ダーティーホワイトエルブズ ~現代に転移して魔物退治人となった魔力ゼロのエルフは誓う。クズ野郎で転生チートスキル【主人公属性】を持つ弟に死を、と~
第58話 ─ ソリチュードスタンディング ─…ある男の独白
第58話 ─ ソリチュードスタンディング ─…ある男の独白
しかしここは何処なのだろうか。
だが当時の俺は、まだせいぜい別の国・別の土地に飛ばされたぐらいの感覚でしか無かった。
木の実を食べた俺は、いくつかを魔物の元へ持っていった。
この時は、敵とはいえ唯一の見知った存在だから、状況が知りたいからだと言い訳していた。
「食べる物が見つかったよ。ありがとう」
「礼など不要だ。大した事ではない」
だからだろうか。
討伐相手だったはずのこの魔物に、当たり前のように礼を尽くした事に、何も疑問を感じなかった。
俺は持ってきた木の実を剣で幾つかに切り分け、魔物の口元に持っていく。
「食えよ。全然足りないだろうけどな」
「……頂こう。
切り分けた木の実を魔物の口の中へ放り込む。
先ほど剣で切り分けた時に、わずかに手に切り傷が出来たのに気付かないまま。
「貴殿、手に傷がついておるではないか。血の味が混じっておったぞ。魔物の相手によっては血の味で凶暴化する者も居る。気をつけられよ」
「本当だ。悪い事したな」
「
魔物の声色が少し変わった。
「血を舐めて分かったが、貴殿、何か変わった
「はぁ?」
何を藪から棒に言い出すのか、この魔物は。
エルフの出来損ないだぞ、俺は。
「何を言い出すかと思えば。変わった能力どころか魔法すら使えない、魔力無しでボンクラの落ちこぼれだぜ、俺は。
出来損ないの俺を、村の連中は魔物の餌にしたぐらいだからな」
自虐に顔を歪めて笑うと肩を竦めた。
だが魔物は真剣な声音を変えずに、俺に続ける。
「ならば村の連中がボンクラなのだ。貴殿は気付いていないようだが、貴殿には力が有る。そう、
どこからか小鳥が飛んできて、この魔物の身体に止まる。魔物は身動きひとつしない。
何故だか俺にはその光景が、ひどく神聖な場面であるかのように映った。
「貴殿自身が気付いておらぬなら、先だっての戦いで使わぬのも道理か。何か能力の発現を阻害する因子があったのやも知れぬな」
少し気まずくなってきた。
目の前の魔物が、
「……お前は、一体なんなんだ?」
「さて……何と言われても。遥かな昔にあの地を守れと、上位の大いなる存在に命じられただけの下僕故にな。
何でも世界滅亡の危機に勇者が現れ、あの遺跡の奥で滅亡を防ぐ力の
「おいおい、もしかして俺やミトラがその勇者とか言わないよな? リッシュさん達なら、まぁ分かるけど」
「馬鹿を言うな。勇者が儂の前に現れたのは、もう二百年以上も前のことよ」
「二百年!? 終わったのに二百年もあそこで守り続けていたのか!?」
「大いなる存在からの
「それがさっきの、あの場所を守れなくなって
「
そして再び魔物の声音が変わる。
目を向けると、魔物の問いかける視線。
何故だか今度は、親に疑問をぶつける子供のように感じた。
「ところでその……ミトラとかリッシュとやらは、誰だ?」
「ああ、すまん。リッシュさんは俺が一緒に戦っていた人で、俺の恩人さ。他に一緒だった人達も返しきれない恩を受けた。
俺の、本当の意味での兄貴・姉貴達だ」
ここで一瞬恥ずかしさでためらった後、付け加える。
どうせこの魔物しかいないのだ。
照れたところで仕方ない。
「あと、捻くれて歪みかけていた俺を救ってくれた、大事な
俺にとって最高の相手さ」
「ふむ、
「ありがとよ」
嫌味を感じない、素直な称賛。
それ故に俺も素直に礼を返せた。
「……もしかして、ミトラとやらは……あの不意打ちで、貴殿達を巻き込み火球を撃ってきた、あの下卑たエルフの男か?」
「そうだ。俺の……血を分けた弟だ。あんな弟でも、俺は兄として振舞わなければならない……」
「弟……? ふむ」
魔物のその反応に、俺は訝しげに尋ねる。
「なんだ? どうした」
「いや……兄弟の割には、あまり魂が似ておらぬな、と思うてな。時々おるのだ、その身に宿す魂が妙に似つかわしく無い者が」
「弟のミトラは俺とは逆に、生まれながらに莫大な魔力を持っているエルフのエリートだ。そのせいだろう?」
「いや、そういう程度の問題では無い。こう……全くの別人が宿っているような……」
魔物は目を細めた。何かを思い出そうとして。
「そう……そうだ。そういった者達は例外なく異能の力を持って、妙なカリスマを発揮していたな。大抵は異性の仲間を引き連れていた。そうだ、勇者もその
「何だと!?」
それじゃ、ミトラそのものじゃないか!
