第32話愛のこもったプレゼント
外は真っ暗。
その中で響く楽しげな声。
無事、準備を終えたアウトドアサークルの勧誘会と名売った宴会。
と言っても、この場に集まるは成人しているが、お酒を飲むことのできない者。
成人年齢は引き下げられたが、依然としてお酒やたばこは20歳を過ぎてからがこの国のルールだ。
まあ、破る輩も居るには居るが、この場では少なくとも破られることは無い。
矢代先輩いわく、酒がなくとも語り語らえば、仲良く成れるをモットーにクリーンな活動をしたいから、もし飲む奴が居たらぶっ飛ばすそうだ。
「よ、祐樹。ちょいと付き合えや。アウトドアで飲む、コーヒーの素晴らしさを教えてやるよ」
「他の人は興味を示さなかったんですか?」
俺を誘ってきた。
それはたぶん、みんなからそれとなくご遠慮されたからに、違いない。
「さすが俺の後輩。可哀そうな先輩なんだ。ちょいと付き合えや」
「はいはい。分かりましたって」
二人で少し離れた位置で小さめな机と椅子を広げ、腰掛けた。
コーヒー豆を挽くやつ? にセットしガリガリと細かく砕いて行く矢代先輩。
「矢代先輩。それ、インスタントじゃダメなんですか?」
「おまっ、さりげなく酷い事言うよな。ああ、ダメだ。こうやって、わざわざ手間を掛けるから楽しいんだろうが。ほれ、挽いてみろ」
渡されたコーヒー豆を細かく砕くやつ。
それのハンドルを握って回す。片手しか使えない今、かなり不格好でだがな。
「にしても、ちょっと挽き心地が悪くないですか? これ」
「ん? ああ、キャンプするたびに使ってるしな。買った時は、もっとスムーズに豆を挽けたぞ」
「買い替えないんですか?」
「まだ使えるだろ? 地味にそれ、アルバイトの初給料で買った奴でよ。愛着ってもんがあるわけだ」
アルバイトの初給料で買ったもの。
多少ガタが来ても、壊れるまで使い続けるのも風情がある。
「その精神。俺も見習わせてもらいます」
「気持ち悪っ。お前、そんなこと言うキャラじゃねえだろうが」
「まあまあ、人って変わるじゃないですか」
それから矢代先輩は俺がガリガリと挽いた豆をフィルターの上に載せ、卓上で沸かしていたお湯を使ってコーヒーを淹れた。
「ほらよ。熱いから気を付けろよ」
そう言われて差し出された淹れたてのコーヒーをズズッと啜る。
口の中に苦みを感じるのだが、
「インスタントに比べて苦くない……」
「お、気が付いたか? そうなんだよ。インスタントの粉と違って、よっぽど下手な奴が作らねえ限り、挽いた豆で入れるコーヒーは苦くなり過ぎねえんだよ」
そして、香りが良い。
インスタントと違って、鼻に突き抜ける香りが軽やかな気がする。
砂糖もミルクも何にも入っていないコーヒー。
ブラックコーヒーって苦いし、甘くないから避けて来たが、これなら飲める。
加えて、春とはいえ、夜はまだ涼しい。
その涼しさと相まって、暖かいコーヒーが胸をほっこりとさせてくれる。
「良いですね。外で飲むコーヒーってのも」
「だろ? で、最後までブラックで飲むか? 一応、砂糖もミルクもあるぞ」
「せっかくなので、最後までブラックで飲み切ります」
コーヒーの黒さに負けない位、黒い空。
点々と輝く小さな光。
それを見ながら、先輩と話ながら飲むコーヒーはいつもより美味しい。
「てかよ~。お前、ガチで結婚してんだな」
「まあ、そうですね」
「早いうちから結婚。熱が冷めるのも早いかも知れん。嫁さんを大事にしとけよ?」
「確かに、早いうちに結婚した場合、離婚しやすいらしいですからね。言われなくても、愛想を尽かされないように気を付けます」
