第17話着々と骨抜きにされる

「はい、腕上げて」

 涼香に言われた通り、腕をあげると着ていた寝巻の上を捲りあげ、脱がされた。

 いや、脱がして貰っただな。

 で、脱いだ後は、Tシャツを着せて貰う。


「至れり尽くせりだな」


「怪我してるんだし当然でしょ」


「そういうもんか?」


「さ、朝ご飯を食べよ?」

 涼香と一緒にキッチンへ行く。

 昨日の夜。

 明日は朝ごはん食べる? と母さんに聞かれた時、『たぶん』と答えたせいか、普通に用意されていた。

 スクランブルエッグとウインナー、簡単なサラダだ。

 

「祐樹はパン何枚食べる?」


「一枚で十分だ」

 トースターにパンを入れて焼くこと2分。

 チンという音が鳴り、焼きあがったことを知らせてくれる。

 涼香はコーヒーを淹れていたので、ここは俺が焼きあがったパンにマーガリンを塗っておこうと思ったのだが、


「塗れん」

 パンにマーガリンを塗る。

 子供でも簡単にこなせる事が、難しい。


「悪戦苦闘してるね」


「まあな」

 何とか不器用にマーガリンをパンに塗り終える。

 で、ダイニングの椅子に座って二人でゆっくりとした朝食に入った。


「こういう風に涼香と朝ご飯は久しぶりだな。で、お前は俺が入院してる時、どうだったんだ?」


「わたし? んー、お見舞いに行かなかった日は友達と遊びに行ってた。そろそろ、色々と準備しなきゃって感じでお洋服をね」


「洋服?」


「祐樹。私達、この春から大学生なんだよ? 今までは制服があったけど、これからは私服で毎日を過ごさなきゃいけないのをお忘れで?」


「……そういや、そうだな。あ」

 間抜けた声を出してしまう。 

 入院したせいで、すっかりと忘れていた大事な事を急に思い出した。

 

「どうしたの?」


「スーツ……」


「ほんとだ。入学式に着て行くスーツを買わないとじゃん」

 

