第3話受験と卒業旅行と新妻

『もしもし? まだ、勉強中?』


『いいや、今終えて、俺も涼香に電話を掛けようと思ってた』

 夜、俺と涼香は電話をすることにしている。

 経緯は簡単に説明でき、大学入学共通テストが近い。

 幾ら、志望校のA判定を貰っていようがそれでも勉強は必要。

 毎日のように学校から帰っては勉強をし、二人で会う事はほぼなくなっている。

 とはいえ、結婚したばかり。

 さすがに勉強ばかりで、何もしないとか普通にどうなのよ。

 そんな涼香からの物言いから始まったのだ。


『祐樹は今日、何か良い事あった?』


『残念な事に何にもなかった。受験生で、勉強、勉強、勉強しかしてない』


『私も~。いや~、受験生って大変だよね』


『まあな。んじゃ、お休み』


『うん、おやすみなさい』

 話す事があればそこそこ話を。なければ、軽く話して、電話を終える。

 日課になりつつあるこの行為、最初は何となくで始めたのだが――


 意外と、悪くない。





 さて、気が付けば受験まであと少し。

 今日も今日とて、勉強三昧。

 勉強を終えて、少しだけ涼香と話すために電話を掛ける。


「出ないな……」

 通話中という音声案内。

 大方、誰かと話しているのだろうな。

 久しぶりに、お休み前の通話をしないで目を閉じるも……


「一応、もう一回電話するか」

 気が付けば、なんだか落ち着かなくて、再び涼香に電話を掛けていた。

 そして、今度は普通に涼香が電話に出る。


『もしもし、あなたの妻の涼香ちゃんです!』


『お、今度は出たな? ったく、お前から寝る前に電話しよ? しなかったら、怒る! とか言ったんだから、電話にくらい出ろって。あれか? 浮気か?』


『なになに、誰かと話してたから嫉妬しちゃってるの? 浮気とか言っちゃってさ』

 声だけでも分かる。

 俺を煽るにやけた顔をしているのがな。


『あ? 誰が嫉妬なんてすんだ?』


『え~、電話に出なかったというのに、割とすぐ掛けなおして来たのに?』


『おま、そりゃ、一応、最後にもう一度だな……』


『またまた~』

 この場は勝てる気がしない。

 浮気という言葉を使ったあまり、涼香に嫉妬してるんでしょ? としつこく捲し立てられるのであった。


 一しきり落ち着き、俺と話す前は誰と話していたかの話題に。


『祐樹と話す前は美樹(みき)ちゃんと話してたんだよ』


『ああ、あいつか。で、何話してたんだ?』

 美樹とは俺と涼香のクラスメイト。

 涼香がかなり仲良くしてる友達の一人である。


『受験終わったら、卒業旅行に行こう! って盛り上がったんだ~。ほら、受験前の苦しい現実からの現実逃避? ってやつ』


『卒業旅行。俺達、男子たちでも行こうって話題は出てるんだが、どうも男だけで行くのは、むさ苦しいとかなんとかでイマイチだ』

 卒業旅行。2023年である今、成人年齢が18歳に引き下げられたことにより、すでに俺達は親無しでホテルに泊まる際、親の同意書等が要らなくなっている。

 そのため、高校を卒業したばかりの人へ向けた卒業旅行プランを、各種旅行会社は様々提供している。

 価格競争も相まって、かなりお得に旅行が出来る。

 だからこそ、俺含めた男子グループも泊りがけで卒業旅行に行こうと思っていたのだが、華が無いって事でイマイチ乗り気になり切れていないんだよな……。


『へ~、じゃあ女の子も誘えば? 美樹ちゃんも、女だけでも良いけど~男が居ればもっと良いのに~ってほざいてたし』


『ま、卒業旅行だしな。それも悪くないか。っと、そういや、卒業旅行もそうなんだが、母さんが日に日に、受験が終わったら、新婚旅行に行くのよね? どこ行くの? ねえ、どこ行くの? ってうるさいんだよ』


