第44話劇的ビフォーアフター

 住み始めた部屋をより使いやすく。

 午前は足りないものを調べ、午後はその見つけた足りないものを買いに外へ。

 歩き始めて少し経つと、俺はとある事に気がついて横を歩く涼香に話しかけた。


「なあ、こういう風に一緒に買い物に行くのも、普通にデートじゃないのか?」

 

「これはお出掛け。デートはデートだよ?」


「詳しく頼む」


「あれもこれも一緒に居ればデートってくくりにしたら、ちょっと遠出した時、特別なお出掛けとかの感動が薄れちゃうでしょ? 祐樹とは夫婦だけど、やっぱり色々味わいたいから、区別してる感じかな?」

 今のこれはお出掛けであって、デートではない。

 それは絶対に譲らない涼香の考え方が可愛くて笑みが零れる。


「あー! こいつ、何言ってんだ? って顔してる~」


「違うぞ? 可愛い事を言うなって思って、確かにデートはデートで区別して、色々とお前を楽しませてやんなきゃなって思っただけだ」


「なら許す! うんうん、デートはデート。これはお出掛け。えへへ、これからデートはちゃんと二人で一杯しようね!」


「ああ。にしても、俺達もだいぶ二人暮らしを始めてから変わったよな」


「うん。私、めっちゃ引っ付いてるよね」

 少し気恥ずかしそうに微笑む涼香。

 そう、実家に居る時よりも、明らかに俺にベタベタとくっ付いて来るようになったのは紛れもない事実だ。

 

「可愛いから気にするな」


「やさし~。前だったら、絶対にそんなこと言ってくれなかったじゃん」


「少し前までだったら、お前が横に居るだけで、邪魔だどけどけ、離れろ。とか言ってたろうな」


「そっか。ねえねえ、祐樹。ちょっと100円ショップに行く前に寄り道しよ?」


「あ? どこに行くんだよ」


「こわ~。幼馴染の時をわざと演じてるでしょ」


「お前もたまに幼馴染っぽく振る舞う時あるし、俺も幼馴染っぽく振る舞ってみた。どうだ? ちょっと前の俺に似てたか?」


「似てたね。でも、もう、だめ。私、何言われても祐樹好きなんだな~って感じで、前みたいに、こいつ、うざっ! とか思えなくなっちゃってる」


「おうおう。ま、あれだ。さっきのはわざと嫌そうにしただけだからな。普通にどこでも寄り道してくれ」


「ありがと~。じゃあ、家電量販店に行きたい! なんだかんだで、ドライヤーを買うのを後回しにしちゃってたからね!」

 引っ越した部屋にはドライヤーはない。

 涼香の髪をセットするためのヘアアイロンとかはあるのだが、ドライヤーを買おう買おうって言って未だに買っていないのだ。

 ……それもそのはず、俺が阻止していたからな。


「良いのがあれば買うのか?」


「うーん。もうそろそろ買わないと! って思ってたから、かなりお高くなければ買っちゃう予定」


「そ、そうか……」


「少しだけ聞いても良い?」


「ん?」


「祐樹。髪の毛をドライヤーを使わずに長々と拭かれるのが好きでしょ」


「……」


「素直に言えば良い事があるかもよ?」


「はい」

 即答である。

 だって、良い事があって欲しいしな。


「やっぱり! だから、一緒にネットショッピングでドライヤーを買おうとしてるのに、微妙じゃ無いか? 値段が高い! とか言ってたんだ。この、甘えん坊さんめ~、このこの~」

 肘でぐりぐりと胴を押されながら、俺は苦笑い。

 そりゃ、少しでも長い時間、髪の毛を拭いて貰いたい。だから、ドライヤーを買わせまい! と思っていた事がバレバレだったと言われたらな……。



 そう、俺がドライヤーを買わせまいとしていた理由。

 それは、単純にお風呂上がりに涼香に髪の毛をよ~く拭いて貰うため。

 我ながらにして気持ち悪い理由だ。



「なんて言うか、お前に髪の毛をゴシゴシと拭いて貰うのが心地よくてな。あの時の、何とも言えない手持ち無沙汰な時間を、お前と話して紛らわすのが本当に心安らぐんだよ」


「そういう理由で、ドライヤーを私に買わせないようにしてたんだね。もう、しょうがないなあ~。ちょっと手間だけど、ドライヤーを買っても、私がゴシゴシと祐樹の髪の毛を拭いてあげる!」

