第97話 ─ 馬鹿にしないでよアンタのせいよ ─…ある男の独白

 カリラが呆然と立っていた。


 彼女の目の前には、倒壊した建物の群れ。

 そしてカリラが見ている場所は、彼女とその弟が暮らしていた場所。


 病弱だった弟は見当たらない。

 彼が自力で動けたとは思えない。

……そういう事だ。


 そしてそれを行った犯人である、巨大な魔物の死骸。そしてミトラとシャーロット。

 俺様は、カリラにかけるべき言葉が見つからずに現場に立っている。


 原因はシャーロット主導で、ミトラと下町で行っていた魔法陣の暴走らしい。

 はっきりとは分からないが、「戦力の補充」がどうとか言っていたようだ。

 周囲の避難出来た人々から聞いた断片情報を総合すると、そういう事みたいだな。

 何しろ話を聞きつけて、俺様がここへ来た時には既にこの状態だったからだ。


“戦力の補充……。“騎士団”がこないだ実質壊滅したからな。あの時失った、こいつ等の手足となる戦力を何とかしたかったのか。シャーロットの浅知恵で”


 ミトラはシャーロットの後ろで、偉そうに腕組みをして控えている。

 シャーロットは保安官シェリフに事情を説明している。自分達に都合の良い事情を。


 保安官シェリフもこの街のボス子飼だ。

 一応、ボスの女の一人であるシャーロットの言い分。下町に住んでる連中よりも、シャーロットの話が聞き入れられる事になるのだろう。

 この街に一人しかいない保安官シェリフは、面倒臭そうな顔で事情聴取をしている。あの顔ではシャーロットからだけ聞いて終わりだな。


 住処を追われた人々も呆然としている。

 俺様は彼等にも、カリラにもかけるべき言葉が見つからないまま、その場を離れた。



*****



 アパートの自室で横になり、うとうととしていた俺様の耳に声が聞こえた。

 相棒のものとは違う聞こえかた。人間が発するものとは思えない、複数の人間がコーラスしているかのような響き。


“私の声が聞こえまするか。聞こえているなら、返事をお願いしまする”


 俺様は夢うつつながらその声に答える。

 相棒はまだ目を覚ましていないようだ。


──誰だ。俺様を呼ぶのは。


“私はコリーヴレッカンと申す者。主殿あるじどのに付き従う下僕のひとつ”


──あの「ベニオトメ」って剣以外にも隠し球があったのか、相棒の奴。


 俺様はぼんやりとした頭でそう考える。

 コリーヴレッカンと名乗ったその声は、俺様に訴えるような声音で語りかけてくる。


“少し前まで我等の声は、主殿にすぐに届いておりました。しかし貴方様をその身に受け入れてから、我等の声が届きにくくなりました”


──ふん、悪かったな。俺様みたいな生まれの悪い奴が間に入っちまってよ。


“貴方様の責任ではございませぬ。本来我等は、現界せぬ時は主殿としか意思疎通できぬようになっております故”


──まあ良い。それでなんだ用件は。


“主殿をお願いしたいのです”


 おそらく声の主は、相棒の行動を懸念しているのだろう。

 もっと言えば、あの漆黒の狂気を。

 俺様は声の主に返す。


──復讐は何も生まないなんて寝言は受け付けねぇぜ。相棒の場合は、


“ロングモーン殿も紅乙女殿も、似た事を言っておりまするな。私も、そこはもう諦めておりまする”


──じゃあ何だよ。


“主殿の復讐行が、なるべく人の道に外れたものにならぬようお願い出来ませぬか”


──弟殺しの時点で大罪だ。


“貴方様の目から見て、越えてはいけない一線というものが、必ず来るはずでする。その時はどうか、どうか……”



*****



 部屋をノックする音で俺様は目を覚ました。


 何かとても重要な事柄が夢に出ていた気がするが、思い出せない。

 だがそれも、ノックの音に対応しなくてはいけない、という意識にすぐに忘れ去った。



 ドアの向こうに居たのはカリラだった。

 泣きそうな顔をしていたが、顔を上げたその目の奥には、怖いモノが宿っている。




「ペットボトルのコーヒーしか無ェけど、構わねえよな?」


 カリラを部屋に招き入れ、椅子に座らせると、俺様は彼女にそう言う。

 カリラはそれに答えず、ただポツリと独り言ちた。


「シャーロットお嬢様に解雇されたわ。弟が居なくなったのなら、もう私が雇う意味も無いわねって」


 俺様は思わず動きを止めた。

 しかしすぐに、ペットボトルからコーヒーをグラスに移し、彼女の前に置く。

 カリラはグラスに手をつける事なく、虚ろにそれを見つめる。

 何故かその姿に、相棒の狂気と重なるものを感じた。


「何か言うヒマさえ無かったわ。ミトラも居たから、アイツに力尽くであの家から追い出された。私が、あの家以外に働ける場所なんて無い事を知っているくせに……!」


 そう言って唇を噛むカリラの、膝に置かれた手が握り締められる。

 カリラは悔しそうに口を歪めたまま、歯を剥き出した。俺様が一瞬ギョッとするほど大きく開けられた口。獣のような印象を与える、食いしばられた歯。


「悔しい……。何をされても私たち底辺はやり返せない。どんな酷い事をしたって、シャーロットやミトラが天罰を受ける気配も無い。……ううん、あの二人だけじゃない。この街に住んでる連中、みんなみんな……」


