第100話 ─ 震えるな瞳凝らせよ復讐の時 ─…ある男の独白

 時は来た。


 魔法陣と召喚の儀式の存在を知ってからすぐに、最も適した日がやって来るというのは、都合が良すぎて逆に嫌な感じがする。

 だが迷う時はもう過ぎ去っている。

 今はもう、そうした思考はすみに追いやって進んでいくしかない。


 夜が明けたというのに薄暗い。

 天空の太陽は暗く欠け始め、周囲に光のリングを形成していく。

 街中に、この世界に来て以来感じた事もないぐらいの濃さの魔素が立ち込めている。

 あのコリーヴレッカンの時よりも、更に濃い魔素の量。


 俺はロングモーンを呼び出した。

 この世界に来て、初めて出来た仲間。

 陰日向かげひなたに俺を見守ってくれた、頼れる相棒。

 そして最初の契約以来、その姿を現世に顕現させる事が叶わなかった相棒。

 今の魔素の量なら、俺でもロングモーンを完全に召喚しきる事が出来る。


「来い、ロングモーン」


 “応”



 ホテルのロビーになる予定だった廃ビルの大広間の床に、輝く巨大なサークルが現れ、そのふちの光が激しく明滅。

 光の中に、見上げるばかりの巨体……実際に見上げなければいけない巨体が出現する。

 それでも片膝をついた状態だった、その巨大な物体が立ち上がる。

 その大きさは、この吹き抜けのロビーの天井に頭がぶつからんばかりだった。

 俺は巨体に向かって声をかける。


「久し振り……と、言うべきなのかな。ようやく完全に呼び出せたよ、ロングモーン」


「ふふふ。我が主、我が友である貴殿の求めに応じ、推参した。名はロングモーン。今後ともよろしく……な」


 ロングモーンは、口の片側を器用に持ち上げて不敵に笑った。

 それを見て、俺もつられて笑う。


「ははは。お前の冗談なんか、初めて聞いたよ。もちろん、こちらこそよろしく頼むよ」



*****



「さて、始めるとするか」


 気持ちを入れ替えて、改めて気を引き締める。

 しかしロングモーンが俺に問うてくる。

 だがこれは、答えは分かり切っている確認作業というやつだ。


「本当に良いのか?」


「もう悩むべき時も迷うべき時も過ぎ去った。あとは腹を決めるだけさ」


 もう腹は決まっているけどな。

 ロングモーンは腕を組むとビルの入り口に顔を向け、言った。


「左様か……」


 俺も続ける。

 自分の思いと決意を固める為に。


「復讐したって誰も戻ってこない。そんな事は分かっている。復讐したって皆が喜ばない。分かってる、分かってるさ」


 だがそれを聞いても、ロングモーンは俺をとがめる事なく、さとすでもなく言う。

 俺の心の奥底までも見通したかのように。


「例え間違った道であろうとも、一度通らねば先へは進めぬ時もある」


 今まで幾度となく力を貸してもらい、またピンチを救ってくれた相棒。

 俺は心からの謝罪を込めて言った。


「俺と契約してから初めての、そして久しぶりの完全実体化が、こんな汚れ仕事ですまないな」


 だがロングモーンは目を閉じるだけで、特に感情も込めずに返した。

 己の闘志を固めるかのように。


わしは貴殿の仲間である以上に、貴殿の下僕だ。今だけは貴殿の手足として扱うがよい」


「すまない」


「気に病む事は無い。数多あまたの犠牲を払い辿り着いた貴殿の悲願、今こそ果たされよ」


「ああ」


「……貴殿の行く末にさちあらん事を」


「お前にも武運を。ロングモーン」


 俺はロングモーンに背を向けると、地下の元礼拝堂に向かった。




──あのコリーヴレッカンって奴の他にも隠し球を持ってやがったか。


「コリーヴレッカンを知ってるのか、マロニー?」


──以前、俺様の夢の中に現れた。夢の内容は忘れちまったけど。でもなんか、オメエを心配してる感じだった覚えがあるな。


「コリーヴレッカン……結局、上手く使ってやる事が出来なかったな。すまない」


 コリーヴレッカンは何も応えない。

 これから俺が行う事を思えば、それも当然か。

