第23話ゆっくりとだが、進む二人
楽しい時間もあっという間。
閉園時間ギリギリまで楽しんだ俺達はホテルへと向かった。
2名一室の部屋を取っており、俺が泊まる部屋の相方は田中だったのだが……。
「ま、片手が使えないんだ。俺が介護するよりも、彼女にされた方が嬉しいだろ?」
田中はそう言って、涼香と部屋を代わり、金田さんと一緒の部屋に泊まると言い出した。
金田さんといちゃ付きたいだけだろとか思いながら、他の奴に『田中がイチャ付くのを許すのか?』と聞いた。
甘い空間を繰り広げるのはムカつくが、それでもなお、せっかくの旅行。
少しくらいは恋人同士で、仲良くさせてやると優しい答えが帰って来た。
で、まあ。
それはどうやら、俺と涼香にも当てはまるようで『金が掛かってるんだ。恋人同士で少しはラブラブして良いぞ?』という訳だ。
そして俺達はホテルの受付で鍵を貰って、それぞれの部屋へと向かうのであった。
本当は田中と一緒に寝る部屋で、涼香と一緒に寝ることになった。
そんな部屋にはベッドが二つ。
小さな机が一つ。
本当に普通のホテルだ。
「歩き疲れた!」
ボフンとベッドに倒れた涼香。
顔だけを俺に向けて笑顔で俺に囁く。
「外泊ってドキドキしない?」
「まあな」
「特に祐樹と二人で同じ部屋のホテルに泊まるなんてさ~。超ドキドキしちゃうかもね」
「そりゃまあ、俺の部屋で一緒に過ごしているとはいえ、こういう風に外で一緒の部屋で過ごすのは初めてだし」
「でしょ? という訳で、祐樹。気まずくならないように、なんか話して?」
我がままな彼女の要望に応えるべく、話題を考える。
咄嗟に思い浮かんだ内容を涼香に語り始めた。
「今日、変なナンパに絡まれてただろ? あれだ。もし、俺が女の子に逆ナンされてたらどうすんだ?」
「喜んでるようだったら、浮気で慰謝料を請求する。困った顔して迷惑そうにちゃんと誘惑されてなかったら、良い子、良い子して、祐樹の事をもっと大事にしてあげる。てへへ……、なんか恥ずかしい事を言っちゃった?」
「おまっ、ほんと最近は素直で可愛くてずるいよな」
「だいぶ、祐樹に対して素直かも。うんうん、素直だから言っちゃうもんね」
すっと一呼吸して、涼香は俺の目を見て言う。
「私、祐樹の事、好きなんだ~。素直だから言っちゃった。てへ?」
ちょっと前まで、幼馴染。
軽いノリで馬鹿なことをしあっていた相手からの直接的な言葉。
もう、止めてくれ……。俺、ドキドキで死んじゃうから……。
「正直に言わせてくれ。涼香、お前、ほんと可愛いぞ」
「ほんとに~。もっと言ってくれても良いんだよ?」
「可愛い。超かわいい」
「でしょ~? でもね、今は可愛いよりも好き~って言われたい気分。ねえねえ、好きって言って?」
甘えるように催促される。
とはいえ、素直になった涼香と違って、俺はひねくれもの。
可愛いとはよく口にするが、好きだとか、愛してるとか、そう言ったのを伝えるのはまだまだ苦手なわけで……
「す、すきだ」
ぎこちない感じで言ってしまう事が多い。
それを知っている涼香はそれでも嬉しそうにしながら、微笑む。
「うん、わたしも好きだよ? 祐樹のまだ好きって言い慣れてないとこも、超大好き!」
ベッドから体を起こした涼香は俺にぎゅっと抱き着いて来た。
一線こそ超えては無いが、徐々に近づく俺達。
普通だったら、越えてるんだろうが、越えて無い当たりヘタレだ。
「お前、ほんと最近、俺に抱き着くようになったよな」
「前も、喜んだりした時は自然に抱き着いてたよ?」
俺と涼香は腐れ縁。
抱き合って喜ぶという行為自体はずっと前からやっていた。
高校受験で合格発表を見に行った時、体育祭で優勝した時、文化祭で漫才をやらされたが無事に受けて一安心した時、数えきれない程、抱き合っている。
「言われてみればそうだな。割と、抱き合って喜んでたな」
「でしょ? でも、いつも私からなんだよね~」
退屈そうでわざとらしく口ずさむ。
喜ぶ時、俺から涼香に抱き着くことは無い。
基本的に、涼香が俺に抱き着くことが大半と言うか、全部だった。
「なんのことだ? ほれ、いい加減離れろ」
「はーい」
離れて行く涼香。
スマホの充電をすべく、コードを取り出すために背を向ける。
「これで、満足だろ?」
初めて俺から抱き着いてみた。
正直、超恥ずかしい。
こいつ、こんなことを平然と、俺にやって来てたのかよと顔から火が出そうだ。
「ぐぬぬ。やられた。てっきり、して貰えないと思ってたのに、いきなりするなんて卑怯だよ……」
「悪いな」
「ううん、悪くなかったよ? てか、あれだね。美樹達とダブルデートした時、あいつらバカップルだとか言いあってたけどさ、今の私達も十分、バカップルになっちゃってるよね」
「だな」
田中達を笑えない自分たちが居る事についつい笑ってしまうのだった。
ちょっとの間、涼香に抱き着いていると、涼香がしんみりとした感じで、俺に言って来た。
「今日さ、みんなと金銭感覚がズレ始めてるな~って思った」
「やっぱり、お前もそう思ったか……」
ズレている。
明らかに金銭感覚がズレ始めていたのだ。
「でもさ、私達が当てたお金って資産運用しなきゃ、本当に慎ましく暮らさないと生涯を終えるのには足りない訳じゃん?」
「まあな」
「という訳で、祐樹。お金はこれからも大事に使って行こ? 一歩間違えれば、なんて言うか悲惨な道を辿っちゃいそうだし」
「なんで、合意を求めて来たんだ?」
「私達って、このままいけばず~っと一緒。私だけで、お金の使い道を決めるのっておかしいでしょ」
「それもそうだな。この旅行が終わったら、今後、どういう風に宝くじで当てたお金と向き合うか考えないとな」
二人で将来の事を、考えられるようになりつつある。
互いに、より通じ合っているのが良く分かる。
要するに俺と涼香は……。
ゆっくりとだが、着実に進んでいるわけだ。
「ちゃんと進めてるね。私達」
「ちゃんと進んでるな。俺達」
進んで居るかどうか分からない曖昧さを感じていた。
しかし、どうやら気のせいだったらしい。
「さてと、祐樹。手にビニール袋を捲いてあげる。そろそろ、シャワー浴びたいでしょ?」
「ああ、頼む」
「うん、頼まれた!」
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