第13話始まってすらいなかった
卒業式を終え、迎えたいつもより長めの春休み。
まあ、大学生の春休みに比べたら雲泥の差だがな。
自ずと一緒に居る時間が増えた、涼香と俺の日常は順風満帆だった。
「漫画取ってー」
「ほらよ」
スマホを弄るのを辞めて漫画を取ってやる。
「ありがと」
取り敢えず。
そんな言葉に縛られるかのような形で一緒に居た。
が、今はそうではない。
恋人になった。
戸籍上は夫婦関係ではあるが、飛ばしてしまった関係を一からしっかりと築き上げようと思い、恋人になった。
明確になった俺と涼香の関係。
そのおかげで、一緒に居て変な気まずさを感じるのは少なくなった。
「春休み。お前はどうすんだ?」
「卒業旅行とか、友達と普通に遊びに行く~。祐樹は?」
「俺もそんな感じだ」
「そっか」
再び俺はスマホ弄り。
涼香は漫画を読むのを再開する。
数分が経ち、再び俺は口を開いて涼香に聞く。
「明日は何か予定あるのか?」
「ないよ? 今日みたいにだらだらと過ごす予定。そっちは?」
「俺も無いぞ」
適当な会話はまた終わり。
ゆるりとした時間が過ぎて行くだけ。
そんな中、俺はさっきから話しかけた時、言おうとしていた言葉を今度こそ、言おうと決意した。
「なあ、涼香」
「ん~、な~に~?」
「明日、暇ならだ」
「うん、暇だけど?」
「デートしないか?」
やっとの思いでデートに誘えた。
なんと言うか、実は今の今まで夫婦関係になってから、一度も、ちゃんとした形でデートに誘っていない。
恋人になったのだから、きちんとデートに誘おう。
そう思って、口にしようとしたが、恥ずかしくて中々言い出せなかったわけだ。
「うーん……」
悩みに悩んで居る涼香。
あれ?
俺的には恋人になったんだから、即答でOKして貰えると思ってたんだが?
嫌な汗を背中に掻きながら涼香の返事を待つ。
悩みに悩んだ素振りの果て、出てきた答えは……
「明日は駄目」
「え、いや、なんでなんだ?」
「まあまあ、そう慌てないでって。んしょっと」
漫画を読むのを辞めて俺の方を向く涼香。
そして、俺の部屋にあるタンスへと向かう。
貸し出した一角。涼香の服が入っているところを俺に見せつけて言う。
「祐樹から初めてデートに誘われたのにこんな服じゃ無理! もっと、おしゃれな服を用意するから待って欲しいんだよ!」
「お、おう」
予想だにしてなかった可愛い理由にたじろぐ。
「という訳で、明後日でよろしく」
「分かった。明後日で」
こうして、俺と涼香の始めてのデートが決まった。
張り切る涼香。
一方の俺はどうだ?
何の気なしに恋人になったんだし、デートしたいな~だ。
「……不味い」
非常に不味い事に気が付いてしまう。
おしゃれな服をわざわざ買いに行ってまで張り切る涼香。
そんな相手をテキトーなデートプランでエスコートしてみろ。
末代までの恥だ。
なら、明後日までに完璧なデートプランを完成させてやろうでは無いか。
まあ、今日は夜が更けている。
取り敢えず、眠ってから考えよう。
そして、迎えた次の日の朝。
すっかりと春休みのせいで、お寝坊だ。
「おはよう。涼香……」
起きると部屋に涼香は居ない。
代わりに、机の上に一枚の紙が置いてあった。
『祐樹へ。お洋服買いに行ってくるね!』
「……うぐ」
ますます、下手なデートプランを立てられないというプレッシャーが俺を襲う。
そ、そうだ。
取り敢えず、俺も涼香と同じく服をきちんと選ぼう。
そう思って、タンスを開けたのだが……
「ヤバいな」
去年、あまり春物を買っていなかった。
そのせいで、普通に着れると言えば着れるのだが、少しだけくたびれた服しか見当たらない。
……ま、まあ。
俺の考えすぎでもあるんだろうが、それでもさっき見たウキウキ感が迸る『祐樹へ。お洋服を買いに行ってくるね!』という書置き。
それを見たら、俺もやる気を出さない訳には行かん。
「よし、俺も服を買いに行こう」
デートのための服を買いに外へ。
電車に揺られながら、色々とデートプランを練って行く。
遊園地、水族館、動物園、映画館。
いや、遊園地は辞めて置こう。
涼香は服を張り切っている。動きづらい服でデートに臨んでくる可能性が高い。
となると……
色々と考えているうちに栄えた都市に辿り着く。
スマホをポケットに仕舞い洋服選びの旅へ。
……センスが無いのを自覚している俺。
若者向けのお店に入るや否や、店員さんが近寄ってきたので、頼りに頼ることにした。
「デートにお勧めの服ってどれですか?」
「場所はどこに行くか決めてたりしますか? TPOに合わせた服が一番ですし」
「えーっと、場所はまだ悩んでまして、水族館、動物園、映画館、この三つのどこかにしようと思ってはいるんですけど……」
「分かりました。じゃあ、その3つとも行けそうな感じでお勧めな服をご提案させていただきますね」
といった感じで、店員さん頼りに服を見繕うのであった。
おしゃれな服を買えたので、ほくほくとした気分な俺。
そのままの流れで新しい靴も買う。
「後はあれだ」
初デート。
何かプレゼントをあげて印象に残る思い出にしたい。
気を使わせ過ぎないような、ちょっとしたプレゼントを探すのであった。
気が付けば夕暮れ。
デートに向けた準備を済ませた俺は家に帰って来た。
玄関を見るに、涼香はもう帰ってきている様子。
冷蔵庫によって、冷やしてある飲み物を手にし、俺の部屋、今では涼香の部屋でもあるの扉を開けようとした時だ。
「祐樹。待った!」
「ん?」
「今、明日来て行く予定の服を試着してるんだよ。ほら、せっかくだし、明日まで隠しておきたいじゃん?」
「お、おう」
ドキドキが止まらない。
一体、どんな服を着て、明日のデートに臨んでくれるのかと思うと、今までにないくらい涼香に対してときめいてしまう。
2、3分後。
涼香から入っても良いよと言われたので、部屋に入る。
「ごめんね?」
「気にすんな。俺的には明日が楽しみで仕方がない。ドキドキをありがとうとしか言えん」
「えへへ? そう? って、それは……」
俺の手に持つ荷物に目を奪われる涼香。
わざとらしく、荷物を涼香の前に出してから言う。
「お前が張りきるんだから、俺も張り切ってみた。恋人、まあ戸籍上はもう夫婦ではあるけどよ。俺から初めて誘ったデート。お前が張りきるのに、俺が張りきらずにどうすんだ? ってわけだ」
「……」
「どうした? 黙って」
「嬉しくて黙っちゃっただけ。あ~、もうあれだよ。祐樹からさ、恋人としてまずは始めようって言われてから、毎日が楽しくて仕方がない。取り敢えず、取り敢えずな感じだったのが、そうじゃ無くなっただけで、こんなに嬉しくて楽しいんだもん。祐樹。大好き!」
ガバッと勢いよくノリで抱き着いて来た涼香を、優しく抱き返すのであった。
これから。
俺達はこれからなんだな。
そう感じた一日だった。
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