第99話 ─ 覚えているかい? 少年の日の事を ─…ある男の独白

※この話から名無しの主人公に視点が戻ります。



*****



──じゃあ後は任せたぜ、相棒。


 そう伝えて相棒マロニーは奥に引っこんだ。

 俺は暗い部屋の片隅に、息を潜めて身を隠す。

 もうすぐやって来るはずだ。



 真っ暗な部屋に明かりがともり、ソイツが入ってきた。

 俺の存在に気付かぬまま、ソイツは部屋に無造作に入ると、豪華な机に向かう。

 そして椅子に座ると、ノート型パソコンで何かの作業を始めた。

 画面に女性の裸の写真が多く表示されているのは、この際無視で良いだろう。


 ……最後にこの男を見た時よりも、随分と恰幅が良くなっている。

 そしてそれと同時に、周囲の気配へのアンテナの張り方も人間並に鈍ったか。


 ──ふぅん、コイツがやっぱりだったのか。だけど何というか、随分とテメエとは……覚悟というか、心構えみたいなのが弱いな、相棒。


 俺はそう語りかける相棒マロニーに答えず、物陰からそっとこの男の背後に忍び寄る。

 男は気付かない。物音を立てないようにしているとはいえ、ここまで近づいても気が付かないとは。

 俺は右手を振り上げる。男は気付かない。

 右手を勢いよく振り下ろす。男は最後まで俺に気付かぬまま、右の手刀を後頭部に受けて昏倒した。



*****



「やあ、お目覚めかい? 久し振りだな」


 男に水をぶっ掛けて起こすと、俺は開口一番にそう言った。

 気絶している間に、俺の手で椅子に縛り付けられた男は、怒りもあらわに怒鳴る。


「誰だ貴様! この儂を誰だか知っての事だろうな!?」


 ……やはり、か。

 この男の頭からは、俺の存在は消え去っているらしい。

 俺はわざとらし過ぎるほど慇懃無礼いんぎんぶれいに、男に答える。この男が、ノート型パソコンを眺めていた机に腰掛けながら。


「もちろん、貴方様がこの街の支配者であると、百も承知で行ったことでございますよ」


 芝居じみた仕草で肩をすくめ、俺は続けた。


「ああ、それと屋敷の周囲の警備は既に、機械も人も、全て無力化してあるのでご心配無く」


 男は……この街のボスは、それを聞いて顔色が変わる。顔がサッと青ざめ、先程までの余裕がなくなった。

 予想された事とはいえ、俺を忘れている事に寂しさを覚えながら、俺はポータブルディスクプレイヤーを取り出す。


 あのアイラとアマレットが切り刻まれた動画をボスに見せる。

 ある場面で一時停止すると、画面の一点をボスに示す。


「これ、アンタだよな?」


 一瞬ボスがひるんだが、すぐに傲岸な態度を取り戻す。

 不敵に笑って俺に言った。


「それがどうした。別に個人の自由だろう。儂を罪に問えるならやってみろ。お前のような、どこの馬の骨とも分からん奴が出来るならな」


「……らしいですよ、奥さん。こんな乱痴気騒ぎに嬉々として参加しておいて、あまつさえ開き直るなんて。見苦しいと思いませんか?」


「なに!?」


 部屋の隅には、ボスを襲う前に既に拘束していた妻が、同じように椅子に縛られて猿轡さるぐつわをかまされていた。

 まぁ、俺がやったんだけどな。


 妻は怒りに満ちた目で、夫の残虐な遊びをとがめていた。いや、夫が他の女と遊んでいた裏切りへの怒りが強いか。

 しかしまぁ、随分と口調を変えているな、この男。

 昔を知っているだけに違和感が半端無い。


「貴様、こんな真似をして何が目的だ!?」


 ボスがそう俺に問うてくる。

 まだ気が付かないか、寂しいものだ。

 俺はまた肩を竦めてボスに告げる。


「貴様……ね。さっきから随分とつれ無いじゃないか。それに、口調も昔と無理に変えてて似合わないぜ、


「何だと!!」


 そして妻の猿轡も外し、彼女にも俺は告白する。


「そういえば、アンタも俺を覚えて無かったよな? 


