第63話 ─ 私待つわ ─…ある男の独白
「ありがとう、世話になった」
「ふむ、素直に頑張ったなと称賛しておこう。才能的には中の上か上の下といったところだが、食らいつく意思と努力は一級品だ」
「全然素直じゃないな、兄者。率直にこの
「い、いやしかしそれは、アレだ。何というか……むう」
弟のモリィに突っ込まれて慌てる兄。
そんな反応してると、見てるこっちも居心地悪いって。
「あ〜……。うん、こっちも何か気恥ずかしいから無理しなくて良いぜ?」
ビッグママが呆れ半分に言う。
「おやおや似た者同士ってヤツかい。殴り合って仲良くなるって、男は単純でいいねえ」
「アンタなら、私の世界に来てもサムライとしてやっていけそうね。きっと妖刀ムラマサも、アンタなら上手く扱えるんじゃないかしら」
と、タリスも言う。
「ムラマサ? 刀の名前か?」
「そうよ」
それで思い出した。退魔の刀を入手しに来たんだった。訓練ですっかり忘れていたぜ。
「そうだ、肝心な事を忘れていた。退魔の能力を持った刀を入手しに来たんだ、俺は」
「その事か。そうだな、これから鍛造するから一ヶ月後といったところか」
「何だと? じゃあここに沢山ある刀は何なんだよ?」
「数打ち、試し打ちといった粗悪品だ。美術品としてなら、そこそこの価値が付くだろうがな」
「数打ち……えーと、
「高級……まぁ斬れ味等の刀の性能が高いという意味では高級か。うむ、業物はあるにはあるが、退魔の能力は持ってはおらん。……それに」
と兄以蔵が、部屋の入り口から顔をぴょこりと覗かせている存在へ目をやる。
そいつが反射的に顔を引っ込めようとするのを止めるように、声を掛けた。
「これ。恥ずかしがっていないで、こちらへ来るのだ。これからお前がお世話になる方なのだから、もっと顔を合わせておけ」
「……は? どういうことだ?」
こちらへ近づく、顔を覗かせていた存在。
年の頃はタリスと同じく十代後半から二十代前半ぐらいか? もう少し若いか。
赤い着物を着た、赤毛でショートカットの美しい少女がこちらへやって来た。少しモジモジしながら。彼女の頭には狼の耳。
しかし……。
「誰だコイツ? ここにもう一人居たなんて気がつかなかったな」
モリィ以蔵が少し得意げに言う。
「いや、確かに最初は居なかった。コイツはお前が切り落とした、我等の後ろ足だ」
「???」
いきなり何を言い出すんだコイツ。
しかし、盛大に疑問符を浮かべまくった俺の表情を、その顔が見たかったというふうに笑って、モリィ以蔵は続けて言った。
「我等は本来、決まった形を持たない。そして兄者と俺が、本来はひとつの存在であるように、また逆にある程度はその存在を分ける事が出来る」
兄以蔵がその後を引き継いで話す。
「いきなり我等の身体を、気の斬撃で切り飛ばしたお主に敬意を表してな。弟と二人で相談して、この切り飛ばされた身体の力を退魔刀に
「宿す以上は人格を持たさなければならない。兄者の……我等の打つ退魔の刀はそういう作りなのだ」
だが俺は目の前の、少女の面影を残す女性を指差して言った。
「で、何で女になってるんだ?」
「我等は決まった形を持つ訳ではない。男の姿も女の姿も狼の姿も
そう言って、兄以蔵が黒髪の妖艶な女性の姿に変わった。
うっ、男の時より大人びた顔つきになりやがったよ。ちょっと雰囲気がフェットに似ていやがる。
兄以蔵は姉以蔵に変わった!!