「落ち着かれよ。儂の元に来た者のうち、その勇者以外は、貴殿の弟のように下卑た者どもばかりであった」
「……」
「そうか、儂の魔法障壁を当たり前のように通り抜けたのは、そのせいか。今となっては、分かったところでどうしようもないが」
俺は魔物のその言葉に、
「らしくないな。あの地を守護することに誇りがあるんだろ? ここがどこの国か分からんが、何とか戻れば守護役を続けられるんじゃないか?」
「何を言っておる、この地は文字通りの別世界ぞ? 元の世界に戻る手立てなぞ有るわけがなかろう」
「どういう……ことだ?」
「どうもこうも無い、言葉通りだ。この地は時間も空間も、次元すらも遠く離れた見知らぬ世界だということだ。そもそも魔素が無かろう?」
その魔物の言葉に、俺は足元がぐにゃりと歪んだ気がした。
「……俺は……俺は、魔法が使えない……」
「魔法が使えなかろうと感じる筈だ。身体に入れる空気に、肌に感じる風に、全てに何かが足りないと。何かが違うと」
「嘘だ……」
だが、心の何処かでは分かっていた。
しかし愚かな俺は、それから目を背けていた。認めるのが恐ろしかった。
たった一人でこの世界に放り出された、孤独な存在になってしまったのだと。
魔物は俺を憐む目で見てきた。
「いずれ分かる事だが、今はまだ受け入れられんか。まあ良い。とりあえずそれは置いておけ。貴殿の目で確かめるが良かろう」
そう俺に告げて、魔物は目を閉じる。
しばらく反応が無いので、話す力もいよいよ尽きてきているのかと思った。
思った時に、再び魔物は口を開く。
「最後に提案がある」
「なんだ」
「先ほど話した貴殿の能力……あれで儂を取り込んでくれぬか。儂が貴殿の最初の下僕になるという事だ」
「いや……そう言われても俺は能力の使い方が分からないんだが……」
「ならば色々と試してみるが良い。失敗しても、儂はどうせこのま死ぬだけだ」
急転直下、えらい事になってしまった。
魔物の身体に手を置いて、一気に途方に暮れてしまった。
悩んでいる俺に、魔物は声を掛ける。
「そういえば、まだ儂の名前を名乗っていなかったな。儂の名は£〇∩⊆〻◎∩≡という」
「何だって!?」
「おおすまぬ、貴殿の世界の言葉では聞き取れぬか」
そう言って、再び魔物は沈黙。
しかしすぐに口を開いた。
「そうよな、この地の言葉に訳すならば、ロングモーン。
その時、俺の手から脳裏に稲妻が走ったような気がした。
この感覚……以前にもどこかで味わった気がする。魔物……いや、ロングモーンの言葉通りなら、生まれ持った能力だからか?
直感的に、主従関係が結ばれた事を理解する。
「おお、どうやらいきなり当たりのようだ。貴殿、察しが良いのか運が良いのか」
そう俺に言うロングモーンの身体が薄れ始めた。
話し相手が消える事に、
「おい!?」
「心配は要らぬ。儂が貴殿と契約を結んだので、下僕が居るべき場に行くだけであろう。ふふふ」
最後にもう一度俺を見つめてロングモーンは語りかける。
「良いか、もう一度言うぞ。貴殿は気付いていなかったようだが、貴殿には力がある。いつか能力の使い方に気付いて、儂に再び会えるのを待っておる」
そう言って片目を閉じ、俺を見るロングモーン。
俺はロングモーンが消える前に、必死に叫んだ。
「待て! 下僕だなんて自分で言うな! 仲間だ……下僕じゃない、俺とお前の関係は仲間だ!!」
「仲間、か。良かろう、貴殿がそう望むのならば。ふふふ……今後ともよろしく、な」
その言葉を俺に語ったのを最後に、姿が消えたロングモーン。
俺は、ヤツに掛けるべき言葉を見つける事が出来ず、その場にただ立ち尽くす。
ロングモーンの身体に止まっていた小鳥が、羽ばたいて青空に飛んで行った。
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