「おうおう。すぐ愛想を尽かされないように~とか言うあたり、相当に惚れこんでんでるのが良く分かる事で。そういや、別にお前んちって金持ちじゃ無かったよな? 指輪とかどうなってんだ?」
結婚指輪は買った。
大事に仕舞ってあるが、二人とも指にはしない。
基本的に話した方が良い場合と、聞かれれば結婚したことは言う事にした。
しかし、聞かれなければいうつもりは無い。
わざわざ結婚指輪をして、結婚してる? だなんて聞かれたくない訳だ。
さてと、先輩に結婚指輪は買ったと言えば、お前その金どこから手に入れた? と怪しまれるのでここはこう言うべきだな。
「買ってませんよ」
「んじゃ、婚約指輪はどうだ?」
「それもまだです」
「おうおう。ま、学生婚だしな。とはいえ、いつかはきちんと買ってやれよ?」
結婚指輪は実はある。
でも、婚約指輪はない。
宝くじのお金を使えば買ってあげることが出来るが……
「いつか必ず買います。しっかりと自分の手で」
「さすがラブラブな夫婦だ。そういや、嫁さんの誕生日が近いだろ。婚約指輪や結婚指輪は買えないだろうが、何かプレゼントとか考えてんのか?」
涼香の誕生日は近い。
宝くじを当てて以来、何でも買おうと思えば買えてしまう。
だけど……俺は先輩と話していて思い至った。
「先輩……この前、人手が足りないって言ってましたよね?」
こうして俺は涼香の誕生日に向けて動き始めた。
涼香Side
「はあ……」
リビングで私はだらんと体を机に任せている。
一言で今の私を表すのなら憂鬱な気分ってやつ?
だって、だって……祐樹が最近、私に素っ気ないんだもん。
ガチャリ。
素っ気ない祐樹が帰って来たのだろうか、玄関が開く。
明らかに疲れた様子を見せながら私に言う。
「ただいま」
「お帰り。お風呂入るでしょ?」
「ああ、頼む」
お決まりとなったお風呂の手伝い。
それをしながら、私は帰りが遅くなった理由について聞く。
たぶん、これで4回目だけど、ついつい聞いちゃうんだよね……。
「なんで、急にバイトを始めたの? 手も治ってからで良かったんじゃない?」
良く分からない。
祐樹がいきなりバイトを始めた理由が本当に良く分からない。
だって、お金には困ってないんだもん。
それに加えて、手が治ってからの方が良いに決まってるのに、なぜか急ぐようにしてバイトを始めたんだもん。
「ん? まあ、気まぐれってやつだ」
「え~、本当に~?」
口ではそう言うけど、なんと言うかびみょ~な気分。
はっ、まさか、私と一緒に居たくないから、バイトして時間を潰してる!?
とまあ、悲観になりながら祐樹の頭をわしゃわしゃと洗う。
「おま、ちょっと強く擦りすぎだ。若くして、俺がハゲになったらどうする」
「あ、ごめんごめん。ところで、今日も忙しかったの?」
「慣れない事をしてるせいで、気疲れしてるだけだ」
「そっか。じゃあ、お風呂あがったら、今日はもう寝ちゃう?」
「そうだな。明日は1限の講義もあるしな」
それから祐樹がお風呂を上がった後、私も綺麗さっぱりになった。
二人して寝る準備をしてベッドへ。
えへへ、慣れたとはいえ、祐樹と一緒に寝るのって幸せ~。
でもさ、でもさ、
「……すぅ、すぅ」
「なんで、急にバイトして疲れるまで頑張ってんだろ……」
ツンツンとベッドに入ったばかりだが、すぐ寝てしまった祐樹の頬をつつく。
もしかして、祐樹はもう私に興味が……ううん、それは違うって何となく分かってるけどさあ。
まったく、もう。ほんと、祐樹は何がしたいんだろ?
