第75話 ─ 昔の馴染みが出ています ─…ある男の独白

「……まぁそういう訳なんで、くれぐれも気をつけてくれるように皆に注意し続けてくれ。金の為に子供を売るな作るな、とね」


「はあ、まあ言うには言いますが……」


「こういうのは一朝一夕には進まん。例え聞く耳を持ってくれなくとも、馬鹿にされようとも、皮膚から染み込ませるように語り続けなければならない」


 俺達は南米の貧民街ファベーラ近くに建っている教会に来ていた。


 エヴァンから聞いた話だが、子供を商品としか見ていない親もここには多いという。

 需要側も無くしたいが、供給源も少しでも減らしておきたい。売る側の根本も変えていかねば。

 ドラマのように、奴隷商人が無理矢理かっさらっていく訳ではないのだ。貧困と教育不足も大きい。

 これもまた教育の一環……となってくれると良いが。


「神父様よお。『親父と息子と聖霊が一緒のもん』だっていうあの救世主様だって、説法がみんなに聞いてもらえなくて、はりつけにされたんだぜ? 凡人の俺ッチ達の話を普通の人達が聞かないのは当たり前じゃねーか。地道に行こうぜ」


 エヴァンが神父にそう言う。

 コイツは最近時々、いっぱしの口を叩くようになってきた。出来の悪い兄弟が成長した姿を見るようで、嬉しいやら少し恥ずかしいやら、複雑な気分になる。

 そんなエヴァンが俺の様子に気がつくと、バツの悪そうな顔を俺に向ける。


「何だよリーダー」


「だからリーダーはやめろって。いや、なんだかお前も頼もしくなったなあ、とな」


「たりめーだぜ。アイラちゃんと再会した時に、胸張れる男になっとかないとな」


「ああ、そうだな。……そうだその通りだ」


 俺の初めての彼女であるパンチェッタが、ミトラの暴力に耐えかね最後に自殺した事は、もうコイツに話した事がある。俺もエヴァンも、アイラの境遇が想像出来ない訳じゃない。

 だけど、まだ彼女には届かない。

 彼女を組み伏せているミトラにも。


「じゃあそう言う事だ、神父さん。お互い粘り強くやっていこう。それじゃあな」


 俺はエヴァンと共に教会を出た。

 外に出た俺は、教会を眺めるために振り返る。


 “騎士団”に所属している時は、怪しげな新興宗教扱いされて話すら出来なかった。そもそも宗派が違っていた。

 ウチは悪魔退治が中心で、俺を含めて信仰心の怪しい連中も多かった。向こうにしてみれば、当たり前だ。

 それが、“騎士団”を追われた事で、こうしてとりあえず話は出来るようになった。

 皮肉といえば皮肉な話だ。


「悪い、行こうエヴァン」


 唇の端を一瞬だけ歪めて笑うと、相棒に向き直りそう告げる。

 くたびれたスーツを居心地悪そうに着ている俺達二人は、教会を離れた。


 南米午後の熱気の中を。



*****



「あら、人違いならごめんなさい。そこのアナタはエヴァンじゃないかしら?」


 そう声をかけてきたのは、痩せぎすで褐色の肌、口の大きい黒髪天然パーマのアフロヘアー女。

 どうやらエヴァンの昔馴染みらしい。

 エヴァンは一瞬、目を丸くすると満面の笑みを浮かべて女に向き直った。


「モルガン、久し振りだな! クエルボは元気にしてるのか? アプルトンはどうした?」


 嬉しそうにエヴァンが女にそう話す。

 だがそれを聞いた途端に、声をかけてきた女の顔が曇る。

 エヴァンは目敏めざとくそれに気付くとモルガンと呼んだ女に尋ねる。


「どうしたモルガン、何かあったのか? 良かったら俺ッチに話してみろよ」


 モルガンと呼ばれた女は迷ったように目を逸らす。

 やがて腹を決めたようにもう一度エヴァンを見ると、とある方向を指差しながら話す。


「いいわ、立ち話も何だからこっちでゆっくり話しましょ。どのみち二人のその小綺麗な格好じゃ物乞いにたかられるしね」


──気のせいだろうか? 雑踏の音に紛れて聞き取りにくかったが、彼女の心音がたった今、隠し事をしたかのように高鳴ったように感じたのは。




「お酒は飲めるのエヴァン?」


 モルガンは尋ねる。

 ここは貧民街ファベーラの中にあるボロい酒場の中。この女の持ち店だろうか?

