第29話いつの間にか当たり前になっていた。
「んで、なんで結婚してる」
「思いのほか、情熱的になった感じですかね」
大学のガイダンスが終わった後、サークル勧誘やらを受けてちょっぴり遅くなったが、矢代先輩に連れられてファミレスに来た。
……まあ、色々と聞かれるのは分かっていたが、きついものがある。
「にしても、お前さ。幼馴染の三田さんとはなんもねえから! って感じだったのに。ほんと、いつの間に仲良く成りやがって……」
「あれ? 結婚した理由とかは深く聞かないんですか?」
「聞いて欲しいのか? 敢えて聞かないでやったんだが?」
「詳しくは話したくないのでそうして貰えると……」
「嫌な事を聞かれたら嫌だしな。でも、嫌じゃ無さそうな範囲で聞かせて貰う。で、実際、どんな感じなんだ?」
仲良くなったのは3カ月前。
いや、もともと仲良かったし、仲が良いの方向性が変わったって言った方が正しいに違いない。
先輩の嫌じゃ無さそうな範囲で聞かせて貰うという言葉に安心し、口を開く。
「仲良しです。じゃ無きゃ結婚なんてしませんから」
「羨ましいぜ。三田さん、じゃ無くて涼香さんって可愛いしな」
小柄で愛嬌たっぷりな涼香を褒められて嬉しい。
結婚する前なんて、涼香と幼馴染とか羨ましいと言われても、全然嬉しくなかったのにな。
今じゃ、涼香と幼馴染で羨ましいとか、可愛いだとか言われたら、鼻を高くしてこう言う。
「ですよね?」
「おまえ……。ほんと変わったな。前までだったら、涼香さんの事を可愛いと言われても、まあまあだろとか素っ気なかっただろうが」
「あの時はまだ涼香の魅力に気が付いてなかっただけです」
「はあ……。ま、涼香さんの事もまだまだ聞くとして、その手はどうしたんだよ。不幸って言ってたけどよ」
「涼香とデートに行った帰り道。小学生くらいの男の子に涼香が押されたのを抱きかかえる形で庇ったらこうなりました」
もうそろそろ自由になる右手を見ながら言う。
「……まあ、あれだ。元気そうで良かった」
「別にもう怪我してもって感じなので、そこまで心配しないでくださいよ?」
心配されたのには訳がある。
サッカー部であった時、俺は左足を痛めた。
特に目立った外傷はなかったが、痛めた足は尾ひれを引き。
選手生命である走りがてんでダメになってしまった。
走りの力強さは中々に取り戻せず、スカウトが俺に対して目を光らせているわけでもなく。
サッカーに自分のすべてを注ぐのは人生設計が滅茶苦茶になるだけ。
だからこそ、サッカーは捨てた。
その経緯を知っている矢代先輩は怪我した俺を心配してくれたわけだ。
「ま、それもそうか。そういやお前、俺が作ったアウトドアサークルに入ってくれるって話だが……どうするよ」
「いや、はいりますけど?」
「アウトドア用品はもう揃えてあるから、ほとんど金が掛かんないせいで、泊りがけのイベントしまくり。嫁さんを置いて、泊りがけとか怒られないのか?」
「涼香も入りたいって言ってたので、その辺は問題ないと思います」
「お、そうか? いや~、サークルをきちんと世に残したいからよ。一年生が複数に入ってくれるだけで嬉しい限りだ」
俺と涼香が夫婦だからと言って、別にサークルに入るのを断らない先輩。
イチャ付くのを見せられるのが嫌だとかで断られるかと思ったんだけどな。
こうして、涼香と俺は矢代先輩が作ったアウトドアサークルの一員となった。
「明後日、外でバーベキューを予定してるが来るだろ? 嫁さん以外に、友達も連れて来てくれると有難い」
「知り合った何人かに声を掛けてみます。もちろん、お金は取らないんですよね?」
「当たり前だ。ま、電車で数駅行ったところにある野外でバーベキューが出来る場所を借りたから、そこまでの電車代までは払って貰うけどな」
数駅程度なら往復1000円未満でハードルも低い。
ちょうど今日、ガイダンスで一緒になって仲良くなった奴でも誘ってみるか。
なお、ファミレスで俺が頼んだドリンクバーと軽食代も支払ってくれた。
ほんと、面倒見の良い先輩である。
