第2話 ─ 汚れちまった悲しみに ─…ある男の独白

 なぜ俺がミトラを手にかけたか知りたいか?

 弟に奪われ壊され続けた俺の、クソったれな人生の話を。


 俺が弟を殺す事を、心に決めるまでの物語を。



*****



 そもそも俺達二人はこの世界の生まれじゃない。そして限りなく人間に近いが、正確には人間ですらない。


「エルフ」


 こう呼ばれる種族であり、こちらの世界に来てからも同じ呼び名である事を知った。


 向こうでの俺達の暮らしは……。まぁ、よくある話さ。

 森での生活を敬遠し、故郷の森を飛び出し人間の街で冒険者として生きる。


 俺達は、人間のその国一番の……という訳でもなかったが、それでも上位クラスのパーティーのメンバーだった。

 俺は弓と索敵、ミトラは攻撃魔法の役割を担っていた。


 こちらの世界に来た切っ掛けは、魔物退治。

 そして恩人のリッシュさん達と退治に赴いたが、パーティーは全滅。気がついたらこの世界に居た。

 リッシュさんは俺の家族も同然だったのに、アイツのせいで……。いや、その事はまた別の機会に話すべき事だろう。

 俺がこの世界に来た時には周りには誰も居なかった。だから、俺以外は全員死んだかと思うのも当然だろう?



 こっちの世界は魔素が薄くて魔法が使えなかったが、俺は元々もともと何故かエルフのくせに魔法が使えなかったから関係なかった。

 むしろ魔法が使えないエルフとバカにされないから、暮らし易かったぐらいさ。


こっちの世界に来てから俺は“騎士団”という組織に、魔物退治を行う聖職者集団に拾われた。

 ここの人々に、この世界の様々な知識を教わったよ。


 それはまさに衝撃。


 基本的人権、生まれながらの平等という概念、寛容と共存……。絵空事だってバカにする奴はこの世界にも大勢いるが、こんな思想を生み出せた事がまず凄いのさ。

 理想論? 目の前にニンジンぶら下げなきゃ動かない奴の方が、意外と多いんだぜ?


 他にも飛行機、自動車、スマホにインターネット。魔法が使える元の世界なんかよりも、よほど魔法の世界だったよ。


 でもな、俺がこの世界に来てから数年後の事さ。

 弟が……ミトラが俺の前に現れたんだ。

 あっという間だったよ。仲間のアイラを取られて、組織をミトラに掌握されて、皆が敵になって。


 どうして兄弟なのにって?

 何故なら、ミトラは……。


 ミトラに乗っ取られてから、“騎士団”は変わっちまった。だから俺は仲間と一緒に対抗したよ。

 なんとか“騎士団”を取り返すとミトラと相方のシャーロット嬢ちゃんは逃亡。その後二人は行方を眩ませたが、この街に潜んでる事を突き止めたんだ。


 ようやく追い詰めた。

 犠牲は大きかったが絶対に逃さない。


 ちなみにこの世界に来る切っ掛けになった魔物のロングモーンもこちらへ来てて、ひょんな事から俺の仲間になってくれている。世の中何が起こるか、本当に分からない。



 俺は今日、この街中に出来損ないの案山子かかしのような使い魔を大量に放った。俺の命が大きく削られるって言われたけれども、構うものか。ミトラを殺せなきゃ俺の人生、無いようなものだから。