「落ち着け。仕返しするにしたって、頭に血が上ってたら失敗しかしねェぞ」


 俺様がそう言うと口をつぐむカリラ。

 しばらく身じろぎ一つしなかったが、やがておずおずとコーヒーに手を出して、一気に飲み干した。


 苦難は人を育てる。あの言葉は正確ではないな。

 成功した者の過去の苦闘が、結果的に認められているだけだ。

 でなければ、俺様やカリラの……少なくとも、病弱な弟を仕事しながら世話していた彼女の苦労が、何故むくわれないのか。


「そういえば荷物は?」


 黙って首を横に振るカリラ。


「家……は無くなったんだったか。寝ぐらのあては?」


 黙って首を横に振るカリラ。


「はぁ、とりあえず今日はここに泊まったら良いから、明日またゆっくり考えようぜ」


「ありがとうマロニー……」


 そう言うと、ようやく気持ちが少し落ち着いたのか、机の上に置いてあった本に気がつくカリラ。

 相棒が時間を見つけて、ちょこちょこ読んでたが、俺様にはさっぱり分からない。


「これは……」


 だがカリラはそう言って、そのうちの一冊を手に取り、熱心に読み始めた。

 俺様は訝しげにカリラに尋ねる。


「お前、文字が読めねぇはずだろ? なんでそれが読めてるんだよ」


「私の母親が黒魔術の本を持ってたの。英語は駄目だけど、これだけは読めるわ」


 そうか。カリラの義母はヴードゥーの巫女シャーマンだったか。

 だが黒魔術まで勉強しているとは思わなかった。


「これ……この図形。シャーロットの家で見たわ。確かシャーロットの組織の拠点の配置地図だった」


「何だって!?」



*****



「……つまりは、ボスはこの街を丸ごと召喚の魔法陣にしているって事か!?」


「恐らく」


「で、この街の人間全てを生贄にして、ボスは何か強大な力を手に入れようとしている、と」


「でしょうね」


 カリラの説明を聞いた俺様は、途方に暮れた。

 阻止するか、この街のボスを? このチンケなマロニーが?

 だが流石は相棒だった。

 すぐに俺様と入れ替わると、カリラにこの企みを潰すための説明を始めた。


「魔法陣を乱してやれば、効果は無くなる筈だ。この本に書いてある通りなら、まずは……」


「待って」


 カリラは話を断ち切って相棒に言った。


「貴方マロニーじゃあないわね。誰なの?」


 相棒は慌てた様子も無くカリラに返した。


「マロニーの魂を喰らってマロニーに成り代わらせて貰っている。マロニーは俺の中で生きてるけどな」


 そして本に再び目を落とすと、付け加えてカリラに言う。


「俺は……通りすがりのダーティーエルフさ。また今度、機会が有ればそっちの名前も教えるよ」


「この街の誰かを狙ってるの?」


 相棒は驚いて目を見張り、カリラを見た。

 俺様も驚いた。


「ねえ。だったらこの生贄にソイツを捧げちゃったら? 魔法陣の召喚主を貴方に書き換えるの」


「それは良いアイデアだ……と、いま一瞬思ったが、駄目だな。ミトラの悪運の強さは異常だ。きっとすり抜けて生き残る」


 相棒は肩を竦めて続ける。


「それにミトラは『転生者』らしい。単に殺しただけなら、転生して追いかけて来る可能性が高い」


 カリラも少し驚いたが、すぐに納得した表情になる。


「貴方、ミトラを狙っていたの、ふぅん。つまり、転生を阻止した上で殺したい……という事か。魂を消しちゃえば良いのかしらね」


 そこまで言うと、カリラは目にドス黒い輝きを宿らせながら、本の記述のとある箇所を指し示した。

 そしてこちらを睨み殺すように見つめて続ける。


「この召喚した物でミトラを殺しちゃえば? ほら、ここに『魂を喰らう原初の混沌』って書いてる」


「……!! いや、だが中心部でさらに六人……いや七人生贄を……召喚主が喪失感を感じるような人を生贄に捧げないといけないと……」


「私がなるわ。生贄」


「はぁ!?」


「もう私は明日から生きるアテが無いもの。それにもう弟も居ない。そんな私の命で、この街の人間にひと泡吹かせられるんなら、本望だわ」


「いや、しかし……」


 さすがに迷いを見せる相棒。

 俺様も、ここまで狼狽うろたえる相棒を見たのは初めてだ。付き合いはまだ短いけれどもな。

 だけれども、ここで駄目押しの言葉が部屋に飛び込んできた。


「話は聞かせて貰ったわ。その話、私達も乗らせてもらう」



 声のした方へ顔を向けると、部屋の玄関にマルゴとアマローネの二人が立っていた。

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