第48話ニヤニヤが止まらない金田美樹

 水曜日の夕暮れ時。

 駅前で俺と涼香はノートパソコンを持って来てくれる金田さんを待つ。


「祐樹。なんか、めっちゃ緊張する……」


「安心しとけ。俺もだ」

 秘密主義。

 そうとまでは行かなくても、俺と涼香は周りには関係を隠してがちだ。

 そんな俺達は金田さんに同棲している事を教えた上、住んで居る部屋に招待まですることになっているのだ。

 緊張して当たり前だろ。


「ど、どんな事を言われるんだろうね」


「……色々じゃないか。ほんと、何から何まで」


「っぐふ」

 話しながら駅前で金田さんを待つこと数分。


「やっほ~」

 駅から俺と涼香を見つけた金田さんが駆け寄って来た。

 俺らと同じくこの春から大学生。

 服装はどこか大人っぽい感じを装いだ。

 

「よ、久しぶりだな」

 涼香はこの前、一度会ったらしいが、俺は久しぶりに顔を合わす金田さんに挨拶を投げかける。


「いや~、このこの~。同棲しちゃうとか、羨ましいやつめ」


「っぐ」

 早速、同棲を弄られダメージを受ける。

 

「さてと、ここで長話をしてもあれだし、行こ?」

 その涼香の一言で俺達は場所を、同棲してる場へと移すのであった。





 1LDKのアパート。

 金田さんは俺と涼香が住まう部屋に上がるや否や感想を述べる。


「ひろっ! もっと、狭苦しいとこで二人で住んでんのかと思ってた。お金はどうしてるの?」


「あー、仕送りとか色々?」

 宝くじに当たった事は言わない。

 いくら親しくても、それは守った方が良いと俺達で決めたからだ。


「で、どうなん?」

 にやにやとした顔で俺を見る金田さん。

 その様子はこの部屋で涼香と二人で色々としてるんだよね? ね? という顔にしか見えない。


「さ、さあな」


「またまた~。お盛んなんでしょ? ねえ、涼香?」

 

「あっ、えっ、え?」

 いきなり自分にも飛んできた火の粉を慌てて払う事が出来ない涼香。

 助けてという目で見て来るが、俺も余裕がないからな。


「さてと、積もる話もあるだろうし、二人で仲良くな。俺は寝室に居るから」

 

「あ、別に気にしなくて良いから。新藤くんもここで一緒にお話で」


「い、いや~。女子二人の方が会話も弾むだろ?」

 なお逃げようとする俺。

 しかし、それを阻む涼香。


「私を置いてくなんて許さないよ? 一緒に根掘り葉掘り、聞かれなくちゃだめだからね?」


「わ、分かったって。さてと、金田さん。早速で悪いんだが、俺達に格安で譲ってくれるパソコンってのはどれだ?」


「これこれ」

 大き目のカバンから取り出したノートパソコンをぱかりと開く。

 ややキーボードに擦れを感じるものの、綺麗な状態だ。

 付属品の充電器、申し訳程度の内容しか書かれていない説明書、一緒にそれらを譲り受け、お財布から相場よりもかなり安いお金を金田さんに支払った。


「ありがと、美樹」


「いえいえ。むしろ、私の方こそお財布が潤ったからね~。中古屋に売ってもこんなに高く売れないしさ」


「さてと、金田さん。本題は終わったし、そろそろ帰ったらどうだ? 愛する彼氏が待ってるんじゃないか?」


「あははは、なにそれ。涼香達と違って、同棲なんてして無いから、帰った所で、田中っちがいるわけないじゃん。完璧に、恋人=同棲とかそう言う頭になっちゃってて笑えるんだけど!」

 辛い。

 何この辛さ。

 恥ずかしくて、体中の毛穴から汗がドバドバ止まらん。

 

「仕方ないだろ。同棲してんだから」


「はあ~、おもしろ。ねえねえ、涼香。お部屋、ちょっと見て良い?」


「良いけど、荒らさないでよ?」


「荒らさない。荒らさない」

 金田さんは立ちあがり、俺達の住む部屋を見回り始めた。

 最初に目を向けたのはソファー。


「二人はこのソファーでどんな感じなのかな~?」

 ニコニコしながらそう問われる。

 たぶん、抱き着いたり、膝枕したりしているだなんて言えば、めっちゃご満悦な顔をするに違いないので、二人とも黙る。

 

 が、しかし。


「そう言えば、山口から公園で膝枕してるバカップルが居たって聞いたんだよね~。そのバカップルだったら、こういうソファーがあれば、膝枕してると私は思うんだよね~」


「……山口め、おぼえとけよ」

 公園でお弁当を食べたあの日。

 涼香を膝枕してあげているところを、オタクなイケメン山口に見られた。

 絶対に他の奴には言うなよ? って言ったのに、どうやら周りに拡散しやがったらしいな。


「あう。あ、あ、あ」

 口をパクパクさせて呆然と立ち尽くす涼香。

 バカップルと自覚しようが、それを周りに言われるのは恥ずかしいのだから仕方がない。


「あははは、あんまり虐めちゃうと拗ねちゃうから、最後に寝室にお邪魔してお部屋探検は辞めてあげよ~」

 俺と涼香の寝室に入る。

 そして、金田さんはセミダブルベッドを見て、むふふという顔で告げて来た。



「お盛んですな~」



「っぐは」


「っくう~~~~」

 そりゃまあ、同棲している二人が使うベッドが、セミダブルベッドであったら『お盛んですな~』と言われても当然だ。



「さてさて、最後に寝室を~とか言ったけど、クローゼットも見ちゃえ!」

 寝室にあるクローゼットは収納用。

 俺達の普段着ない服が仕舞われており、衣替えとかをしない限り開けなさそうな場所だ。

 そこをバンと開けて、物色する金田さん。

 それと同時に慌てて、金田さんを止めに行く涼香。


「すぅーーー。ごめん、ここ見ちゃだめだった」

 パタンとクローゼットの扉を閉める。

 そんなに可笑しな物が入ってたか? とか思っていると、涼香が言う。


「そこに入ってるのは祐樹がどうしてもって言うからだよ?」


「ん?」


「いや~、うん。そっか~。いや~、そっか~。彼氏の趣味か……。良く付き合ってあげられるね」

 どういうことだ? 

