第14話水族館までの歩き道
小鳥のさえずりが聞こえる朝。
目を擦りながら目を覚ました。
同時に、横で眠りについている涼香も目を覚ましたようだ。
「んー。良く寝た。おはよ」
「おう、おはようさん」
互いにあくびをしたり、背筋を伸ばしたり、凝り固まった体をほぐす。
一しきり、それも落ち着くと涼香は笑みを向けて来た。
「今日デートだね?」
「あ、ああ」
目に見えて楽しみにしているのが分かる。
そんな顔を見せられたら、嫌でも俺だって楽しくなって来るだろうが。
「さてと、朝ご飯。朝ご飯っと」
ベッドから降りてキッチンへ向かう俺達。
朝早いとまでは行かないが、そこそこ早い朝の時間。
母さんもまだ仕事に行っていない。
「あら、珍しいわね。二人して早起きなんて」
「えへ~。今日は祐樹と遊びに行くんだ~」
「そう、それは良かったわね。にしても、あなた達、最初でこそなんと言うかよそよそしい感じだったけれども、最近はなんと言うか気が抜けて来たのかしら? 毎日が楽しそうに見えるわよ?」
さすが母だ。
ちょっとした変化を見逃していない。
そんなことを思いながらも、俺と涼香は仕事前の母さんと話しながら、朝食を用意していく。
で、俺達が朝食を用意し終えたちょうどそのくらい、母さんはそろそろ仕事へと行ってしまう。
俺の耳元で『夫婦とはいえ、ちゃんとデートしなさいよ?』と言い残して。
ったく、心配性な母さんなことで。
「いただきます」
「いただきます」
モグモグと朝食を頬張る。
朝食を食べながら、今日の事について話す。
「今日はどこに連れてってくれるの?」
「水族館に行こうと思ってるんだが、どうだ?」
「良いね。どこの水族館?」
ちょっと行儀が悪いが、スマホを取り出して、今日行く予定の水族館のホームページを見せる。
結構、大き目の水族館。
イルカショーや、ペンギンショーなどなど。
楽しめるイベントもきちんと把握済みだ。
「で、一緒に来てくれるか?」
「もちろんだよ」
それから色々とペンギンって可愛いよね~とか、イルカショーは絶対に見るだの、話しながら朝食を噛みしめた。
もう、この時点でお腹いっぱいになりそうだ。
さて、朝食を摂り終わった俺と涼香はそそくさとデートの準備を始めた。
髪の毛はセットするとまでは行かないが、軽く整え、まだ濃くなっていない髭を綺麗に剃り、眉は……この前、整えたばっかりなので大丈夫。
鼻毛も出ていないかチェック。
入念に身支度を整えて行く。
それでいて、昨日買った服を着こんでリビングで大人しく待つ。
テレビを見ながら、涼香の準備が終わるのをそわそわとしていると、メッセージで玄関に出てて? と来た。
「しょうがない」
手荷物をまとめて玄関で待つこと数十秒。
玄関のドアが恐る恐る開いた。
「お待たせ? どう?」
照れた涼香が現れた。
着ている服に目をやる。
ニットのセーター、膝が隠れるフレアスカート、太めで柔らかい素材で出来たベルトを高めの位置で巻いている。
カバンも良い感じに合わさって文句なしだ。
「凄く可愛いぞ。あれだ。お前の本気を初めて見た気がする」
「まあね。私もここまで頑張ったのは初めてだよ。で、まあ……あれだね」
何か悩まし気? な感じでこっちを見つめる涼香。
一体、どうしたんだ? 何か不味い事でもやらかしたか?
不安さを少しばかり感じ始めるも……それはすぐに消え去る。
「祐樹も今日は良い感じに決まってるね」
「だろ? お前が本気を出すんだ。俺も本気を出してみた」
「祐樹のそういう律儀なとこ、大好き! じゃ、行こっか」
「おう、行くか」
二人して駅に向けて足を動かす。
一緒の目的地、横に並んで歩く。
「寒さも和らいで来たし、手でも繋ぐか? ほら、寒い時は出来なかったし」
「良いよ。はい、どーぞ」
手をぎゅと繋ぐ。
で、数十歩過ぎた時だ。
「正直に言って良いか?」
「良いよ?」
「俺、手を繋ぐの苦手だ。周りから変に見られてる気がして、落ち着かない」
「私も~。寒く無くなって来たから、繋げるとか思ってたけどさ。なんと言うか、周りから見られてると思うと落ち着かない」
仲睦まじく、手を繋いで歩いていた田中と金田さんを思い出す。
ああいう風にしてこそ、恋人なんだろう。
でも、だからと言って、あれに合わせる必要なんてない。
「手、離すか」
「そうしよっか」
パッと手を離した。
でも、それは決して嫌だからという訳ではない。
十人十色。
どうしようもなく、進むのが遅い俺達はこれで良いんだ。
だって、
「ペンギンのビンタってヤバいらしいよ?」
「確かに、あの羽? で泳いでるんだもんな」
「ちょっと、祐樹、殴られて確かめたらどう?」
「おま、さりげなく酷い事を言うなって」
手を繋いで歩いてた時よりも、楽しく歩いて居られるのだから。
自然でありのまま。
恋人ってイチャイチャとした雰囲気を振りまく生き物。
そういう先入観を持ちがちだが、こういう風な恋人の形もありに決まっている。
「あ、でも、人目がない所では手を繋いで貰いたいかも」
「ん? ああ、そういや。部屋で映画をお前と見てた時、普通に手を繋いでたもんな。確かに、あの時は嫌じゃ無かった」
「でしょ?」
「ああ、そうだな」
一つ、自分達に詳しくなる。
それが心地よくて、それでいて、もっと知りたいという欲が沸き立つ。
「にしても、水族館か~。あ、もしかしてあの時、以来かも」
「確かにあの時以来だな」
腐れ縁幼馴染だった俺と涼香。
小中高、同じクラスで過ごしている。
小学校時代、遠足で水族館に行った時だ。涼香と同じ班になり、一緒に回ったのをよく覚えている。
「いや~、あの時は、班の女子の怒りを収めるのが大変だったよ」
「悪いな」
「あ、ちゃんと覚えてるんだ」
「まあな。ほら、俺含めた男子が、ゆっくりと魚を見たいお前含めた女子たちの事なんて、気にせずドンドンと前へ前へと、進んで行った事だろ」
「そう。それそれ。ほんと、男子って勝手だなーって感じで私たちは怒ってたんだからね?」
「その節は本当にすまなかった。あの時の俺はどう考えても、クソガキだった。反省してるから許してくれ」
「えー、どうしよっかな~」
わざとらしく、判断を先伸ばす素振り。
で、トントンと俺の前へさっと飛び出してきた涼香。
「許す! でも、その代わり、今日はちゃんと、エスコートしてよね?」
「……」
「どうしたの黙っちゃって」
「悪い。お前が可愛すぎて、つい、黙っちまった」
「へー、もっと褒めてくれても良いんだよ?」
「おうおう、褒めてやる。世界一、可愛いぞ涼香」
「そう? んじゃ、私も祐樹を褒めてあげようでは無いか!」
ニコニコとしながら、再び俺の真ん前に立ちふさがって来た。
で、そんな可愛い彼女の口から出た俺を褒めたたえる言葉。
「グリンピースが嫌いで、残すところが子供っぽくて可愛いよ?」
「それ、褒めてるのか?」
「ううん。褒めてないよ? 私のお褒めの言葉はお高いからね!」
楽しく歩く俺達が向かう先、それは水族館だ。
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