俺はそんな自分の思考がツボにハマり吹き出しそうになったので、必死に堪える。
そんな俺を見て、ビッグママが呆れたように頭を振りながら話す。
「私もだいぶお前さんが掴めてきたよ。いまロクでもない、下らない事を考えてただろう?」
「う……む……ぷっ、くくくっ」
「はぁ。アンタたち、また人斬り盛以蔵になってこの男を斬るかい?」
「我等が妹が、その男を気に入っている。止めておこう」
「ぶふっ、そ、その人斬り盛以蔵ってのは……くくくっ、な、何だ?」
「明治維新の時に人斬り以蔵って人がいましたの。私達もその時に何人か、刀の試し斬りも兼ねて斬ってます。あとはごく稀にビッグママさんの組織に手を貸したことも」
少女が説明してくれた。
ようやく笑いがおさまってきた俺は、そのセリフに答えた。
「なるほど。ある意味そこまで刀の為に情熱を傾けているって訳だ」
「それに、日本刀なんて物をステイツに密輸するんだし、その準備に結局は時間がかかるから丁度いいじゃないか」
とは、ビッグママの言。
「え?」
「おや、退魔刀を手に入れたらそのまま持って帰れると思っていたのかい? んなもん税関で速攻没収だよ」
「ええええ!? 銃じゃないんだぜ!?」
「もしかしてお前さん、海外に出たのは初めてかい? 日本刀は刃物だ。立派な武器だよ、世間知らずだね」
「海外に日本刀を持ち出すなら美術品の形でだが、日本の政府……文化庁の登録証明書が要る。ビッグママの組織は地下組織だ。あとは意味は分かるな?」
と、平然と話すモリィ以蔵。
「うおおおお!? のををおおおおお!!」
思わずガックリと地面に四つ這いになって呻く俺。今までの苦労のご褒美が、急に遠く遠く引き離された感覚。
憐みの混じった、愚か者を見る周囲の視線が突き刺さる。
だが落ち込んだ俺には気にならない。
あの赤毛の、盛以蔵たちの妹分が俺のそばでしゃがみ込み、「よしよし」と言いながら俺の頭を優しくポンポンと撫でてくれた。
シクシク。
*****
「……で、最後に妹に名前をつけてやって欲しいのだ。刀の
と、退魔刀を直接持って帰れないショックから立ち直った俺に、姉以蔵から兄以蔵に戻った奴が話す。
「これは退魔の刀の銘にもなる。そのつもりで考えてくれ」
「つまり彼女は、刀に棲む精霊のような存在になるという事か」
少女は頭を下げながら言う。
「はい、その通りです。よろしくお願い申し上げます」
そういえば俺の元の世界でも、名刀ブリオッシュとか呪いの神剣フォカッチャとかがあったな。
俺は赤い着物を纏った少女を見つめた。
少女は顔を赤らめて俯く。
「ふむ、名付けというのは感覚がよく分からんが、こういうのはどうだ。
『
ばちこーん!!
後ろからビッグママに思い切り
何でだよ!?
「女の子の名前だよ! もっと真面目に考えないと可哀そうだろ!!」
「真面目に考えてるだろ! 『秋と冬が混じる刹那に紅に染まる森の木の枝たちの如き麗しき乙女』を古神聖エルフ語で表現するのが、なぜ駄目なんだ!!」
「本気で言ってるのかい?」
「当たり前だ! 一個の人格を持った存在に付ける名前だ、即興だとしても大事に考えないと駄目だろう!」
「お前さんの本名を知った時からまさかとは思ってたけど、お前さんの世界の感性は独特なんだねえ……」
兄以蔵が少し呆れた調子で話す。
「真剣に考えてくれたのは伝わったが、少し長すぎるな」
「そうか、うーん。要は、紅葉のような赤い女の子って事を表現したい訳だからな……。じゃあ
「おや今度は急にマトモな名前じゃないか」
少女も頬を赤く染めたまま、嬉しそうに笑って頷いて言った。
「素敵な名前をありがとうございます。嬉しいです」
そして俺に向かって手を差し出して、握手を求めてきた。だが、俺は首を横に振って断り、彼女に答えた。
「いや、君の名前が決まり、それを俺が知っている今、身体が触れると契約が発生する。刀が出来る前に契約して、君が刀に入れなくなったら困るからな」
「そうですか。そう……そうですよね。分かりました、貴方様に忠誠を捧げるその日までお待ち申し上げております」
目に涙を浮かべてそう語る姿は、さながら夫の帰りを待ちわびる貞淑な妻のよう。
テレビで放映される過去のドラマや、古典的な娯楽小説などで時々こういう仕草に触れた事はあった。だが実際にやられると、この仕草は結構な破壊力だ。
例えこれが演技にすぎないとしても。
「お……おう、またすぐに会えるさ。それまで良い子にしててくれ」
女性相手にこんだけドキドキしたのは、フェットにプロポーズしようとした時以来かもしれない。
タリス? そんな露出狂でエヴァンに惚れた(これ重要)女忍者のことなど知らんな。
「我等はかつて、神と呼ばれて人々に崇められていた事もある。これほどの我等の神気を分けて込めるのは
そう兄以蔵は不敵に笑った。
*****
「リーダー! 良かった、無事に帰って来れたんだな!」
結局、あれから下山の手間など色々と細々とした事で時間が取られて、“騎士団”に戻れたのは二週間近く後になってからだった。
心なしか再会したエヴァンが、少しやつれたように見える。
そのエヴァンが、泣きそうな顔で俺に訴えてきた。
「リーダー、“騎士団”の様子がおかしいんだ。皆も何だかよそよそしいし」
そしてエヴァンは、続けて聞き捨てならない事も言った。
「それに、こっちに帰ってきてからこちら、一度もアイラちゃんと会えないんだ。避けられてる気もする。どうなってんだよ!?」
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