「時期的に混んでるだろう。まあ、裾の直しとかをしなければ、間に合うが、だらしないのは嫌だからな」

 間に合わせようと思えば間に合わせる事は余裕だ。 

 しかし、スーツは就活にも使えるものを買うつもり。

 そうとなれば、しっかりとサイズを自分に調節して貰ったものの方が良い。

 面接官の印象はまずは見た目。

 それ無くして、内定の道は遠いのだ。って父さんが言っていたし。


「9時くらいに家を出よっか」


「だな。ごちそうさまでした。……にしても、あれだな」

 フォークでスクランブルエッグとウインナーを食べていたのだが、利き手ではない左手。

 お皿の上がぐちゃぐちゃ。

 苦笑いしか出ない。


「子供みたい」


「はあ……。前途多難だ。折れた右手はペンも握れねえから、左手で書く練習をしなきゃ、大学の講義にすらついて行けん」


「あー、そっか。なら、私も祐樹と一緒の講義を取って、ノートを見せてあげる」


「あのなあ。高い学費を払っていくんだ。俺なんて気にせず、自分の気になる講義を取っとけ。お前じゃ無くても、同じ講義を取った奴のノートを見せて貰えば良い訳だしな」


「ぶ~。冷たくない? 私は祐樹と一緒の講義を受けたかっただけなのに。憧れない? 恋人と並んで、同じ講義を受けるのってさ」

 涼香と一緒に同じ講義。

 会話はきっとない。ただ横で一緒に講義を受けるだけ。

 それだけだというのに、どこか楽しそうだ。


「しょうがない。幾つか、同じ講義は取ってやる」


「うんうん。そうしよ?」

 二人して、春からの新生活に向けて本格的に動き出す。

 期待に胸を膨らませながら、話し合っていた時だった。


「んふふ~」


「機嫌が良いな」


「祐樹と久々に一緒に居れるからねー」


「止めろ。不意打ちで俺に可愛い事を言うんじゃない」


「えへへ。じゃあ、もっと言っちゃお。久しぶりに一緒に居られて嬉しいんだ~」

 自重せず嬉しがる涼香。

 攻撃力高めである。

 しかも、俺が利き手である右手を負傷しているせいもあるのか、めっちゃ優しさを振りまいて来るのが、さらに攻撃力を高めている。


「……危ない、危ない。薬を飲むのを忘れてた」

 朝食を食べ終え、二人でゆっくり。

 すっかり、食後の薬を忘れそうになった。

 まだ、痛み止めが切れると普通に痛いんだよな……。

 

「ごめんね? 私をかばったせいでさ」


「おま、謝るなって言ったろ? あれはどう考えても、お前は悪くないって、何度言えば良い」

 涼香をかばった結果。

 俺が怪我した。

 普通に申し訳なさを感じなわけがない。

 散々と、謝る必要はないからな? と言ったのにこうである。

 謝るなと言われるだけじゃ、申し訳なさはしこりになってしまう。


「じゃあ、困ったら何でも言ってね?」


「んじゃ、取り敢えず、水持ってきてくれ。せっかくだ。この機会、涼香に甘えさせて貰うぞ?」

 適度に頼らせて貰おうじゃ無いか。

 わざとらしい笑みで涼香に言ってやった。 


「うん!」

 元気の良い涼香は頷くのであった。

 で、用意して貰った水で薬を流し込んだ後、手持ち無沙汰な俺は耳の中が痒い気がしたので、棚から耳かきを取り出す。


「やめとくか」

 利き手は使えない。

 出来ないことも無いだろうが、変に耳の中を引っかいたら不味い。

 それに耳かき自体、必要な行為かと言われれば必要ない行為らしいしな。


「私がやってあげるよ?」

 いきなり後ろから声を掛けられる。

 

「うお、いきなり後ろに立つなって。驚くだろ?」


「ごめんごめん。さあ、祐樹。おいで?」

 喋りながら、床に正座した涼香はポンポンと優しく自身の太ももを叩く。

 要するに、あそこに俺は寝っ転がって良い訳だ。


「……おじゃまします」

 

「ちょ、お邪魔しますってなにそれ」

 変な物言いにクスリと笑う。

 そんな相手の太ももを枕代わりにした。

 小柄だが、それでもやっぱり柔らかくて、左半分の顔が幸せだ。


「た、頼む」


「頼まれた。じゃ、始めるね?」

 ゆっくりと入って行く感覚。

 カサカサという音が聞こえて来た。

 くすぐったい訳じゃないのに、くすぐったい気持ちが溢れる。

 まさか、涼香にこんなことをして貰う日が来るとは夢にも思わなかった。


「……」

 黙る俺。

 そんな俺に優しく涼香は語り掛けて来る。


「ちょっと照れちゃうね。祐樹とこんなことするなんてさ」


「おま、そう言う反応、本当にずるいからな?」


「えへへ」

 ちょっぴり話しながら進む幸せな時間はあっという間だ。

 感触からして、もう最後の仕上げと言った感じで耳を弄られる。


 そして、最後に。


「ふー」

 耳にそよ風が吹く。

 くすぐったいが、それだというのに気持ちが良い。


「はい、おしまいっと」


「膝枕。良い……」

 感嘆の声が漏れてしまった。

 よほど、俺の顔が綻んでいたのか涼香は微かに口角を緩ませてから言う。


「甘えん坊さんだね。はい、どいた、どいた」

 ちょっと、強引に膝枕を辞めされられた。

 もうちょっと、味わっていたかったんだが?

 致し方なし。

 涼香の元を離れようとするのだが、


「反対もやらなきゃって、どいたって言ったんだけど、やらなくて良い感じ?」


「え、あ。そうだったのか?」


「どうする?」


「お願いします……」

 あんまり涼香に対して、使わない敬語を使って太ももに顔を沈める。


「しょうがないなあ。じゃ、始めるね?」



 


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