さてさて、先輩から解放された俺はと言うと、涼香が待っている部屋に帰る。
さっき、そろそろ帰るって連絡を入れた。
地味に涼香だけが居る場所へ帰るのは初めて。
どんな感じで迎えてくれるのか楽しみで仕方がない俺は、今のご時世何があるか分からないので、家に人が居ようが閉めてある玄関の鍵を開けた。
「ただいまー」
廊下でそう叫びながら靴を脱ぐ。
すると、ひょこっとリビングに繋がる扉から涼香が現れた。
「お帰り! お風呂にする? ご飯にする? それともわ、た、し? えへへ、やっぱ恥ずかしいや」
以前にも言われたことがある。
その際はなんと言うか、雑で適当感が漂っていたのだが……。
凄く可愛さが込められた感じで言われて、顔の筋肉が緩んでいく。
靴を脱いで、涼香の声が聞こえて来た方を向くと、恥ずかしがっていた理由が良く分かってしまう。
「そりゃ恥ずかしいよな」
「自分でも何やってんだろって感じだもん。でもね、せっかくだし、やっちゃった。てへ?」
「本当にお前は俺の幼馴染だったのか?」
絶対、幼馴染だった時からは想像できないような行動をする涼香。
もうそれがまた、俺の心に突き刺さる。
だって、だって、水着を着てエプロンだけでお出迎えなんだぞ?
「へっくち! だって、祐樹が好きなんだもん! でも、恥ずかしっ。着替えてこよっと。さすがに水着を着てその上からエプロンだけだと冷えるね」
「俺的にはもう一声来られたらヤバかった」
「それだと、あざとすぎてドン引きしない?」
「確かに言われてみれば、水着を着てエプロンぐらいがちょうど良いかもな」
「あ、そう言えば、ご飯にするのか、お風呂にするのか、私にするのか、まだ聞いてないじゃん。で、どうする?」
にやにやと聞いて来た涼香。
一線を超えていたら、まず間違いなく涼香を選んでいたに違いない。
けど、右手が治るまでは我慢することに決めた俺はきっぱりという。
「ご飯は食べて来た。という訳で、お風呂だな。ちょうど、涼香も水着姿だし」
「りょーかい。んじゃ、まずは右手に袋を捲いてっと」
それからお風呂で綺麗さっぱりになった。
までは良い。
「ねえねえ、私も水着を着てるし、祐樹と一緒に湯船に入って良い? 小さい時は一緒に入ったこともあるし、問題ないでしょ?」
「おまっ」
断る間もなく、掛け湯をし水面を荒立て湯船に入って来た涼香。
で、俺の方を見てこう言う。
「恥ずかしいけど、悪くないね。えへへ。今度、二人で温泉とか行っちゃう?」
とても満足そうである。
そんな涼香が可愛くて、ついつい恥ずかしくていじめてしまう。
「俺は男の先輩と一緒に飯を食いに行っただけで、嫉妬しすぎだ。てか、男相手に嫉妬すんなって」
「ぐふっ。バレてたか……。だって、祐樹と久しぶりに夕食が食べれなくて寂しかったんだよ?」
「そういや、お前と一緒に夕食を食べなかったのは……2か月振りくらいだったな。……っぷ。っくそ、ダメだ。笑えて来た」
一緒に夕食を食べるのが当たり前になっていた。
それについつい笑ってしまう。
だって、涼香とこんなにも時間を共有する関係になると思って無かったんだぞ?
ダメだ。なんでか、笑いが止まらん。
「笑えて来るよね。だって、祐樹とこんなにイチャイチャすると思って無かったもん。という訳で、もっとイチャイチャしたい。えいっ、食らえ!」
お湯を手でびゅっと打ち出してきた。
ものの見事に俺の顔面に直撃。
お茶目で可愛いお嫁さんからの攻撃を食らって思い出す。
「懐かしいな。泥んこになって親に怒られてお風呂に入れられた時も、こんな感じでお湯を掛け合ったっけ?」
「あはは、そうだね! 私達って、ある意味、結婚しても昔と変わらないのかも。さてさて、祐樹は片手しか使えない今、お湯を手で打ち出すことは不可能。私にされるがまま、されちゃえ!」
びゅっとお湯を手で打ち出して、俺を攻撃してくる涼香と楽しい時間を過ごすのであった。
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