 そう、俺はミトラを、そしてシャーロット嬢ちゃんを殺す為に犠牲にしたんだ、この街を。

 今日が、あの時が、儀式を行うのに一番適していたから。


 ただ一つ、言い訳をさせてもらうならば……。

 いや、よそう。全ての罪を背負う覚悟で行った事じゃないか。


 俺は一線を越えたのだ。あの魔剣を呼び出す為に。

 そう、ミトラの転生の可能性すら無くす為に召喚したのが、魂を喰らうあの地獄の魔剣。


 ミトラがシャーロット嬢ちゃんに告白された内容は知ってるよ。だけどあの二人はロクでもない奴等なんだ。

 ミトラが、シャーロット嬢ちゃんと子供から逃げ出そうとしてた事も分かってた。

 そしてシャーロット嬢ちゃんの真実だって俺は知っていた。

 パッと見る限り良い話っぽいのに、ひと皮けば醜い騙し合いだ、笑えるぜ。


 そうだな、あとはミトラをこの場に連れてきて、俺が魔剣で殺すまでの話か。

 ロングモーンと、使い魔。両方からの視点を俺が共有出来る様にして見届けたその内容は、こんな感じだったな。



*****



 天井をぶち破り窓をぶち壊しドアを蹴破り、悪魔を──鎌や棍棒等の粗雑な武器を持った、出来損ないの案山子かかしの魔物を、俺は大量にミトラに襲わせた。


 ミトラは咄嗟に手元に置いていた退魔剣を手に取り、体を捻ると天井からの攻撃を躱す。

 そのまま転がりながら剣を抜き放ち、抜刀動作の勢いのまま悪魔を袈裟斬り、起き上がる。


 絶命した悪魔が塵になる前に、ミトラは突き出す蹴りで窓に向かって後ろに押し込み、後方にひしめく悪魔を抑える。

 そいつに向かって数歩走り、怯んだ悪魔を踏みつけにして窓から外に飛び出した。


 着地先にいる魔物を、懐から取り出した退魔拳銃で撃ち殺し地面に降り立つ。

 周囲を見渡すと、数が濃い方が発生源だろうと目星をつけたようだ。


 向かう先には、開発途中に放棄された工事現場と廃ビル。

 ミトラは迷い無くそちらに向かって駆け出した。



……出来損ないの案山子を蹴散らし順調にビルの近くまで来たミトラだが、ここに来て足止めを食らっている。


 廃ビルの側にいるその相手は、動きの素早い、巨大な黒い影のような狼の魔獣三匹。その三匹を連携させているからな。

 攻撃対象を絞らせない為に一匹がミトラの注意をひき、残り二匹が違う角度からそれぞれ攻撃。

 これ、単純だけど分かっていても対処が難しいんだぜ?