「貴方、いったい誰よ! 私達の息子はミトラだけよ!!」


 俺は深くため息をつく。

 俺の苦悩と苦闘の果てが、この扱いか。

 あれだけ母の機嫌を取り、家事をこなし、ミトラの世話も一手に引き受け。

 父親の都合に振り回され、都合の良い使い走りとしか扱われず。

 自分の面倒を押し付ける存在としてしか、彼等から見てもらえず。

 そして


「儂は人間「あんたが耳隠しの魔法かけてるぐらい、俺が知らないとでも?」


「な、なぜそれを……」


「俺も同じ魔法かけてんだよ。んでビッグママにも確認取った。彼女、かなり昔にあんた等二人が居た事を覚えていたよ」


「儂は……」


「『儂』より『私』の方が合ってると思うけどな、父さん。昔みたいに。

 この街丸ごと生贄に捧げて呼び出す力で、一体何をしようとしてたんだかな。母さんまで犠牲にしてさ」


「な……お前そこまで! い、いやそんな事は貴様には関係無い! いいからさっさと儂の縄を解いて──」


 ズドン!!


 ボスの──俺の父親の太腿に穴が空き、血が滲み出す。うめく父親。

 俺は、銃口から硝煙ただようマロニーの拳銃をチラつかせて、父親を黙らせる。


「誰に向かってモノ言ってんだ? 俺を知らないってんなら、俺達は赤の他人だ。俺がてめえに敬意を示す必要もねェだろう」


 母親の方を見る。

 今の銃撃で、母はすっかり恐怖に怯えてしまっていた。

 俺は銃口を父親に向けながら、続けて話す。


「ま、この魔法陣で力つけてテメエが何しようとしてたかは、正直興味がねェ。もう魔法陣は、俺が召喚主として書き換えたからな」


「な……儂の魔法陣を、『嵐をもたらす者』を貴様!!」


 もう一発、反対の足に銃を撃ち込む。

 父親は……この街のボスはうめき声しか出さなくなった。


「『魂を喰らう原初の混沌』、『嵐を齎らす者』か。せいぜいミトラ抹殺に有効利用させてもらうさ」


 そう言ったあと俺は、小さく「ロングモーン、頼む」と呟く。

 バチリと突然この部屋の中に紫電が走り、この街のボスを襲う。

 ボスは気絶した。要はロングモーンにスタンガン代わりになって貰ったのだ。



 母は一連の光景を見て、すっかり血の気が引いてしまっていた。

 ブルブルと身体を震わせ、首も左右に振っている。

 俺が母に向き直ると、母は言い訳じみた命乞いを始めた。


「あ……ああ貴方が誰だか思い出したわ。私の息子……み、ミトラの兄弟だったわよね!? お兄ちゃんのミトラが面倒見ていた……」


 本当に覚えていないのか、この女も。

 召使いのようにお前の世話をした俺を。

 不機嫌な時に感情のサンドバッグにして、延々となじり続けた相手のこの俺を。

 実質的にお前を食わせ続けたこの俺を!


「本当に思い出したのなら、俺の名前を言ってみろよ、母さん」


「も、勿論よ、貴方は自慢の息子だったわ、タンドリー」


「誰だよその名前」


「ひ……! ご、ごめんなさいケバブだったわね」


「違うな」


「あ、あ……。ぴ、ピラフだったかしら? パエリア? ボンゴーレ?」


「全部違う」


「マッシュ……マッシュ・ルーム? カルボナーラ! モンブラン!? カルヴァドス! ポトフ!! ナムル!! マティーニ!! アラビアータ!!!! キリタンポ……」


 バチッ!!


 母が……いや、この街のボスの、形だけの妻が気絶した。

 ロングモーンが俺に告げる。


“もうこれ以上、貴殿の心を自ら傷つけるな。すまぬが儂の判断でやらせて貰ったぞ”


「……ありがとうロングモーン」


“気にするな”


──大丈夫だ。俺様も今のオメエの気持ちが分かるぜ相棒。


「ははは。あんたも有り難う。救われるよ、相棒マロニー


 

 俺は親からも見捨てられた汚れた男ダーティーエルフ

 ならば、関わりの無い他人の彼等を、生贄に捧げる事など何とも思わない。


 さて、あとはもう一人。



*****



「あ……アンタはマロニー? なぜアンタが私の家なんかに居てるの!?」


 トスッ!


 俺はシャーロットの言葉が終わらぬうちに、ナイフを投げる。

 ナイフは狙い違わずシャーロットの胸に吸い込まれて突き立った。


「ひ……!」


「そのナイフは今、お前の心臓近くの大動脈弓を傷つけた。下手にナイフを抜いたり、逃げようと走ったりしたら、血管が破れて出血多量で死ぬぞ」


「た、助けて……」


──ははは、良い顔だな。この顔見れただけで俺様は満足だ。


 そう相棒マロニーが伝えてくる。

 この顔をカリラやアマローネ、マルゴに見せてやりたかったな。

 そう思いながら俺はシャーロットにも、ロングモーンの雷をスタンガン代わりに浴びせて気絶させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る