家に帰るとお嫁さんが死んだふりをしている

 ちょっとした用事を済ませ、俺は涼香と住んでいる家に帰ってきた。

 いつも通りに玄関を開け、リビングに入ったのはいいのだが……。


「ただいま……。って、大丈夫か?」

 上はボタンの付いたブラウス、下は長めのフレアスカートを着ていて、今日も可愛いお嫁さんが、うつ伏せで倒れていた。

 そして、か細い声でなんか言ってきた。


「私の屍を越えていくんだ……。裕樹よ……」


「お、おう?」

 何が何だかよくわからずにその場で戸惑う。

 口を閉じて死んだふりを継続したまま、ピクリとも動く気配をみせない涼香。

 近くによると目は閉じて動こうとはしないが、呼吸は普通にしている。

 よし、今のお嫁さんが何を求めているのか分かった。


『遊びたいんだ。どうしようもなく、ふざけたい気分』


 きっと、そうである。

 たまには、わざと死んだふりをしてみて、楽しもうって算段なのだろう。

 お茶目で可愛いところを見せるお嫁さんに対し、俺が取る行動はひとつ。


「お前の遺産は俺の物。これで宝くじのお金は全部俺のもんだな」

 全力でおふざけに、付き合ってあげることだ。

 大学生だから、子供っぽい。そんな風に勝手に殻を作って、おふざけをしないよか、笑って明るくこういう風に、くだらなく戯れる方が幸せだ。


「……」

 涼香からは返事がない。これは涼香からの挑戦状だ。

 死んだふりをする私をどうにかこうにかして、目覚めさせてみよ! と。

 壁掛け時計の針の音がハッキリと聞こえる程、静まり返っているリビング。

 俺は次の策を講じる。


「こういうときにこそ、普段はできないことをしなくちゃな」

 普段は、俺が涼香に触れようとすると恥ずかしがるので、あんまり触りはしない。

 あと、俺も触るのはなんだか恥ずかしいし。

 せっかくだ。死んだふりをしているんだし、ここは思う存分楽しんでやろう。

 俺はうつ伏せで寝ている涼香の柔らかい部分――


 柔らかそうなお尻に手を伸ばす。


 でも、ヘタレな俺は果たして本当に触ってもいいのだろうか? という気持ちで一杯であり、その手つきはたどたどしくて、ぎこちなくて、何ともいやらしい。


「んっ……」

 俺が触れると同時に、涼香からちょっと艶めかしさを感じさせる吐息が零れた。

 まだまだ、死んだふりは続けるらしい。

 というわけで、今度は軽くお尻を叩いてみた。

 ペチッと叩くと、少し揺れる双丘は、生唾を飲み込むのを忘れてしまう程、魅力的である。


「裕樹のえっち……。尻たたき男……。変態……」


「じゃあ、どうすれば生き返ってくれるんだ?」


「んー、裕樹がどこかへ行ってくれたらかな。というわけで、どこかへ行ってね」

 俺にここではない別の場所へ行って欲しいらしい。

 構って欲しいから、わざわざ俺の目の前で死んだふりをしてうつ伏せになっているはずなのに、どこかおかしい。

 ふとした疑問を抱き、死んだふりを貫いている涼香の顔をじっと見つめる。


「なあ、もしかしてさ、死んだふりしたのって……。そのうつ伏せになっている体の下に、見られたくない何かを隠してるからとか?」

 涼香の性格的に、なんとなくそんな気がした。

 するとまあ、あからさまに上ずった声で涼香は俺に言う。


「べ、別に?」


「いきなり俺が帰ってきた。で、見られたくないモノをどこに隠そうか悩んだ結果、うつ伏せになり、その下に隠したってことか」


「ち、ちがうけどお?」


「なら、今すぐに死んだふりをやめて、生き返ってくれてもいいよな?」


「死人はそう簡単に生き返らないから……」

 俺の予想通りかも?

 急におふざけをしたくなったからではなく、何か俺に見られたくないモノを隠すためにうつ伏せになり、死んだふりの演技をした。

 これはこれでお茶目であるし、隠したい物が何なのか気になってしょうがない。

 