『あははは、そっちもなんだ。私も、めっちゃ今それ言われてる! ま、取り敢えずは卒業旅行が先! ってお母さんに切れたもん』


『大学に入ったら、高校の友達とはあんまり会う機会は減るだろうからな。そりゃ、卒業旅行の方が優先だ。ほら、俺とお前って一応夫婦なだけだしよ』


『まあね。っと、話が長くなっちゃった。そろそろ、寝よっか』


『だな。んじゃ、風邪引くんじゃないぞ? お休み』


『お休みなさい』

 スマホの画面をタッチして電話を切った。


「ふあ~、ねみい……」

 思いのほか、長話をしたなとか思いながら俺はベッドで眠りについた。








 さて、思いのほか時間は過ぎるのが早い。うん、ほんとに早かった。


 気が付けば、大学入学共通テストも終わりを迎え、志望校への出願も済ませた。


 そして、今まさに合否の公開を待っている。

 せっかくなので、一緒に合格してるか見ない? という事で横には涼香もいる。

 で、まあ。

 涼香が来た途端、なぜか母さんは空気を読んでか、買い物に行ってしまった。


「自己採点では大丈夫だけど、マークの塗り忘れとかズレとかがあるわけで、合格してるかどうか、ドキドキする……」


「俺もだ。自己採点通りなら、行けるんだろうがな……」

 二人して、パソコンの前に座り、合格者の発表は今か今かと待つ。

 10時にサイトが更新され、受験番号を入力すると、合否が分かる。


「祐樹は受かってたら、どうするの?」


「第一志望だし、受験は終わりで遊びまくる。お前は?」


「私も第一志望だし、受かったら受験はおしまいかな~」

 そして、10時になった。

 受験番号を打ち込むページが公開された。

 手始めに俺の受験番号を打ち込む。



 合格



「よしっ!」

 腕を上下に振り下ろすほど、喜んだ。

 合格しそうなのは自己採点で分かっていたが、それでも嬉しいものは嬉しい。



「おめでとう!」


「ああ、次はお前の番だぞ?」

 恐る恐る涼香は受験番号を打ち込む。

 何度か打ち間違えたが、ちゃんと打ち終えて結果を見るのボタンを押す。



 合格


 

 画面にはそう表示されていた。

 手放しで喜び、あまりのうれしさで俺に抱き着いて来る。


「やった! やったよ祐樹!」


「おうおう。良かったな」


「うええん。塗り間違えて無くて良かったよおおお」

 不安を感じていた俺。

 当然、涼香も不安を感じていたわけで、心労から解放された結果。

 泣いて喜んでいる涼香。

 ノリで抱き着いて来た涼香を、そうかそうかと宥めてやっていた時だ。

 母さんから電話が掛かって来た。

 涼香を引っぺがして、取り敢えず電話に出る。


『で、どうだったの?』


『ああ、母さん。受かってたぞ。もちろん、涼香もだ』


『そう、それは良かったわ。お母さん、今日はお出掛けで帰りは遅いから』


『お、おう』


『大丈夫。帰りが遅くなるからね?』

 要するにお前ら盛っても良いぞ? という事だろう。

 親にあれこれと性的な事にとやかく言われるむず痒さを感じて仕方がない。

 と言うか、これ、なんて母さんに返答すりゃ良いんだよ……。

 俺が絞り出した母さんへの返答はこうだ。


『帰り道に気を付けろよ?』


『あらあら、お母さんを心配なんて優しいわ。それよりも、祐樹こそ気を付けるのよ? 浮かれ過ぎて、色々とやりすぎちゃダメなのは分かる?』


『……ま、まあな』

 自分の顔が引きつっているのが嫌でも分かる。

 浮かれ過ぎて、色々とやりすぎちゃダメとか、息子に言わないでくれ。

 ほんと、なんかむず痒いんだよ……。


『それじゃあ、涼香ちゃんと仲良くね?』

 そう言って、電話を切られた。

 

「はあ……」


「おばさん、ううん。お義母さんと話してたみたいだけど、何でそんな疲れちゃってるの?」


「今夜は帰りが遅いとか言ってな。露骨に俺とお前があれな事をしても大丈夫だと言われた」


「なるほどなるほど。っと、お母さんからだ」

 今度は涼香が母親から電話がきた。

 話を聞いてる涼香は、顔を引きつらせて苦笑いをしている。

 合格したよとか、色々と話し終えて通話を終えると、涼香は言う。


「私も、やりすぎちゃダメよ? とか言われた。もっと、下品なこと言うと、ちゃんと自分の身は守るのよ? まだ若いんだし、よく考えて? とかさ、親にそう言う事を心配されるとか死にたくなるんだけど」


「仕方ない。俺達、夫婦なんだし、そう言う事すると思われると言うか、してるんだろうって思われてるんだからな」


「祐樹。せっかくだし、する?」

 ポンとさりげなく言われた。

 涼香の髪は長すぎず、短すぎず。全体的に細い。

 胸は……でかい。 

 そんな女の子というか、妻から『せっかくだし、する?』なんて言われた。

 正直に言うと、満更でもないのだが……。

 

「……いや、辞めておこうぜ? さすがに、お試し夫婦。肉体関係まで持ったら、いよいよお試し夫婦じゃ済ませられなくなる」

 

「ほほう。エロいことしたくないの?」


「お前こそ、そういう風に言うとか誘ってんのか?」


「うーん。わかんない。つい最近まで、腐れ縁で繋がってた幼馴染なわけじゃん? いまいち、祐樹とそう言う事をするとか実感が湧かないんだよね」


「ま、そんなもんだろ。さてと、それよりも、腹減った。緊張で朝飯、食べてないからな……」

 合否判定が気になるあまり、朝食を摂れてない。

 母さんは出掛けて居なくなったし、適当に自分で作ろう、そう思っていた。

 涼香は俺の言葉を聞いてか、ふざけたことを言い出す。


「ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ、た、し♡」

 

「飯。てか、お前。やっぱり、俺を誘ってんだろ」


「だって、朝飯を食ってないとか言われたら、こう言うしかないでしょ? っと、旦那さんは、ご飯を所望してることだし、腕を振るって作ってあげないと」


「おうおう、俺のために美味しい朝ご飯を作ってくれ」


「もう、仕方ないなあ~」

 俺と涼香。

 二人でキッチンへと向かうのであった。









 

 

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