 魔物の発生源であるこのビルの中に、ヤツは近づけないでいる。

 焦るミトラは、非常階段とその下に廃自動車が捨てられているのを見つけたようだ。うまい具合に足場に出来そうとでも考えたか。


 ミトラは押し込まれる方向を何とか苦労して調整し、そちらに少しずつ移動。

 程よい距離まで近づくと、魔物の不意を突いて廃車へダッシュ。廃車を足場に壁を蹴りつけ、三角飛びの要領で非常階段の二階部分に飛び移る。

 剣で非常口を破壊すると同時に中へ突入。


 中は案山子の悪魔がひしめき合う一直線の廊下。ミトラの突入に、そいつ等を一斉に襲わせる。

 ミトラは従えている炎の“精霊”に命令。


「アイラ! この廊下にいる奴を全て燃やし尽くせ!」


 ミトラの前方に火炎で形作られた女性の姿が現れた。

 アイラ……。


 彼女が両手を前にかざすと、凄まじい勢いの炎がドラゴンのブレスもかくや、と言わんばかりに吹き荒れる。

 彼女の吐息ブレスが通り過ぎた後には、触れるだけで崩れ落ちるまでに炭化した、悪魔の死骸が残るのみ。

 それを確認もせずにミトラは走り抜ける。

 廊下を抜けた先は、ビルの吹き抜けロビーだった。


 そこは四階まで吹き抜けの、高い天井を持つ広大な空間。

 そしてその空間に鎮座する、天井に頭がつきそうな大きさの巨大な悪魔。


 ミトラは走り抜ける勢いのまま廊下の突き当たりの手すりに足を掛けジャンプ。

 その悪魔に向かって退魔剣の斬撃。

 が、その悪魔は落ち着いた動きでその攻撃を躱す。


 ミトラは着地した瞬間に身体を回転させて五点着地で受け身をとると、素早く起き上がる。

 そして、目の前の巨体悪魔を見上げた時、ミトラはさぞかし驚いた事だろう。


 なぜならそれは、ミトラがこの世界に来るキッカケとなった魔物だったからだ。

 だがミトラは、その魔物の名前がロングモーンである事は、まだ知らない。



──魔物ロングモーンは、簡単に表すならば直立したバッファロー、とでも言うべき姿だ。

 発達した胸部の筋肉と、丸太を二、三本纏めたような太さの腕、そして逆三角形の体型は、途方も無い膂力を感じさせる。

 魔物ロングモーンは組んでいた両手をほどくと、肘を微かに曲げた状態で両脇に垂らし、膝も軽く曲げて腰を落とす。

 そして目を少し細めてミトラを凝視。


 そんな魔物ロングモーンの視線に明確な知性を感じたのだろう、ミトラは慄然としていた。

 以前戦った時のような油断は、今の魔物ロングモーンには存在しない。

 ならば、少しでも相手に考える時間を与えずに攻撃すべき。

 そう判断したらしいミトラは、魔物との距離を詰めようと走り出した。


 ズシン!!


 魔物ロングモーンが強く床を踏みならし、周囲の長年積もりに積もった埃が巻き上がる。

 ミトラは埃を大きく吸い込み目に入れてしまい、むせて目が開けられなくなっていた。


 それを見た魔物ロングモーンが、その拳を床に、ミトラがいる地点に撃ち下ろす。

 ミトラは咄嗟に、無理矢理横方向に身体を回転させて地面に転がっていたようだった。

 ミトラは魔物ロングモーンこぶしへ剣を振るう。


 ザクリ!!


 俺にも伝わる剣が肉を断ち切る感覚。

 一瞬怯んだ気配を見せたが、魔物ロングモーンはミトラのコンディションが回復していないのを見るや、二度、三度と拳の撃ち下ろしによる追撃を始める。

 それをミトラはひたすら勘で右に左に転がりながら、避ける、避ける、避ける。


 しかしそこへ魔物ロングモーンの不意の一撃。

 その足による蹴り飛ばしに反応しきれず、ミトラは魔物ロングモーンの足先をマトモに食らって跳ね飛ばされた。

 凄まじい勢いで壁に叩きつけられた後、糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちるミトラ。


 あとは魔物ロングモーンから連絡を受けた俺が、奴を縛って運ぶだけ。



*****



「“主人公属性”……か。上手い例え方があったもんだ。だが、例え世界の全てがお前の味方をしようとも、俺は決してお前を許しはしない」


 俺は無意識にそう呟く。

 そう、それこそが全ての元凶となるミトラ能力チート。奴が傍若無人に振る舞える理由。そして俺が、こんな凶行に及んだ理由でもある。


 地下の魔方陣の中心で、ミトラの胸に黒い魔剣を突き立てた俺は、そのまま身じろぎもせずにミトラの様子を見守っていた。


 ミトラは動かず、何も変わらない。


 剣の柄から手を離し、一歩下がってミトラの様子を見守る。


 ミトラは動かず、何も変わらない。


 そのまま俺はゆっくりと後じさる。その間も、俺は一時たりともミトラから目を離さない。


 ミトラは動かず、何も変わらない。


 そうして警戒を解かないままながらも、振り返って部屋の出口に向かう俺。

 だが、思い直して出口近くで立ち止まると、物言わぬに呟いた。


「そうそう、もう聞こえないだろうが最後にひとつだけ」


 俺は顔も向けずに続ける。

 誰も聞く者もいないこの場で、彼女シャーロットの秘密を吐き出しておきたかった。


「シャーロット嬢ちゃんの腹にいたガキは、オマエの子供じゃねえよ。この街のボスの子供だ。そいつに捨てられたから、彼女はお前にすり寄ったのさ」


 そう言い捨てて、今度こそ俺は真っ直ぐ出口へ歩いていく。



 だが……。



 俺は異様な気配に振り向く。

 そこには死んだはずのミトラが、あれだけ念入りに頭を砕いたはずのミトラが、何事もなかったように、胸から剣を生やしたまま立っていた。


 俺は弟ミトラの口から出た言葉に最悪の事態を判断する。


「憎い……お前が……。絶対……許さねえ……」


 ミトラが、胸に刺さった剣を掴んで引き抜く。抜いた先から胸の傷がたちまち塞がった。

 

 

 







 畜生! この方法でも駄目なのか!!

 だが負けるものか、負けてたまるか!

 何のために犠牲をいとわずここまで来たと思っているんだ!


 何度だって殺してやる!

 お前の存在が消滅するまで!!

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