 エヴァンは苦笑しながら答えた。


「飲まねーよ、仕事中は。いくらお前に案内された店とはいえ、な」


 貧民街ファベーラの中とはいえ、いや、中だからこそか? 店に誰も居ない不自然さは隠しようがない。

 奥行きはあれども幅狭い店の入り口近くのテーブル。そこに俺達は腰掛け、モルガンはカウンターの中に入って飲み物を準備しようとしている。

 天井には扇風機が取り付けられているが、自身の役目を忘れて何年になるのか、全く動く様子がない。


「ふふっ、安心したわ。ここで生きてく感覚は忘れてなかったのね」


「酒に酔って不覚を取った大人を、俺達四人は何度も見たろ。酒を飲んで騒ぐのは、明日への不安を忘れて逃げたいクズだけだ。少なくともココじゃあな」


「クエルボの後ろを付いて回るだけだったエヴァン坊やが、立派になったこと」


 俺は、二人の話には興味が無くぼんやりと外を眺めている……ように装い、周囲の気配に集中している。

 スーツの前のボタンは外し、手を懐の銃に手をかけられるようにしながら。

 彼女が隠し事をしている可能性は、エヴァンにもう耳打ちしている。エヴァンも、「そうか、やっぱり」と返したきりだ。


「立派なんかじゃねーよ。それより話ってのは何だよ」


 モルガンは酒の代わりにコーヒーをいれて持ってきた。この、外が炎天下の暑い日の中で……だ。こちらが何も言わないうちに砂糖とミルクも入れる。

 それを俺達二人の前に並べ、自分の前にはブラックのコーヒーを置く。それをひと口すすると「遠慮せずに飲んで」と俺達にすすめる。

 俺達は「ありがとう」と口にはしたが、コーヒーには手をつけない。この暑い中で、熱いコーヒーなど飲む気になれないのが一つの理由だ。そしてもう一つの理由が……。


 モルガンは、コーヒーを飲まない俺達を見ても何も言わずに、昔話を始めた。

 肝心の話には触れないまま。


「覚えてる? 貴方が空き家の壁の隙間に挟まって、動けなくなった時のこと」


「ああ、覚えてるよ。アプルトンが気がついてクエルボに知らせに行ってくれて、助けられるまで、お前が俺を励まし続けてくれたよな」


 興味が無いフリをしながら、俺は苛立たしげに指でトントンと机を叩く。ただし、一定のリズムを持って。モールス信号というやつだったか。

 エヴァンにメッセージを送る。


──囲まれてる。予想通り。


 エヴァンからも帰ってくる。


──やっぱり。


 俺は頬杖をつき、退屈そうな態度を取る。

 しかし耳は二人の会話にも向けている。どうやらエヴァンは幼い時に一緒にいた四人グループの中では一番下だったようだ。年齢的にも立場的にも。

 クエルボという男がリーダー格だったようで、当時からエヴァンは弟のように可愛がられていたらしい。

 その幼なじみの昔話の合間にも、机を叩きながら相談をする俺達二人。


──とりあえず懐に潜って様子を見よう。


──分かった。


──……来たぞ。痺れを切らしやがった。


 突然──のつもりだったんだろうな、コイツ等にとっては──酒場に武装した男共が十人ばかり雪崩れ込んできた。表から五人、裏口から二人、残り三人が外で人払いをしている。

 武装といっても、コイツ等は拳銃を一つだけ手に持ってるだけだが。


「チッ、薄気味悪い連中だ。こんな状況でも眉一つ動かしやがらねえ。クスリコーヒーにも手を付けやがらねえし」


 雪崩れ込んできた連中のリーダー格らしき男が、そう毒づく。そう、これがコーヒーに手を付けなかったもう一つの理由。

 俺達は両手を上げてゆっくりと立ち上がる。男共が俺達の懐をまさぐって、銃を押収する。

 エヴァンが物問いたげにモルガンを見るが、彼女は悲しげに首を振って答えた


「ごめんなさいね。上から、そちらの耳の長いお兄さんの話が来てたの。隣に貴方がいたから、良い機会だと思って声を掛けさせて貰ったわ。どうやら最初から勘付かれていたみたいだけどね」

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