 俺の趣味?


「そ、そう。祐樹がどうしてもスクール水着とか、体操服とかを着て欲しいとか言うからね?」

 あのクローゼットにはスクール水着やら体操服が入ってる。

 それを俺の趣味だと言った涼香。

 ま、まあ、着て欲しいとか言ったけど、本当に用意してたのか……。

 ほんと、涼香って俺に献身的過ぎないか?


「あ、そうだ。良いネタ思いついた。今度、田中っちと撮影する動画は、彼女がいきなりコスプレしてたら、どういう反応するか~って感じにしよ」

 金田さんは動画配信者。

 田中と一緒に日々、色々な動画を配信している身だ。

 思いついたネタをどう調理してやるか、考え始めている。

 そんな中、クローゼット内に仕舞ってあった衣装を俺の趣味だと言った涼香は、申し訳なさそうにこちらを見て、小さい声で謝って来た。


「……ごめんね?」


「気にすんな。どうせ、俺の趣味じゃないって言っても、俺の趣味にされるだろうしな」


「っと、そろそろ帰るね~。涼香たちのおかげで、動画に使える良いネタを思いついたから、小道具を買いに行ってくる!」

 金田さんは良い動画のネタを思いついた事もあり、そそくさと俺達の部屋から去っていくのであった。








 金田さんに涼香をコスプレさせる男だと思われた日の夜。

 お風呂場で体を洗って貰う時、俺はつい口走る。


「お前にスクール水着とか体操服のコスプレをさせる男だと思われちまったしな。せっかくだし、スクール水着で今日は体を洗いに来てくれても良いんだぞ?」

 軽い気持ちでそう言うと、涼香はちょっとだけ恥ずかしそうに言う。


「い、いちおう。祐樹のために用意してただけで、その……。えーっと、着なきゃだめ?」


「お前が嫌なら着なくて良いからな」


「で、でも、祐樹の趣味にさせちゃったし、してあげないとダメかも。待ってて、着替えて来る」

 それから10分後。

 待ちに待っても、お風呂場に現れなかったので何をしてるのかと様子を見に行くと、涼香がスクール水着姿でうろちょろしていた。

 三田家の涼香の部屋で見た光景とそっくりで笑えて来る。


「うぅ……。やっぱり、恥ずかしい。でも、祐樹も喜んでくれるなら、してあげたいし~。でも、お肉がさらに……」

 うろちょろと部屋を右往左往している涼香が可愛すぎるんだが?

 まあ、恥ずかしがってるのを無理強いしたくない。


「冗談だぞ? 何でスクール水着を着てうろちょろしてんだ?」


「ゆ、ゆ、祐樹! み、見ちゃダメ。前より、ちょっとぷにぷにしちゃって、ぴっちりする素材のせいで、お肉がだらしなくて……、だから、見ちゃダメ!」

 おま、俺をお風呂場で洗ってくれる時、普通の水着を着てる癖に何を言う。

 そう言う感じで、涼香を見るのだが、思った以上に、サイズが合ってない事もあり、水着からお肉がはみ出てた。

 前回以上に。


「ほら、お風呂場に戻るから、そのうちに着替えとけよ?」


「う、うん」

 俺は恥ずかしがる涼香を横に去っていく。

 理由は簡単。 

 恥ずかしがる涼香を捕まえて、『いや、見ないで? はずかしいよ……』と言わせたい欲望が渦巻いたからだ。

 もう、やばい。

 スクール水着を着ているのを見られ続けて、恥ずかしがる涼香をひたすらに捕まえて恥ずかしがらせたい。

 たぶん、こんなことをしても嫌われないだろうけど、相手の嫌がる事はしたくないからこその退散だ。




 そして、夜。

 恥ずかしさを味わい過ぎた涼香の行動は単純だ。

 俺に抱き着いてうじうじモードだ。


「もうやだ、恥ずかしくて死にそう……」


「おうおう、そうかそうか」


「もっと慰めて」


「こんな感じか?」

 抱き着いて来る涼香の背中をポンポンと優しく叩いてやる。


「えへへ、ありがと~。祐樹の方こそ、私なんかよりも泣きたいのに、ごめんね。コスプレさせる男みたいな感じにしちゃってさ」


「気にすんな」


「んふふ、やさし~。でも、いつかは絶対してあげるもん。心の準備が整ったら色々としてあげるね~」


「しなくても良いんだぞ?」


「ううん。祐樹のためなら私はなんでもしたいんだ~。祐樹だって、そうじゃん。こういう風に私に抱き着かれても嫌な顔せずに受け止めてくれるからね。だから、私も祐樹にいろんなことをしてあげる~」

 そもそも俺はコスプレして欲しいとか、そう言うのを強くは言ってないがな。

 まあ、良い。可愛い涼香にコスプレして貰いたいし。


「ギブアンドテイクってやつか?」


「うん! ねえねえ、祐樹。いつかコスプレしてあげるから、もうちょっと強く抱きしめてくれると嬉しいな~」

 ギュッと片手ながらに強く抱く。

 すると、心底嬉しそうに耳元で囁かれる。


「ふふっ。ありがと~。だ~いすき」





 





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る