第42話可愛いひっつき虫

 土曜日。

 大学の講義は休みだ。

 デートをしようと誘ったが、財布のお金が厳しめだったので諦めた。

 で、残念ながらデートが出来ない休みの今日。

 俺と涼香は何をするかと言えば、住み始めた部屋の使いづらい所の改善だ。


「テレビラックの下ってまだ何も入れて無いから、なんかプラスチックのトレーみたいなのを入れて小物が入れられる場所にする?」


「俺的には書類をまとめて入れて置く場所に、するのも良いんじゃないかと思ってるぞ」


「ん~、じゃあ、両方?」

 テレビラックの下にある棚の部分は結構な広さ。

 書類を置く場所にして、軽い小物を仕舞っておく場所としても使える。

 よって、二人の案を採用することになった。


「メモメモっと」

 100円ショップで買うものリストに小物入れっぽいものと、書類が仕舞えるケースをメモ帳に記入する涼香。

 行く前にあらかじめ何が必要か調べておくと効率が段違いだしな。


「次は玄関! 私は鍵を入れて置く小物入れを置こうと思うんだけど、どう思う?ほら、鍵はどこ~ってならないようにするために」


「あ~、玄関先は誰でも入れるし、鍵を盗られる可能性があるんじゃないか?」


「じゃあ、リビングの机?」


「食事を摂るときに机に乗っけて置くのも邪魔だな。やっぱり、多少どこ行った? ってなるけど、鍵は各自で管理して置き場所を作らない方が良いだろ」


「む~」

 ちょっと不満そうに唸る涼香。

 鍵置き場を作りたい気持ちが強いのだろう。

 俺的には作らない方が良いと思ってはいるが、それでもまあ、夫婦円満な秘訣は互いに互いを思いやること。


「ま、小物入れを買っておけば、どこかしら使い勝手が良い場所が見つかった時、鍵置き場を作れるから買っとくか」


「うん、どうせ100円ショップの安い奴だしね!」

 と言った感じで相手の意見を否定しない。

 が、しかし。

 慣れん。

 だって、涼香とは言いたいことを言いあってぶつかる事が多々あったのだ。

 昔であれば、鍵置き場なんて要らねえだろと強く否定していたに違いない。

 やっぱり、何とはなしにぶつかれた関係性が嫌じゃない俺も居る訳で、ちょっと複雑な気分だ。


「祐樹さ~、もっとぶつかって来てくれても良いからね?」


「いきなりどうしたんだよ。そんなこと言って」


「だって、鍵置き場なんて要らない~って思ってるでしょ? でも、私が欲しいって言ったから否定しないように折衷案を出した。あのさ、この際だからハッキリ言っちゃう」


「お、おう」


「幼馴染であった時みたいにぶつかるのは嫌いじゃないよ? だから、素直に色々と言ってくれて良いからね? 私も別に前の祐樹も嫌いじゃないもん」

 とまあ、俺の事を良く分かってくれる涼香。

 で、俺はと言うと、少しはにかんだ顔を浮かべてから言い直す。


「んじゃ、100円と言えど鍵置き場なんて見つからん。要らぬものが増えるだけだし、小物入れは必要以上に買う必要はなしだ」


「うわ~、素直なやつ~。じゃあ、私も! 祐樹がそう言うけど、やっぱり鍵置き場なんてとか言われても、欲しいんだもん! 初めての親元を離れての暮らし、色々とこだわりたいんだもん!」


「そういって、要らない物だらけのゴミ屋敷になって行くんだぞ?」


「ぶ~~。もう決めた。祐樹に阻止されても買う!」


「もし使わずに埃をかぶる様になったら、謝れよ?」


「良いよ? その時は謝ってあげる! でも、祐樹もちゃんと私が小物入れを買って無駄にしなかったら謝って貰うから」

 どうでも良い事を無駄に熱く語る。

 それこそ、夫婦円満のコツである互いに互いを理解しようとするを実践すれば、起こり得なかった事態。

 けど、こういう風に言い争って育ってきた俺と涼香にとって、今の言い争いは別に仲違いを引き起こすような物じゃないのは重々承知だ。

 気兼ねなく言い争う。

 最近は、お互いに思いやりをという事で、控えられていた行為なのだが、


「っく。あはは、ダメだ。やっぱ、涼香とどうでも良い事で争うのが楽しいんだよなあ……」


「私もだよ。こういう風に祐樹とどうでも良いことを言い争うのは最近控えてたけどさ、やっぱり祐樹とこういう風に争うのも好き~」

 で、別に本気で怒ってないよ? と言わんばかりに笑いかけてくれる。


 やっぱり幼馴染として言い争った時とは全然違うな。


 言い争った後、互いに殺伐とした雰囲気で目が合えば『あ?』と眼を飛ばしあったり、意味もなく相手に嫌がらせしたりしてたからな。


「おうおう。俺も本気じゃないぞ?」


「えへへ。そっか。あ、でも、鍵置き場用に小物入れなんて買わなくて良い! とか言ったのは忘れないでよ?」


「お前こそ、忘れんなよ?」


「あ、そうだ。私がちゃんと買った小物入れを埃を被らせずに使えたら、祐樹には、涼香様。ごめんなさい。もう二度と、余計な口は叩きません。って謝って貰うからね!」

 高圧的に俺を見下した顔の涼香。

 ぶっちゃけ、前なら普通に絶対に嫌だとか思っただろうが、今だと喜んでしてしまいそうな俺が怖い。

 いや、マジでしても涼香が『えへへ~』と笑って、俺の行動を喜んでくれる未来しか見えなさ過ぎて幾らでも出来ちゃいそうだ。

 しかし、ここはそうじゃない。

 涼香が求める俺の返答はきっとこうなはずだ。


「じゃあ、俺も、祐樹様。もう二度と祐樹様に逆らいません。って言って貰うぞ?」


「もちろん! って、あれだね。祐樹と言い争ってたせいで、いっぱい時間使っちゃったじゃん」


「いや、元はと言えば、お前が……」


「え~、祐樹の方こそ。そっちが認めないならこうだ!」

 ぎゅ~って背中に引っ付かれる。

 いつもが抱っこ風の抱き着きとするならば、今しているのおんぶ風な抱き着きだ。

 背中に子供みたいに引っ付いて、腕を首にしっかりと回し、足も前に回して、力強く抱き着く涼香。

 俺は体をぶんぶんと動かし、辞めさせようとする。

 で、それでも離れてくれそうにないので口を開いて涼香に告げた


「ひっつき虫っぽいな」


「ひっど。お嫁さんをそんな風に言うなんて最低ー。でも、そんなこと言われても、こういう風に抱きつくのは辞めてあげないもんね~」

 必死にしがみついて俺の身動きを邪魔する涼香。

 最初こそ、体を動かして振りほどこうとはしたが、引っ付きたい涼香が可愛いので、このくらい幾らでもしてやれる。

 が、もっと可愛い涼香を見たい俺は意地悪をしてしまう。


「太ったか? なんか、重くなった気が……」


「む~、また意地悪な事を言って来た。あーあ。じゃあ、今日からダイエット用の味気ないご飯にしちゃおっかな?」


「悪い。悪かったって。涼香は太ってない。太ってない」


「んふふ~、じゃあ、許しちゃう。ねえねえ、今日のご飯は何食べたい?」

 それから背中に引っ付く涼香とちょっとだけおふざけした。

 で、二人して、お部屋の改善が全然進んでない事に気が付き、せっせと色々と考え始めるのだった。


 

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