第11話 ─ 輝きの日々 ─…ある男の独白

 そう考えると王都に来てから、腰を本格的に落ち着ける事を決意する迄にかかった時間は、一年だったろうか?二年?


 パンチェッタの事に気持ちの折り合いをつけて、前を向こうとした期間と考えると、それだけの時間がかかったと見るべきか、それだけの時間で立ち直ったと考えるべきか。



「ありがとうね」


 ある日、キャンティさんがそう言った。


 なんとか二人でお金を貯めて、小さな集合住宅の部屋の一つを買い取って引っ越した初日の事だ。

 引っ越しを手伝ってくれたパーティーの皆は、彼女の言葉に何一つ反応せずにそれぞれ休憩している。


 俺達二人は思わず顔を見合わせた。


「お礼を言うのはこちらですよ。昔の事だってそうだし、再会してからこちら、皆さんにお世話になりっぱなしで……」


「本当はね」


 俺の言葉を遮るようにキャンティさんは続ける。やっぱり皆は黙って聞いている。

 嫌な感じではないが、微妙な空気が皆から伝わってくる。

 遮られた事で俺が口を閉じたのを確認し、タイミングを取り直して彼女は言い直した。


「……本当はね、あの日アンタ達に再会した時のアタシ達は、パーティーを解散する為の最期の打ち上げをやってたのよ」


「……え?」


 そんなはずはと思いながら、俺は彼等と行動を共にしてからこちら、あの時のような派手な打ち上げを一度もやってない事に気がついた。


「以前リッシュが言ってたでしょ。金で買える欲しい物はある程度は手に入れたって。

 物欲ってね、馬鹿にする人も多いけど、かなり強力な行動の原動力なの。アタシ達は満たされちゃったのね」


 そんなことがあり得るのか。

 俺はその衝撃に、ただただキャンティさんの話を聞くしか出来なかった。


「そういう意味では、他の上位パーティーは尊敬に値するわ。仕事を続ける動機を持ち続けられるって、それだけで凄いことよ」


 どう答えれば良いのか分からない。彼女も答えを期待して話しているわけではないだろう。


「冒険者を続ける動機が無くなったアタシ達は、パーティーを組む理由も無くなった。誰からともなく、最後は派手に騒いで終わろうってなってね」


「んでお前が帰った後でよう、リッシュが言ったんだよ、『アイツ未だに色々抱え込んでるんだな』ってな。嫁が隣に居るのにちっとも浮かない顔でよう。口には出さなかったが、相変わらずだなぁって思ったよ」


「言ったのはジビエじゃなかったか?」


「そうだっけ?」


 リッシュさんとベッコフさんのそんなやり取りの後、ジビエさんが口を開く。


「……まあつまり皆、お前が気になったんだ。……一緒に酒を飲んでる時に……お前に昔、色々と教えた事を思い出して話して……今のお前の事も気になった」


「で、あとは皆ですぐに話がまとまってな。曲がりなりにも長年一緒にパーティーやってきた仲間だし、本当にすぐだった。

──お前の面倒をもう一度見てやろうぜって、な」


「リッシュさん──」


 俺は言葉に詰まる。彼等には何度この手で「泣かされた」事だろう。

 滲む涙に困って、ふとフェットを見ると、彼女の目にも涙。

 俺が彼女を見ている事に気がつくと、手を伸ばして俺の頭をナデナデし始めた。

 何でだよ。


「君は我々に新たな目的を与えてくれた。君が成長し、幸せな人生を送れるよう見守るのが、今の我々の目的だ。冒険者を続ける動機だ。まぁ、弟くんの“力”の謎も解明しないといけないしね。

 皆が弟くんの味方になるのなら、少しぐらい君の味方になる人間が居たって良いじゃないか」


 そう言ったラディッシュさんの言葉に、今度こそ感極まったフェットが、俺の顔を自分の胸に押し付けて、俺を抱き締める。気持ち良いけど苦しい。


 それを見たベッコフさんが、ふざけてフェットに手を伸ばす。

 彼女は俺を引き離すと、ベッコフさんの手を掻い潜り、彼の顎にパンチをクリーンヒット。彼女は腕全体を捻り込むように打っていた。

 こちらの世界で言うところのコークスクリューパンチというヤツだ。しかもクロスカウンター。


 不意打ちとはいえ、そんなパンチを喰らったベッコフさんは、白目を剥いて倒れて気絶してしまった。


 祝え、全世界の神々よ! フェットチーネ・ペンネリガーテが格闘の才能を目覚めさせた瞬間である!



 俺は、別の意味で彼女に頭が上がらなくなった事を悟った。

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