「はあ……。私も寝よ」
私は目を瞑って眠気に体を任せて行くのであった。
朝。
私は1限の講義が無いけど、祐樹のために早起きをして朝ご飯を作る。
今日はフレンチトースト。
はちみつも買ってあるし~、食パンもちょっと良い奴を買ってある~。
ルンルン気分でフレンチトーストを作っていると、私に遅れて祐樹がキッチンにやって来た。
「おはよう」
「おはよ~。今日はフレンチトーストだよ?」
「おうおう。今日も相変わらず張りきってんな」
「でしょ? さあさあ、食べよ?」
二人して朝ご飯。
祐樹は食べ終わって身支度を整えて、大学へ。
「行ってらっしゃい」
「行ってくる」
ガチャン。
祐樹が出て行ったのを見て、私は玄関を閉めた。
「……ぶー。今日、誕生日なのに何も言ってくれなかった」
今か今かとそわそわとしてたのに、私に『おめでとう』の一言すらなかった。
もしかして、私。
本当に祐樹に愛想を尽かされちゃったんじゃ……。
ううん、そ、そんなことが無いはず。
不満なんて……
「あ」
夫婦生活。
営みがないと言うのはやはり祐樹にとって不満なのでは?
でも、祐樹は右手が治るまで手は出さない~って言ってたし多分違う。
「わけわかんない! 祐樹の馬鹿!」
ベッドの上でじたばたとする私だった。
それから、私も2時限目から講義があったので大学に行く。
今日は一つも祐樹と講義が被っておらず、大学で話すなんてことは無く普通に家に帰って来た。
祐樹は3限まで、私は5限まで。
私よりも先に帰って来てるはず、さすがに『お誕生日おめでとう』って言ってくれるよね?
で、でも、もしかしたら……。
胸をざわつかせながら、恐る恐るリビングに繋がるドアを開ける。
パーン!
大きな音が私に降り注ぐ。
「涼香。誕生日。おめでとう!」
「え、あ、え?」
突然鳴らされたクラッカーに驚きながら、リビングにある机が目に入る。
すると、どうしたものか、どこかで買って来たごちそうが並んでいた。
「朝、わざわざ、玄関まで着いて来て、お誕生日おめでとうと言われるのを期待してたのに言わなくて悪かった。つい、お前を驚かせたくてな」
「ばかっ! もう、祐樹のばかっ!」
ポコポコと祐樹を叩く。
だって、だって、嬉しいだもん。
こんな風に祝われるなんて、思って無かったんだからしょうがないじゃん。
「で、だ」
そわそわとしながら、ポケットから出てきたプレゼントを渡してきた。
中身は何かな~っと。
恥ずかしそうに渡した祐樹の反応を見ながら、小包を開ける。
中から出て来たのはネックレス。
若者向けでお値段もお手頃で、可愛くて私に良く似合いそうなやつ。
「ありがと! すっごく嬉しい!」
「そう言って貰えると嬉しいもんだ。頑張った甲斐がある」
「ん?」
「最近、バイトしてたのは、それを買うためだったわけだ。宝くじの金でお前に良いものを買ってやろうとも思った。けどな、自分で稼いだお金でプレゼントしたかったんだよ」
「……なにそれ。ひっぐ。うっ、んっ、っつ、だめ、泣けて来ちゃった」
「おいおい。そんなにか?」
「そんなにだよ。右手が使えないのにさ、バイト始めちゃってさ。もしかして、私と一緒に居たくないから? なんて考えた私ってほんと馬鹿じゃん……」
泣きながら祐樹に抱き着く私。
そして、誕生日にわざわざ宝くじで当てたお金じゃ無くて、自分で稼いだお金でプレゼントなんて粋なことをしてくれちゃった祐樹に思いを伝えた。
「えへへ、大好き!」
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