 ビシッと指を立ててはにかむ。

 俺のために尽くしてくれる涼香というお嫁さんの良さ。

 それは俺に甘い所だろう。

 だからこそ、俺もそれに応じなくちゃいけないと常々思う。


「さてと、じゃあ、ドライヤーを買いに行くか」

 ドライヤーを買うのを阻止する必要のなくなった俺は、軽やかな足取りで家電量販店に足を動かし始めた。





 で、すべてのお買い物を終えた俺達。

 まずは買ったドライヤーが壊れていないか、チェック。

 その後、100円ショップで買って来たアイテムを使い、部屋を良くして行った。

 色々な問題を片付けた後の部屋。

 見違えるほどに変わったわけじゃないが、細々としたところの使い勝手が格段に良くなった。


「前もそこそこ綺麗だったけど、引き締まった感じだね」


「ああ」

 リビング。置き場の決まっていないものが、少しばかり雑に溢れていた。

 やや乱雑っぽさを感じさせるリビングが、100円ショップの便利グッズで綺麗さっぱりだ。


 が、一番変わったのは家具の配置だ。


 リビングのど真ん中に置かれていた机、その下に敷いてあるカーペットをややテレビラックを置いてある方へ移動させた。

 

「ソファー来るの楽しみだね!」

 何を隠そうソファーを設置するためのちょっとした模様替えだ。

 休みの前、大学の帰りに大手家具屋さんでソファーを購入してしまった。

 お値段にして……__万円。

 ソファーにしてはまだ高くない方だが、つい最近まで高校生であった俺と涼香にとってはいまだに扱いなれない値段だ。

 そんなソファーが明日には届く。

 よって、便利グッズを設置していく片手間で、机とカーペットの位置をずらした感じである。


「取り敢えず、ソファーが来たらお前とイチャイチャする未来しか見えん」


「イチャイチャする気満々だからね。そりゃ、もうベタベタしちゃう。んふふ、ベタベタして良いでしょ?」


「良いぞ。何なら今からでもな」


「じゃあ、一緒にベッドでごろごろしたい! ソファーが来たら、ベッドでベタベタするのが減りそうだもん!」

 要望通りにベッドのある寝室へ。

 で、ごろんと二人して寝転がり、テレビがあるのにスマホという小さい画面で動画を一緒に見て過ごし始めるのだった。



 きっと、ソファーが来たらベッドの上よりも、イチャイチャするはず。

 そういう訳で、ベッドの上でのイチャイチャを味わう俺達。


「ベッドの上でだらだらするの大好き! だって、こんな感じで、すぐ抱き付けちゃうんだもん!」

 わざとらしく映画を見る俺の体に抱き着いて来る。

 抱き枕のように抱き着かれ、ちょっと飽きたら離れて行き、また恋しく成ったら抱き着いて来るの繰り返しだ。

 っく、好き勝手しやがって!

 そう思った俺は、今日見ている映画がちょっと退屈で、あくびをしてしまう涼香の口に、意味もなく人差し指を突っ込む。


「んあ……。口開けたからって、指を入れないでよ! まったく、もう!」

 何してくれてるのかな? と怒られた。

 で、なんでそんなことをしたの? って顔になったので、ありのままの事実を伝えた。


「悪いな。大きく空いた口を見て、何となく何かを入れたくなった」


「ならしょうがない。私もそうしたい時あるもん! でも、次やったらガブって齧るよ?」

 注意勧告を受けた。

 が、残念ながら、俺は止まるつもりなんて無い。

 再び大きくあくびをする涼香の口に指を入れる。


「んあ……」

 指を入れられた事に気が付くと、また? って顔をして、ガブッと俺の人差し指を噛むと思いきや、


「あむ」

 あむあむと俺の指を優しく口で撫でまわされる。

 指を少し強めに齧られるかと思っていた事もあり、何とも言えない気分な俺は茶化す。


「俺の指は美味しいか?」


「美味しいかも。という訳で、他の所も食べちゃお~」

 指を口であむあむとするのを辞めた涼香は俺の腕をガブって齧りつく。

 で、やや強く甘噛みをした後、嬉しさで華やぐ表情。


「祐樹の腕に私の歯形付けちゃった。えへへ、祐樹は私の獲物だもんね~。取られないようにい~っぱい、色んなとこに跡つけちゃえ!」

 また、パクリと俺の腕を口にし、やんわりと歯形を付けてくる。

 ちょい独占欲が強めな彼女は面倒臭い。

 しかしこれは、わざとしているだけで、独占欲が強いだとかそう言うのじゃないせいか、めっちゃ可愛い事しやがって……としか思えない。

 ガジガジと俺の腕にかじりつく涼香の目を見て俺は軽く微笑む。


「この可愛い奴め。てか、俺の腕なんて汚いって思わないのか?」


「んふふ~、汚くないよ?」

 一瞬、腕から口を離してそう告げた後、わざとらしく俺の腕を齧るのを再開。

 それから、涼香は思う存分、俺の腕を楽しそうに味わうのであった。





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