第12話過程を飛ばす必要はない

 2週間で田中と金田さんが付き合い始めた。 

 で、その間の2週間。

 俺と涼香はと言うとだ。


 なんにも変わって無くはない。

 二人で同居生活を始めて、緊張感は無くなった。

 自然と一緒に過ごすのが苦じゃ無くて、いつも笑顔とまでは行かないが、それでも楽しい日々を送っている。

 ……とはいえだ。

 恋人になった田中と金田さんを見て思ってしまった。


 仲良くなりつつあり、互いに好きになってはいるものの、それでも恋人には程遠い感じがしてならないと。


 田中と金田さんという恋人を見た俺と涼香。

 家に帰り、一緒の部屋で過ごし始めるも、思いのほか、自分達の関係が進んで居ない事に対して妙な焦りを感じてしまう。


 1月5日から俺達の新しい関係が始まった。

 今は3月に入り、もう少しで卒業式シーズンだ。

 時間にして2か月はゆうに過ぎている。

 途中、受験も挟まり、全然会えなかった日もあったりするが、それでも2か月が過ぎ去ってしまっている。

 割と夫婦関係については良く分からないが、一緒に居たいと思える相手。

 そんな相手とこのままじゃ、いずれ道を別つかも知れないという焦燥感。


 それに苛まれる。

 そうしていく内に、気が付けば俺は涼香に迫っていた。


「なあ、キスぐらいしてみるか?」


「き、キス?」


「いや、まあ。ほら、な?」

 涼香は俺の事が好きだと分かっている。

 それなら許されると思って、強引に近づくも、幼馴染であった期間が長く、涼香の事は大抵分かる。

 今、ここで涼香はキスなんてされたくないって事くらい。


「悪い。今はやめとく。焦ってた」


「ううん。焦る気持ち、私も良く分かるから大丈夫だよ?」

 周囲に当てられて自分を見失う。

 それだけは、しちゃいけない気がした。

 ……まあ、それだというのに気持ちは複雑で絡み合っている。



 この日。

 同居生活を始めてから、初めて深刻な気まずさを感じた。




 気まずさを感じながらも迎えた次の日。

 割と大事な日である。


 そう、卒業式の日。

 高校生活が終わる節目だ。


 涼香との関係性に妙な焦りと緊張感を覚えながらも、卒業式へと望む。

 高校生活、色々とあった事を思い直す。

 特に、最後の方だが今年の1月からは激動な日々。

 最初でこそ、涼香には何の思いも寄せてなかった。

 それだというのに、いつの間にか好きになっていた。


 高校生活の中で一番印象に残ったことは? と聞かれたら、まず間違いなく涼香との結婚について言うはずだろう。


 思うところありながら、卒業式は進んでいき、あっという間に終わっていた。



 教室に戻り、先生の手から卒業証書を受け取る。

 そして、お別れの挨拶。

 いよいよもって、後は記念撮影やらをしたら学校から去るだけになった。


 友達たちと卒業式の記念として写真を撮り合いながら、色々と思いを馳せる。

 そんな楽しいようで寂しいような時間はあっという間だった。


 校門前。

 高校生活、最後の帰宅。

 どうしても、俺は最後は涼香と一緒に帰り道を歩きたくて呼び出していた。


「悪い。待ったか?」


「ううん、今さっき、来たばっかりだから大丈夫。さ、行こっか」


「ああ」

 制服を着て肩を並べて歩く。

 これで最後なんだなと思うと、しみじみとした感情が込み上げる。

 刻一刻と変わっていく人生。

 これからもドンドン変化は訪れるはずだろう。


「悪い。ちょっと、寄り道しても良いか?」


「良いよ」

 涼香と一緒に寄り道をする事にした。

 向かった場所。

 それは、幼き日の涼香と俺が始めて出会った公園。


「この年になって公園に来るのは、中々に無くなるよな」


「まあね。で、なんでここに来たの?」


「お前にはっきりと伝えるなら、この場所が良いと思ってな」


「何を伝えてくれるの?」

 不安げな顔を浮かべている涼香。

 そんな涼香に対して、俺は笑う。


「そんな顔すんなって。別にお前が思ってるような不吉な事じゃないぞ?」


「じゃあ、なんなの?」


「あー、まあ、もうちょい、準備する時間をくれ」

 改めて涼香に伝えたい言葉。

 口にするのが妙に気恥ずかしくて、何度も何度も頭の中で言いたいことを繰り返して失敗しないように練習する。

 

「まだ?」


「悪い。もうちょっと、待ってくれ」


「うん、幾らでも待ってあげる」

 涼香を待たせる事、数分。

 腹を括った俺は告げる。


「涼香。俺、お前の事が好きだ」


「え?」

 きょとんと目を真ん丸にして驚く涼香。

 それにお構いなく、俺は思いのたけをぶつけて行く。


「勢いで夫婦になった。で、今は相思相愛にはなってるけどよ。はっきりと、お前に好きだって言ってなかっただろ?」


「そう言えば、そうだったね。なんか、なあなあ感が凄かったかも」


「それでだ。ここからが本当に言いたい事だ」


「……」

 息をゴクリと飲み込んで涼香は俺の言葉を待っていた。

 俺がこれから伝えたいこと、それはまあ、当然と言えば当然なことだ。


「俺と付き合ってください」


「へ、え? あ、っと、どういう事?」


「口で説明するのは恥ずかしいんだけどよ。俺達、先に夫婦になったわけで、そのことばかりに意識が行って、過程を全部すっ飛ばして考えてたんじゃないか?」


「確かに夫婦になった事ばっかり考えて、先の事ばっかり考えてたかも」


「それって、あまりにも不自然じゃ無いか? 物事には色々と段階がある。まあ、時にはそれを、すっ飛ばすのもありかも知れない。でも、どう考えても、俺とお前は段階をすっ飛ばすのが苦手なんだって分かった」

 ゆっくりとだが進んで居る俺達の関係。

 どうしようもなく、ゆっくりで他の人に比べたら遅い。

 田中と金田さんというカップルを見て、明らかに遅すぎると嫌でも分かった。


 昨日、寝りに落ちる中、良く考え直した。

 だからと言って、焦るのは俺達らしくないと。


 人にはそれぞれのペースがある。

 結婚して夫婦になったがために、ペースを無視して早く早くで行く必要があるかもしれないという事に囚われかけていた。


「祐樹はそれで良いの?」


「焦らずにゆっくり。結婚したからと言って、何もかも飛ばすのは、別にしなくて良いだろ。まずは夫婦関係抜きに考えてみないか? 今日伝えたかったのはこう言う事だ。悪いな、口下手で」


「ううん、伝わったから大丈夫」


「ちなみに答えは……」


「良いよ。夫婦になる前に、まずは恋人だね!」

 憑き物が落ちたかのような晴れやかな笑顔。

 




 さあ、これからが本当の始まりだ。




 

 

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