第61話心の整理。
「えーっと。水1リットルに対して、おおさじ一杯を溶かす……」
昨日買ったばかりのよく汚れが落ちると噂される洗剤を水に溶かす涼香。
どうも日本で売っているものではなく、直輸入品のため、香料と界面活性剤が入っているため汚れ落ちが抜群だそうだ。
といっても、香料の匂いが少しつくというデメリットはあるらしいがな。
「なんて言うか、お前ってそんなに掃除が好きだったか?」
「ううん。お母さんに部屋を掃除しないなら、私が勝手に掃除して色々見ちゃうわよ? って脅されてた。でも、ここは私がお金を払って借りている部屋。だったら、こだわりたいし、おしゃれにしたいし、なによりも綺麗に保ちたいって思っちゃわない?」
「愛着ってやつだな」
「そう言う奴だろうね。さてと、良く落ちる洗剤を溶かした液も出来たし、キッチン周りから気合を入れて行くよ! はい、祐樹の雑巾」
雑巾を渡されたので、ひとまず良く汚れている場所を探す。
油が飛び散りベタベタしている所を見つけた俺は雑巾でそこを擦った。
洗剤が入った液につけて濡らしてあるせいか、油はすぐに落ちていく。
「おお。これは中々。洗剤に浸してない雑巾ってあるか?」
「あるよ。はいどうぞ」
洗剤を付けていない雑巾を受け取り、それで汚れている場所を擦る。
しかし、さっきのように簡単には落ちてくれない。
うむ。確かに買って来た洗剤は中々に効果があるのかもしれないな。
まあ、別の洗剤を使った事が無いから良く分からないけど。
「メイド服を着ながらお掃除って凄く気合が入るかも」
そう呟くメイド服を着た涼香の方を見やる。
やや力を入れて至る所を雑巾で擦る姿はとてもつもなく調和していた。
これは……と思い携帯を取り出し、カメラを起動。
「涼香」
「なあに?」
カシャリ。
振り向いた瞬間、カメラのシャッターを押した。
撮れた写真は俺にしては珍しく上手に撮れている。
「待ち受け画面だな」
「だ~め。今回は消さないであげるけど、待ち受けにしたら消す」
「っく」
「ほら、さぼってないで手を動かして。祐樹とイチャイチャしていたせいで、午前もだいぶ過ぎちゃってるんだからさ」
「分かってるって」
二人してゴシゴシと油汚れを落としていく。
料理をたくさんしなければ軽い掃除だけで済まない程の汚れなどつかない。
だからこそ俺は言う。
「手、治ったら俺も色々とやるからな」
「そっか。じゃあ、よろしくね」
掃除をして行き常日頃、涼香がどれだけいろんなことをしてくれているのかしみじみと考えながら進んで行く掃除。
キッチン周りを一通り綺麗にし終わると、手を洗った涼香が一眼レフカメラで写真を撮った。
「キッチンの写真を撮ってどうするつもりだ?」
「今の綺麗さを基準にしようって思ったのと、最近はなんでも写真に撮ってみたいんだよ。ほら、みてみて? 目で見るのと全然違うでしょ?」
一眼レフカメラで撮った写真を見せてくれた。
確かに肉眼で見た時とはまた違う風情がある。
「涼香の将来はカメラマンだな」
「あははは、本当になっちゃおっかな? ほら、私達ってお金はもう結構持ってるし、夢を追えるもんね」
「……」
どんよりと重い気持ちが俺を支配し、目じりに何かが溜まって行った。
「祐樹?」
「夢って言葉に弱いんだよ。体を動かしたら、もうこの様だ」
「ああ、そっか。そりゃまあ、引きずってるよね……。昨日に至るまで全然と言って良い程体を動かさないようにして現実逃避してたくらいだもん……」
舞い込んで来た幸運。
将来を約束され、ある程度好き放題に出来るほどの大金だ。
だけど、遅かった。
俺が夢を諦めた後に、夢を追えるくらいの金が舞い込んで来た。
ただでさえ、贅沢なことだというのに、それだというのに俺は我がままなんだ。
『もし、俺が足を悪くした時に宝くじが当たっていたら』
それが頭から染みついて離れてくれない。
体を動かしたせいで、より一層と染みが濃くなったのだろう。
「俺ってさ。お前と仲良くする以外に何をしたら良いんだ?」
涼香の事が好きだ。
だけど、それ以外の好きなものが……見つからない。
涼香は写真、矢代先輩はアウトドア、田中と金田さんは動画を投稿、皆が皆、色々と好きなことをしている。
俺はただ周りに流されて一緒にしているだけ。
アウトドアも好きと言えば好きな方だが、矢代先輩にはもちろんのこと、サークルメンバーの中でもかなり愛着は薄いほうだ。
写真も気にはなるものの、涼香以上に嵌れそうにない。
田中と金田さんがしている動画投稿に対しては憧れる。ほんのちょっとしたきっかけで始めたことでお金を稼ぎ、より貪欲に動画投稿で生きて行くと本気になった。
皆が皆、本当にしたい事を色々している。
俺もサッカーをしていた時はそうだった。
でも、サッカーを辞めてからは……何も見つからない。
ひとまずの目標として、勉強をして良い大学に入って、稼ぎまくってやると意気込んでいた。
けど、宝くじのおかげで、もうお金も贅沢しすぎなければ困らない。そう分かった途端にすーっとひとまずの目標は消え去った。
だから代わりの目標と言うか、したい事を探し始めたのに見つからない。
せっかく、他の人よりも『なんでも』しやすい環境を手に入れたというのに。
それがもうもどかしくて堪らない。
何かが出来るのに、何かが出来ない。
何かしたくて、何かにどっぷりと嵌りたい。
だけど、したい何かが見つからない。
「贅沢な悩みだね」
「だろ? もう十分、幸せは掴んでるのにそれ以上を望んでるとか大馬鹿者だ」
「サッカー選手の夢をもう一度っていうのは駄目なの?」
「俺なんかよりも……努力してる奴はたくさん居る。今更、夢を追いなおしたところでそいつらには絶対に追いつけない。スポーツ業界の衰退のせいで、生半可な実力じゃあ選手になれないし、別に大した怪我でもない癖に心が折れた俺がなれる訳がない」
18歳で成人の法律改正が行われる3年前。
感染症が流行った。
観客が多く集まるスポーツ業界は大打撃を受け、不景気による規模縮小により選手の大量解雇を余儀なくされた。
それでもスポーツ選手を目指す人と言うのはとてつもない意志を持っている。
俺もその一人であったが、『夢』ではなく『現実』を追ってしまった。
そんな生半可な俺がもう一度、サッカー選手を目指したところで……って話だ。
「まったくもう。こっちおいで?」
おいでと言うも涼香の方から来てくれて抱きしめてくれる。
胸元に顔をうずめた俺はそれから少しだけ弱音を吐きながら涼香に甘えた。
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