第62話 「冒険者の彼女は凶暴です」…えんじょい☆ざ『異世界日本』

第53話の続きになります



*****



「あいだだだだだだ!! ギブギブギブ! ギブアップ!!」


「もう、この程度で終わってたら練習にならないでしょ? もうちょい頑張れ」


「おぎゃあああああ!!」


「ほら、声が大きい」


「おひょほほおおお!!」


 私が住んでる部屋に、いわゆるヤンチャしてます系のニーチャンが四人転がっている。

 うち二人はテーピングや包帯でグルグル巻きだ。


 ケガした彼等は、最初は女の私が手当てすることに少し好色な表情を浮かべていた。

 だけどそれもフェットチーネさんの、「軽傷のヤツは治療の実験台にしてエエですよ」の言葉と同時に、私が彼等に飛び掛かるまでだった。




「いやぁ丁度良かった。鍼灸とマッサージの専門学校で習った、整体の練習をしたかった所やったんですわ〜」


 ぐりっ。ぎゃあああああああ!


「やっぱ一回二回では覚えられへんですからね〜」


 ごきっ。ぐええええええええ!


「ところで、結局この人達はいったい何なんですか?」


 ぐいいっ。ぎゃあ股が裂ける!


「さあ? 街中で突然私を口説いてきたとおもたら、人気ひとけの無い所に連れ込もうとしたし、ちょっとシバき回したっただけですけど?」


 そう私の問いに答えるフェットチーネさん。その手は、床に座らせた蒼い顔をしたニーチャンの肩を、ガッチリとホールドしている。

 私の治療の「実験台」となった仲間を見て、ニーチャンは恐れおののく。


「え? フェットチーネさん魔法師やったよね?」


 と、肘を別のニーチャンの腰にぐりぐりと押さえつけながら、私は聞いた。

 フェットチーネさんは事も無げに答える。


「せやで? ……ああ、私は護身術に格闘技も習ってたし、対人はソコソコいけんねん」


「いや、男四人をノしてる段階でソコソコってレベルちゃいますよ。格闘技なろてる男でも四人相手やと厳しいんちゃいます?」


 ニーチャン全員が必死にコクコクと頭を縦に振って、私の言葉を肯定している。


「そーゆーモンなん? 私は木刀持った旦那相手に、二回か三回に一回しか勝てませんでしたけど」


「いやいや、長物を持った相手に素手でそんだけ勝てたら充分凄いですって。フェットチーネさん格闘家としてデビューしたら、イケるんちゃいますか? 何ちゃら延命流とか名乗って」


 ぐりぐりぃっ。

 ビクリという感覚が走って、私の肘の下のニーチャンが黙ってしまった。訝しげに見ると、痛みの余りに声が出せず、口をパクパクさせて悶絶していた。

 それを見た他の三人のニーチャンが震え上がる。


「格闘技なのに相手を延命してどないするんですか。それに私、この世界の事をまだあんまし知らへんしな〜。」


 そして四人のニーチャンズを見渡して、ニッコリ笑ってフェットチーネさんは続けた。


「誰が殺して大丈夫なヤツなんか、まだ把握出来てへんうちは、そういうのは……な」


「「「「ひぎいいいいいい!」」」」


 もう保健所に捕まった捨て犬のように、可哀想なぐらい震えるニーチャンズ。

 いや、もうそろそろ許してあげようよフェットチーネさん。私も残り三人を治療実験の餌食にしてから解放するつもりやし。

 ああ、こいつら解放した後で部屋を片付けないと、外出から帰ってきたブランちゃんが怒るやろうなぁ。


 私はこいつ等を治療しながら、そんな事をボンヤリと考えていた。

 フェットチーネさんも、怯えたニーチャンズの様子を見て、逃亡のおそれ無しと見て流しに行き、コップに水を汲み始める。


 まさにその時だった。


「なんやお前ら、女相手にやられたんか。情けない連中やな。ん? お前は……」


 そう言いながら、流しのすぐ横にある部屋の入り口に立つ、白いスーツをきた髭面のヤクザさん。あ、この人は──。

 私がそう思ったのと、フェットチーネさんが反応したのは同時だった。


 フェットチーネさんは、手に持つコップの中の水を、白いスーツの男の人に浴びせかける。

 白いスーツのヤクザの人は、思わず反射的にその浴びせかけられた水を、腕を上げてガードした。

 そこを目がけてフェットチーネさんが思い切り蹴りを入れる。うわ、私が傍目はためから見ても、軸足で地面をガッチリ掴んで、その踏ん張りを全部蹴りに伝え切ってるわ。


 私が言うのも何だけど、とても女性が繰り出した蹴りの威力とは思えない。

 それが証拠に男の人が壁に叩きつけられて、衝撃で一瞬フリーズしちゃったもの。

 しかもフェットチーネさんの攻撃はそれで終わらなかった。


 相手に蹴り込んだ足を相手の身体に引っ掛け、それを支点にフェットチーネさんは自身の身体を引き上げ空中に浮かせる。

 そしてそこから空中で回し蹴り!

