吹きかけるつもりだった。

 しかし、それじゃあつまらない。

 そう思った俺は耳に顔を近づけ小さな声で囁いた。


『いつもありがとな』


「うぅぅぅ……。祐樹、だめ。それ反則すぎ……」


「ははは。恥ずかしがれ、恥ずかしがれ。最近、お前にしてやられてばっかりだったしな!」


「酷い夫だよ。で、でも、もう一回してくれても良いんだよ?」

 不意打ちを食らって恥ずかしさ満点で顔が真っ赤だと言うのにおかわりを求めらてしまったならしょうがない。


『そう言う素直なとこ好きだぞ?』


「えへへ。祐樹のば~か。そんなんで、私が喜ぶとでも思った?」

 超ご機嫌である。

 だというのに、喜ばないと言い張るのなら、全力をもって相手をしようではないか。

 俺は涼香の耳元で日頃の感謝やら、好きな所を色々と言ってやるのであった。

 掃除をしようと言った癖に、こうも簡単に違う事をしてしまう俺達。

 怠惰な日常が心を落ち着けてくれる。


「さてと、祐樹。そろそろ掃除始める?」


「もうちょいゆっくりしたい」


「も~。しょうがないなあ。あと、10分だけだよ?」



 なお、結局、10分では足らず、20分くらいゆっくりする俺達であった。

 

 

 

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