 だが今さら仕方が無い事だ。

 もう引き返せない。


 羅睺……完全なる皆既日食まで、やるべき事を行わねば。



*****



 ゴッソリと、自分の中の生命力が削られたのを実感する。

 目の前の『里親』……親に捨てられ、生贄にされた子供や赤子が入っていた水槽は、今はもう空っぽだ。

 『彼等』は案山子かかしの姿の使い魔に変わって、俺の生命力を削って行ってしまった。

 彼等を見捨てた者達を求めて。

 自分を見捨てた者を求めるのは、果たして恨みからか、それとも親の愛情を求める本能故か。

 街中は今ごろ大混乱の地獄絵図だろう。


 俺は振り返ると、改めて三人に訊ねる。

 答えは分かり切っているが、確認作業というやつだ。


「止めるなら今のうちだぜ」


「何故?」


「今さら愚問ね」


「ここまで来たら止めても無意味よ」


 カリラ、マルゴ、アマローネがそれぞれ俺に返答を返す。

 俺の手には、既に血塗られたミトラの剣。


 持ち主のミトラは目の前に転がっている。

 先程ロングモーンに敗れたミトラを、縛ってここへ持ってきた。

 そしてミトラの退魔剣を血で染めあげた『原材料』は、もう血塗ちまみれになって床に転がっている。

 あばよ、見知らぬ何処どこかの俺の両親。


「この二人をってだいぶ感覚が分かった。恐らくあんた達を苦しませずに、息の根を止める事が出来ると思う」


 そう皆に伝えた俺に、三人が逆にたむけの言葉をくれた。


「ミトラの吠え面を、あの世で楽しみにしておくわ」


「アイラちゃんも、忘れずに解放してあげてね」


「ミトラのせいで、ずっと足踏みさせられてたアンタの人生が、やっと先に進められるんでしょ、もっと嬉しそうな顔をしなさいよ」


 俺は天を振り仰いで目を閉じ、短い礼の言葉を告げるので精一杯だった。


「すまない皆。俺は貴女達の犠牲を無駄にはしない」


 アマローネが最後に俺に答えた。


「女は新たな生命ライフを生み出す存在。私達の生命ライフで貴方の人生ライフを生み出す。それだけよ」



*****



「父なる神は偉大なり。アイラ・モルト。神の名の元に我が呼び掛けに応え、でよ現世に」


 俺の呼びかけに、炎でかたどられた人型が現れる。

 縛られたミトラは倒れたまま、身動きひとつしない。


「アイラ・モルト。父なる神の愛は無限なり。悔い改めるならば、苦しみに満ちたその状況から解放される。さあ安らぎに顔を向けよ。手を伸ばせ。あるべきことわりに戻るんだ」


 その言葉と共に、アイラは薄れて消えてゆく。

 最後に、俺に頭を下げてくれたように思えたのは、俺の傲慢だろうか。


──きっとオメエに感謝してたんだよ。間違い無い。この俺様が保証する。


「有り難う、マロニー。俺の都合で巻き込んじまったのに」


──礼を言うのは、全てが終わった後にしな。まだ最後の仕上げが残ってるんだろ。


「そうだな」


 俺は転がっているミトラを見下ろす。

 さっきのロングモーンの一撃で絶命してくれていたら、ある意味楽だったのだが。


 そしていつか、ミトラに殴られて地面に転がされ、腹を蹴られた記憶がよみがえる。

 俺はその時のお返しとばかりに、ミトラの背中を思い切り蹴飛ばした。


──は! ザマァ見やがれ!!


 相棒マロニーが快哉の言葉をあげる。

 そしてミトラが俺に蹴られてうめく。

 俺は残念な気持ちと、やはりという思考がない混ぜになりながら、ミトラに言った。

 コイツを思い切り蹴飛ばせた事には、笑みが浮かんだが。



「なんだ、やっぱりまだ生きてたのか」




 まあ生きているのは想定内だ。

 ある意味好都合だ。

 お前が俺にやってきた事を、そっくり返して後悔させてやる。


 そしてお前の魂そのものを消し去ってやる!



*****



 かくして物語は第一話へと繋がる……。

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