 フェットチーネさんの蹴りが、男の人の側頭部に綺麗にぶち当たる。

 白スーツのヤクザさんは思い切り床に叩きつけられた。

 ヤクザの男の人は、何とか腕を自分の頭とフェットチーネさんの蹴りとの間に入れていたようだった。


 フェットチーネさんは、すかさず倒れたヤクザの男の人の頭に、更に追撃を入れようとする。

 振りかぶっていた右手を、男の人の頭に振り下ろす。彼女の右手に青白い炎が燃え上がっていた。──え? あれって……。


 しかしそれを気にする余裕など私には無かった。

 それこそ反射的に私はフェットチーネさんに叫んで、必死に制止の声をかける。四人のニーチャンズもほぼ同時に叫んでいた。


「ストップ! ストップ! ストーーップッッ!! それ以上バローロさんを攻撃しちゃダメーーーーっ!!」


「「「「バローロの兄貴!?」」」」


 フェットチーネさんの右手は、バローロさんの頭の上ギリギリで止まっていた。



*****



「全く。クラム、お前の部屋やからと若い衆を外に置いてきといて良かったわ。若い衆に今のを見られとったら、この姉ちゃんにどんな形であれ、ケジメ付けささなあかんとこやったで」


 そういえば、翻訳魔法が効いていない環境でバローロさんの喋りを聞くのは初めてだったかもしれない。


「くそ、こいつら半グレ共のケツ持ちやってへんかったら、こんな風には……」


 異世界から来た髭面のエルフでヤクザやってて、ドスの効いた関西弁で威圧してるって考えると、ある意味凄い光景。

 かく言う私も異世界のエルフやけどな。いややわあ。


「こんな事やったら、いつものフルプレートアーマー着といた方が良かったな。ったく、『現代社会に溶け込むにはスーツやないと』って言葉を聞くん違うかったわ」


「いや、その助言してくれた人の方が絶対正しいです、バローロさん」


 と、思わず私がツッコミ。

 そしてバローロさんは四人のニーチャンズに向かって言った。


「おめーら、バローロって表では言うなっつったやろうが! 表じゃ若頭わかがしらかしらって呼べや!!」


 言われてニーチャンズは口を揃えて「すんません、バロー……頭」と返事をする。

 そしてバローロさんは苦々しげな表情をして、フェットチーネさんにこぼした。


「くそ、女にココまでやられたんは、タリスの他にはお前だけや、人間のねーちゃん」


 そのバローロさんの言葉に、フェットチーネさんは怪訝けげんな顔をする。

 訝しげな表情のまま、フェットチーネさんはバローロさんに聞き返した。


「人間……? まるで貴方自身が人間と違うみたいな言い方しはるんですね」


 あっ……。


「何を言うとんのやお前。ワシもクラムも、ここに一緒に住んでるブランも皆エルフやないか」


 そう言われてフェットチーネさんは、「えっ!?」と頓狂とんきょうな声をあげる。

 そしてバローロさんと私の耳の辺りを注視して、再び「ええッ!?」と声をあげた。


 バローロさんが私をジト目で睨む。

 ヤメテ、私ヲソンナ目デ見ナイデ!


「クラム……お前、この女に耳隠しの魔法のこと言うてへんかったんか?」


「ごごごごごごごめんなさいっ!!」


「ちっ……まあええわ。異世界からの客やいうても、部外者にホイホイ言うモンちゃうしな。お前らの知り合いで、ママに報告してるんや無かったら黙ってるところや」


 ふう、助かっ……ヒィィ、バローロさんがまだコッチ見てる!!

 で、目を私から外したバローロさんは、フェットチーネさんへ目を向けた。


「んで……肝心のアンタの名前は何や」


 そんなバローロさんの問いかけに、フェットチーネさんは警戒しながら答える。


「今は笛藤ふえとう……と名乗っています」


 あ、フェットチーネさん本当の名前は一旦伏せるつもりなのね。

 しかし、フェットチーネさんの偽名を聞いてバローロさんが少し眉をひそめた。


「笛藤? フエトウ、か。んん? なんか聞き覚えがある気がすんな」


 そう言ってしばらくウンウンと唸っていたバローロさんだったが、やがてすぐに肩を竦めた。


「ま、ええわ。思い出せんっちゅう事は気のせいやっちゅう事やろ。ほら行くぞお前ら」


 そうして立ったニーチャンズだけど、口々に「あれ、痛くない?」とか「身体が軽くなった!?」とか言っている。よっしゃあ。


「ほう、実力はちゃんと付いとるようやな、クラム……いや、倉持」


 そう言ってバローロさんはニーチャンズを連れて出て行った。



*****



「そんでえっと、フェットチー……笛藤さん、後ろの方々は一体なんでしょうか?」


「さあ? あのあと突然『あねさんと呼ばせてください!』って私の所へ押し掛けて来たんやけど」


「ちっす! あの時はお世話になりました倉持の姐さん!」


「ちっす! 若頭に頼んで姐さんの付き人にしてもらいました!」


「ちっす! 誠心誠意、姐さんの手足となって働きます!」


「ちっす! 姐さんのオッパイいつか触りたいです!」


 最後の一人にフェットチーネさんの鉄拳が見舞われた後、残り三人が袋叩きにする。

 そして四人のニーチャンズが口を揃えて。


「「「「これからよろしくッス!」」」」


 そして、そんな四人を複雑そうな顔で眺めるフェットチーネさん。



 私、しーらないっと。

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