第38話いろんな経験をして、話して、聞いて

 1限の講義が始まる5分前に教室に着く。

 これから行われる講義は、テストは簡単、欠席率が3分の1以下であれば許され、成績にこだわらなければ、簡単に単位が取れる講義。

 大学生という生き物は朝に弱いらしく、1限の講義が苦手と聞いた。

 だというのに、満員に近い大教室。

 矢代先輩曰く、これから休む率が高まるので、最終的には5回目の講義には多くて7割程度の出席率になるらしいがな。

 この講義は涼香も取っているのだが、別に一緒に受けはしない。

 あいつにはあいつの友達が居るし、俺には俺の友達が居る。

 ベタベタ引っ付いて、学生生活を二人だけの世界で終わらせるのは勿体なさ過ぎるからな。


「お」

 やっとの思いで机の真ん中あたりに空いている席を見つける。

 端っこの席は人気席で人がすぐに座る。

 一方、真ん中の席は人気がなく、空いた状態になっているのが多い。


「すみません。後ろ通して貰っても良いですか?」

 座る学生たちに椅子を少し引いて貰い、机の中ほどの席に何とかして座った。

 床に鞄を置き、筆記用具、ルーズリーフやらを机に広げて講義が始まるのを待つ。

 隣は別に知り合いでも何でもなく、ただただ講義が始まるのを待っていた時だ。


「あの~、ノートを忘れたのでルーズリーフを1枚貰っても良いですか?」

 隣に座る女性から声を掛けられる。

 どうも、俺と同じく講義に知り合いは居ないらしく、これ見よがしに机にルーズリーフを置いている俺を頼って来たわけだな。


「あ、はい。一応、1枚じゃ足りないかも知れないので、2枚くらいどうぞ」

 

「どうもです。いや~、私、この講義に知り合い居なくて、ノート忘れてどうしようかな~って思ってたんですよ」


「また足りなかったら譲るので言ってください」


「ありがと~。ちなみに、休んだ時にノートとかも見せて貰えると嬉しいんだよね~。この講義、出席重視じゃ無いし、5回フルに休めるから」

 成績を気にしなければ、5回休んでも単位は出る。

 だから休む。

 しかし、これは友達が居れば出来る行為であり、同じ講義を受ける友達が居なければ不可能。


 高校と違い、大学の一コマは90分。

 ノートが無ければ、講義について行けなくなるし、意地悪な先生だと、教科書には載っていない内容を板書に書き、それがテストの答えになる様にする人も居るという。

 大学生において、講義のノートとは生命線にも等しい。

 もちろんこれは矢代先輩からの有難いお言葉だ。

 個人的に正義感強い訳でもないし、ノートの一つや二つ貸しても問題ない側の人間な俺は気さくにOKを返した。




 それから、ほどなくして1限の講義は始まるのだった。










 で、夕方。

 今日は矢代先輩が作ったアウトドアのサークル以外に入った『食べ歩きサークル』の活動で集合場所の食堂にやって来た俺。


 『食べ歩きサークル』は人数だけは馬鹿みたいに多い。

 何せ内容が気楽なものだからな。


 ただ単に繁華街の駅に繰り出して、グループを作って食べ歩くだけ。

 で、食べ歩きについて語り合いたければ、食べ歩きの活動後、好き勝手に宴会。

 前回はレクリエーションだけ。今回は実際にこれからグループを作り、繁華街の駅に向かう予定となっている。


 サークル長がグループを作ってください~と言うと、グループが形成されて行く。

 2年、3年、4年の先輩も、すでに仲良くなった者同士で固まったり、交流を求め、積極的に1年生に声を掛け、自分達のグループに引き込んだりしている。

 俺もガイダンスの日に友達になった志摩(しま)と二人で、どこかしらのグループに引き込まれようとウロチョロしている時だった。


「あ、骨折くんじゃん!」


「ん?」


「1限の講義で君にルーズリーフを貰ったじゃん。もう忘れたんですか?」


「いや、覚えてますけど……。それなら、骨折くんじゃなくてルーズリーフくんじゃないんですか?」


「だって、右手を怪我してるんですよ? そっちの方が記憶に残りますって」


「……一理ありますね」


「ですよね? あ、そうだ。骨折くんの、お名前は?」


「新藤です」


「私は熊沢(くまざわ) 明美(あけみ)。よろしくね。ところで、新藤くん。せっかくだし、何かの縁。一緒のグループで食べ歩かない? あ、もちろん、新藤くんのお友達も一緒に」

