第20話ご機嫌ナナメ?

「お風呂はどうするの?」


「……」

 脱甘やかされ生活。

 お風呂でかなり甘やかされているわけで……。

 夜。基本的に涼香が居ないなんてことは無いだろうし、お風呂は甘えても良いんじゃないか?


「ま、祐樹は一人で頑張りたいって言ってるから手伝うのは無しかな?」


「お、おう」

 腑に落ちない答え。

 別にお風呂は手伝ってくれても良いんだぜ? って言いたかったせいだ。


「あ、でも、ビニール袋で覆うのはやってあげる」

 右手の包帯が濡れないように袋で覆ってくれた。 

 それから、少し経った後、久しぶりに介助? なしでお風呂へ入る。


 

 どこからか、ポタポタと小さい水の雫が落ちる音が響く浴室。

 体を片手で悪戦苦闘しながら、体を洗い湯船に浸かっていた。


「甘やかされた状態。卒業旅行までには……何とかしないとだよな」

 片手である程度、出来るようになる事に対して焦る理由。

 それは、卒業旅行が近いというのもある。

 せっかくの卒業旅行、恋人と一緒に居る感じで振る舞うのは良くない。

 周囲からしてみれば、二人だけで勝手にやってろだ。

 右手が使えない今、涼香に甘やかされていれば、周りからはイチャ付いているようにしか見えない。

 卒業旅行は『みんな』で楽しむ。 

 二人だけの世界を繰り広げて『みんな』でを忘れるのはもっての他だ。


「あ、そういや、新居でしっかりとお風呂掃除が出来るように買わないとだな」

 新居に必要なものをまた思いつく。

 親元を離れ、別の場所で暮らすのは初めて。

 未知の体験が待ち受けているに違いない。


「転機なんだよな……今って」

 変わりゆく日常に黄昏ながら、お風呂でゆっくりと温まるのだった。



 お風呂から上がる。

 片手で何とか、体をふき終え、着替え終えた俺。首にタオルを掛けたまま自分の部屋へ。

 

「上がったぞ」

 片手じゃうまく拭けない髪の毛。

 首に掛けたタオルで、ゴシゴシとしながら涼香にお風呂から戻った事を告げる。

 

「……」

 

「無言でどうした」


「不器用に髪の毛を拭いてる祐樹を見て、拭きたい欲がうずうずしてる」


「片手に慣れないとだし、自分で拭くからな?」


「そう言われてもさあ。不器用なせいで、うずうずが止まらないんだよ!」

 言い切った後。

 俺が使っていたタオルを奪い去り、俺の髪の毛をゴシゴシと拭かれる。


「おまっ。大丈夫だって言ってんだろ」


「まあまあ、そう言わずにね?」

 結局、濡れた髪の毛は涼香によって丁寧に拭かれた。

 そして、涼香は拭き終わって満足したのか、お風呂に入るべく居なくなる。

 一人、部屋でくつろいでいると、俺のベッドという涼香のテリトリーに置かれたファッション誌が目に入る。


「たまにはこう言うのを読むのは悪くない」

 ファッション誌を手に取り読み耽る。

 ちょっと、折り目が付いているページを開いた。


「涼香め……」

 特集『デート用コーディネート集』

 気になる彼と大事なお出掛けにうってつけ。

 わざわざ、こういうのを読み込んでまで、服を決めているのだ。 

 そりゃまあ、嬉しくなっちゃうだろうが。

 陰ながら、見せはしない努力をしてくれている。もう、さらに可愛く見えるようになったとしか言えん。

 さてと、お次は……


「特集『彼氏にされたい事ランキング』か……」

 ファッション誌と言うか、雑誌には様々コラムが載る。

 『彼氏にされたい事ランキング』一体、世の女性はどんなことをされたいのかを知ろうと読み始めるが、割とおふざけ的な面が強く。

 絶対に嘘だろという内容しか、書かれていなかった。

『乱暴に愛を叫ばれたい!』

 とか、マジで意味が分からん。

 涼香にやったら、たぶん切れられるぞ?


「あ~、私の雑誌見てる!」

 

「つい、気になってな。悪かった」


「ま、まあ、良いけどさ~」

 ちらっ、ちらっ、と俺の様子を探る。

 もしや、デート用コーディネート一例のページに折り目がついてたのが、バレて無いか気になってるのか?

 確かに、俺も涼香に陰ながらの頑張りがバレると気恥ずかしい。

 黙っておいて、やるべきだな。


「ま、女性向けファッション誌。俺の好みじゃないしな」

 さっき、関心しながら見ていたどの口が言ってるんだ? と思いながらも、俺はベッドの上にファッション誌を放った。


「そ、そっか」

 一安心した素振り。

 おそらく、俺に折り目が付いているページがバレてないと判断してだ。

 こういうとこが、ほんと可愛い。

 付き合う前の俺だったら『お前、デート用コーディネート一例のページに折り目ついてたけど、相手は居るのか?』とか煽ってただろうな。

 随分と俺も優しくなったもんだ。 

 っく、でもちょっと意地悪したい俺が居るわけで……


「そういや、雑誌ってよく、気に入ったページに折り目つける人が居るけど、お前はどうなんだ?」


「私はつけない派だね!」

 嘘つけ。

 軽くだが、折り目ついてたぞ?

 笑うな……。涼香の嘘に笑っちゃダメだ。

 

「そ、そうなんだな」


「うん、折り目つけるのはなんか嫌だし」


「ぷっ、おま、これを見てもか?」

 ベッドに放った雑誌を手に取り、折り目のついたページを見せつける。

 すると、涼香は俺に近寄ってきて、雑誌を奪って行く。


「祐樹の意地悪っ。知ってて、折り目を付けるかどうか、聞くとか意地悪! っふん! もう、祐樹が困ってても、助けてあげないもんね!」


「おうおう。そうかそうか。ほら、髪の毛も十分乾いただろうし、そろそろ寝るぞ?」

 ぷくっと頬を膨らまして怒る涼香と俺は、眠りにつくための準備を始める。

 依然として、涼香がベッド、俺が床に敷いた布団で寝るのは変わりない。

 端にどけている布団を敷いて、寝床を作る時、怪我をして以来、涼香が手伝ってくれるのだが、さっき怒らせたせいで手伝ってくれない。


「祐樹が手伝ってと言っても、手伝ってあげないもんね~」

 尻目で俺の方を見ている涼香がぼやく。

 これまた、口に出して言うあたり、わざわざ気にしてくれているのが見え見えで、お茶目だ。

 そんな可愛い彼女だからこそ、俺は言っていた。


「片手で色々とやってみて分かった。涼香のおかげで、不自由なく暮らせてたんだってな。ほんと、助かる」


「えへへ……。って、そんな甘い言葉で私に手伝わせようとしても、手伝わないからね!」

 一瞬、嬉しそうな顔をした後、すぐ怒ってるんだよ? という顔へ切り替える。

 その子供っぽい感じが、たまらない。

 

「ああ、分かってる。分かってる。おやすみ、涼香」


「ふんっ。意地悪な祐樹に返事なんてしてあげないもん……」

 今言った言葉が、返事になっている事に気付かないのがおバカさんである。

 さて、明日起きたらご機嫌はどうなっていることやら。

 電気を消し、俺は敷いた布団で眠りにつくのだった。




 

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