 とはいえ、涼香が嫌がることはあんまりしたくないからなあ……。



「そんなに見せたくないモノならしょうがない。ほら、ちょっと外に出てるから、その間に隠すなり捨てるなりしていいぞ」

 ここは男の見せどころ。

 優しい対応をしてみたら、涼香はというと


「……見たくないの?」

 うつ伏せに倒れる涼香は、もの欲しそうな顔で俺の方を見てきた。

 見られたくないんだか、見られたいんだか、どっちなんだか。


「いや、見られたくないんだろ?」


「ううん。見せたくないというか、恥ずかしいというか、心の準備ができてないというか、なんというか……」

 口をもごもごとさせ、一向に結論を出そうとしない。

 そんな涼香を尻目に、俺は何を隠したのか、ヒントがないのかあたりを見渡す。

 するとまあ、ご丁寧にもちょっと離れた位置に隠したモノ? が梱包されていたかもしれない荷物の梱包材を見つけた。

 段ボールではなく、ビニール製のA4サイズくらいの袋だ。

 おそらく、これ? に包まれた状態で送られてきたんだと思われる。

 送り状が付いているので、そこに書かれた品名を俺は口にした。


「衣類?」


「ちょ、ちょっ!」

 俺が衣類と読み上げたと同時に、涼香は慌てて立ち上がる。

 そして、露わになる秘密。

 俺はそれをマジマジと見ながら、気まずさで頬をかく。


「な、なるほどな」

 涼香の着ているブラウスのボタンは全開。

 前が全開になっており、非常に扇情的なブラが露わになっている。

 試着中に俺がいきなり帰って来て、慌てて着替えようとしたが、間に合わなかったので、うつ伏せになっていたって感じだろうな。


「おニューの勝負下着が想像以上にエッチくて見られたら、ちょっと引かれるかな~って心配してたんだけど……。ど、どう?」

 伏し目がちな涼香は、俺の目をのぞき込んで聞いてくる。

 改めて、おニューの勝負下着に目を向けた。

 それはそれは、大胆で扇情的なデザインをしているピンク色の下着。

 エロではなく、どエロい。

 確かに、これは人によっては引いてしまうかもしれないくらい、スケベかもしれないが……。

 男からしてみれば、エロければエロい方がいいに決まってる。

 ごくりと生唾を飲み込んで、不安そうにしている涼香に答えた。


「わ、悪くないと思う」


「え、えへへ。は~、良かった。いや、これはさすがに下品だ! って思われたら、嫌だったからね」


「……いや、でも、その。なんで、急に勝負下着を買ったんだ?」


「気が向いただけで、何もしらないよ?」

 きょとんと惚ける涼香。

 その視線はカレンダーの方へ向いていた。

 こころなしか、〇が付いている5月26日を見ている気がする。

 今から、約2週間後の5月26日に〇がついているのは大事な日だから。

 かなり大事な日であり、忘れてはいけないので〇がついている。



 そう、俺の怪我した右腕のギプスが取れる日。



 怪我のせいで、未だに拗らせている涼香との夜の関係。

 つまり、涼香は……。

 来るべきその日に向け、入念な準備をしているということである。

 俺はごくりと息を飲んだ。

 が、しかし――

 先ほど、見てしまった男なら誰しも興奮する下着を身に纏う涼香を想像して、なんというか、ここまで耐えてきたのに今すぐにでもという気持ちが強まって行く。

 涼香の方から少し目を逸らし、俺は変なことを口走る。


「あの日がくるまで、絶対に手を出さないからな……」


「ふ、ふーん」


「な、なんだよ。その、ニヤニヤした顔は」


「だって、我慢してる裕樹って可愛いんだもん」

 ずっとだ。ずっと我慢し続けている俺。

 右腕のギプスさえなければ、今すぐにでも涼香を襲っていただろう。

 今もなお、俺にとって毒な光景が目の前に広がっている中、涼香の目は爛々と輝かせながら俺の顔をつつく。


「その顔、もっと見たいな~。今だけしか見れないかもだし」


「え、あ、え? ま、まさか……」


「えへへ。その我慢してる顔、超可愛いから、もっと意地悪したくなっちゃった! ほら、もっと見てもいいんだよ?」

 小悪魔っぽく悪戯染みた笑みを浮かべる涼香。頬を少し赤らめながらも、ブラウスの前を少し開け、エッチな下着を見せつけてくる。

 涼香の性格的に、ここで俺が手を伸ばそうものなら、恥ずかしがって逃げる。

 掌の上で転がされるのも、なんかムカつくので、ビビらせるつもりで胸の方に手を伸ばす。


「裕樹のえっち。でも、触ってもいいよ?」

 どうやら、寸でのところで逃げる癖は、時間経過によって克服しつつあるようだ。

 俺が伸ばした手を恥ずかしそうにはしているが、喜々として受け止めている。


「いや、やめとく」


「え~、触っても良いのに」


「俺は男だ。ここで、負けるわけにはいかない」


「あははは、そうだね。そういう、律儀というか真面目なとこ大好き。それじゃあ、あとちょっと頑張ってね?」

 せっかく我慢してきたんだ。俺は最後まで耐え抜いて見せる!!!

 俺の勝利条件はただ一つ。

 2週間後まで、涼香の誘惑を耐え抜くことだ。

 










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