 断る理由も無い俺と志摩は有難く熊沢さんのグループに混ざることになった。

 俺、志摩、熊沢さん、その友達。

 さらにはそこら辺を二人組で歩いていた二人を仲間に加え、計6名で一緒に食べ歩くことになった。






 で、繁華街の駅に辿り着いて食べ歩きを始める。

 俺の右手は相変わらず物をつかむことが出来ない。

 食べ歩きをするのに向いていない手を弄りに弄られ、食べさせてあげると言われ、口に放り込まれる。


 男どもに。

 事の発端は熊沢さんが俺に『食べにくそうですよね~。あ、これって、食べさせてあげた方が良いかんじ?』と言ったせいだ。

 別に熊沢さんは何となく言っただけ、俺に食べさせようだなんて、微塵も思っていなかっただろう。

 しかし、過剰に反応した男どもは俺が普通に左手で持ち食べていたメロンパンを奪い、俺の口にぶち込んで来る。


「ほれ、食え食え。女の子からお前にあ~んなんてさせねえよ」


「やめろ。普通に食えるのに、なんでお前ら男どもに食わせて貰わなくちゃいけねえんだ。てか、ほんと辞めろ。口の水分が持ってかれて喉が詰まるとこだったんだぞ?」

 男友達である志摩に文句を言う。

 それを見て笑う他の者達。

 そんな感じで楽しく食べ歩く俺達であった。




 設けられていた1時間という食べ歩く時間も経過した。

 自由解散で、終わりの時集まるとかは別にないのだが、熊沢さんが提案する。


「もうちょっとだけ歩かない?」

 熊沢さんのその誘いに乗って少しだけ食べ歩きを延長。

 色々と食べ歩きをして楽しい一日を過ごし、最後にはせっかくだしという事で、連絡先を交換し、それぞれの家へ帰り始める。



 

 俺も涼香が住む部屋に帰るか。




「ただいま」


「お帰り。食べ歩きは楽しかった?」


「ああ、楽しかったぞ。美味しい、カレーパン屋さんがあったんだが、今度一緒に行くか?」


「うん、行く~。ねえねえ、祐樹。カメラ欲しいな~って思うんだけど、買って良いかな?」

 唐突にカメラが欲しいので買っても良いかと聞かれた。

 涼香は俺が食べ歩きサークルで楽しんでいる一方、写真サークルで活動していた。

 それに当てられ、カメラが欲しくなってしまったのだろう。


「ちゃんと使うなら買って良いぞ? とはいえ、欲しいものを気軽に買えば、すぐに金がなくなるからな……」


「そうなんだよ」

 お金はある。

 贅沢はある程度できるが、その贅沢になれてドンドン金遣いが荒くなるのが怖い。

 だからこそ、今だって食費を月ごとにきちんと割り振ってお金をちゃんと意識した生活を心がけているしな。


「あれだ。買ったカメラ代に届くまで俺達が今、自由に使えるお金として割り振っているお金を減らすってのはどうだ?」


「なるほど。欲しい奴が5万円だから……自由に使えるお金として割り振ったお金を10カ月、5000円引きすればお金の使い過ぎにならないかもね」


「ま、あれだ。ちょっとは贅沢しても良いと思うがな」


「その油断が命取りになるかもだよ? うんうん、決めた。私は5万円のカメラを買い、10カ月お小遣いを5000円引きにする!」

 息巻く涼香。

 こういう風にお金の使い道をきちんと考えてくれる相手で本当に良かった。

 価値観の違いで喧嘩とか普通にあり得たからな。


「写真サークルで何をしたかせっかくだし、聞いてやろう。ほれ、話して良いぞ?」


「偉そうにしてムカつくんだけど? ま、いっか。あれだ、もう話すの辞めて~って言うくらい喋っちゃうから良いもんね~。で、今日は、一眼レフカメラで写真を撮ってデータをスマホにコピーさせて貰ったんだ。ほら、見て見て」

 スマホの画面を見せつける涼香。

 ああ、確かにスマホのカメラで撮る写真よりもくっきりとして綺麗だな。


「なるほど。もうちょい見せてくれ」


「うん、良いよ」

 スマホを借り受け、スクロールさせ今日撮ったであろう写真を見て行く。

 そんな時だった。


「おい、お前。いつの間にこんな写真を撮ったんだ?」

 一眼レフカメラで撮った写真を色々と見る中、俺が見つけた一枚の写真。

 それは、なんとも間抜けな顔で寝ている俺の顔だ。


「祐樹の事が大好きだからね。間抜けな顔でも可愛いな~って思って、撮っちゃたんだよ。あ、消した方が良い?」


「ほんと可愛い事しやがって……。良いぞ、消さなくて。むしろ、ドンドン撮ってくれ」

 好きな子が寝ている俺の顔が好きで、写真を撮っちゃったなんて言われて見ろ。

 もっと好きになるに決まっている。


「えへへ、ありがと。あ、今度、カメラを買ったら恰好良く撮ってあげるね!」


「ああ、頼んだ。で、あれだ。カメラ買ったら、せっかくだし旅行でも行くか?」


「うん、行きたい! 一眼レフカメラって凄いんだよ。スマホのカメラと違って……」

 涼香からカメラや写真について聞き、俺は食べ歩きで発見した思わぬ事を話した。

 こうして、俺達は夜遅くまでおしゃべりを楽しむのであった。






 そして、次の日の朝。

 カシャリ。

 機械がわざとらしく立てるシャッター音を聞いて、目を覚ます。


「てへ? 祐樹が撮って良いって言うから撮っちゃった」


「おはよう。お前ってほんと、そう言うところ可愛いよな……」


「でしょ~。さてと、朝ご飯作ろっと」

 俺の寝顔を撮って満足そうに笑いながら、寝て居たベッドから降りようとする涼香を抱きしめる。


「写真を撮らせてやったんだ。ちょっとくらい、良いだろ?」


「祐樹ってば甘えん坊さんだね。しょうがないなあ~。今日、私は1限からだし、あんまり時間が無いからちょっとだけだよ?」


 それから、時間の許す限り、幸せな朝を涼香と過ごすのであった。



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