最終話 ─ Talk & Walk & Drive ─…ある男の独白

「おっはようございま〜〜〜す!」


「おはようございます」


「今日もいい天気ですね! ご飯が美味しかったです!」


「今日の天気は雨ですよー。私としては、羊羹ようかんやお煎餅せんべいのほうが好きなんやけど、降ってくれませんね」


 今日も二人は朝の会話を始めた。

 それはいつものように、いつもの挨拶。


「むむむ。なかなか返しが手強くなってきましたね、フェットチーネさ……笛藤ふえとうさん!」


「ギャグがウケんかったら、関西では人権が無いなんて言われたんで、必死です」


「おっと、関西じゃ関西弁を話さないと白い目で見られるんだった……。ほなら笛藤さん、ウチは仕事行ってきまっさー!」


「いや、そこまでコテコテにすると逆に不自然ちゃいますかね。ギャグにこだわるだけに」


「ぬおおお! なかなか厳しいツッコミ。でもそのダジャレはイマイチですな!」


「うぐ……。お笑いの道は厳しい……。もっとM-1や落語を見て研究せえへんと……」


「おっと、そろそろ本当に行かないと。んじゃまた!」


「はい、気ぃつけて行ってくださいね。私もそろそろ仕事行きますわ」


 そして玄関に戻って俺の様子を見るフェット。

 右手だけで靴をくのも随分とスムーズになったつもりだが、やはり時間がかかってるんだな。


「ショウ、もう準備できた?」


「ああ、待たせてごめん」


「マスクすると左目しか見えへんのが寂しいわね。しゃあないけど」


 そう俺の顔を見ながらひとちるフェット。

 だけど彼女の口元にも白いマスクがつけられている。

 俺は溜め息をつきながらフェットに返した。


「そうだなあ、本当に一気にこんな大変な世の中になるとは思わんかった」


「ウィルスにもミトラみたいなチート持ちが居たりして」


「シャレにならねえ。勘弁してくれ」


「ごめんごめん。じゃあ行きましょうか」


 そうして、二人連れだって駐車場まで歩く。

 近所の顔見知りになった人からも挨拶あいさつがかけられる。

 そのたびにこちらも挨拶を返す。

 それが俺達が孤独でない事を実感させてくれる。


 駐車場にはすでに、ブランがワゴン車の前でスタンバイしていた。

 俺達に気が付くと挨拶代わりに手を上げる。

 こちらも二人とも軽く手を上げた。


「おっはよー! 二人とも今日も仲がよろしいですなあ」


「おはよう。なんかオッサン臭いなブラン」


「おはようございますブランさん。同人誌の進捗しんちょくはどないですか?」


「二人とも朝からキッツイな~。本はとりあえず順調に遅れとるわ」


「「あかんやん」」


「うお! 息ピッタリ! まあ病気が流行ったせいもあるしな。それと学校の勉強もやっとかなあかんし」


「ああ、そんなら仕方無いですね。勉強も友達作りも頑張ってや」


「了解、気合入れるわフェットチーネさん」


 ブランは、俺が倒れている間に、夜間の外国人向けの学校に通い始めていた。

 金にガメついように見えて、実は物凄く面倒見が良いんだよな、ビッグママは。

 学校でブランの人生に役に立てる事を身に付けて欲しいのは俺の欲目よくめか。

 今のところ彼女は楽しそうに学校に行っている。

 病気が流行はやってから、しばらく休校になってるけどな。

 でもとりあえず俺達は、今はそれで充分だとするべきなのだろう。


 俺達三人はワゴン車に乗り込む。

 俺が一番後ろ、フェットが真ん中。

 運転は、今でもブランが受け持ってくれている。

 フェットが運転をするブランを見てつぶやいた。


「私も運転免許取っとかんとなぁ」


「俺も一応運転できるぜ。無免許だけど」


「「危ないから却下きゃっか」」


 フェットとブランの二人は即行否定。

 一番後ろの席で俺は体育座りで泣いた。




「朝はひんやりするけど、昼間はずいぶんと暑くなりましたよね」


 フェットのとなりに座っている紅乙女が、ふとそうもらす。

 俺もその紅乙女のセリフに同意の言葉。


「そうだなあ、折角拾った命だ。風邪ひかないように気をつけないとな」


「クラムちゃんなら、仕事柄そういう健康とかの知識にくわしいで」


 ブランが運転しながら話す。

 それでつい思い出してぼやく俺。


「出勤時間が違うからまだ良いけど、職場が隣同士ってのも複雑な気分だな」


「この病気が収まったら、頑張って借金返していきましょ」


「本当に苦労かけてゴメンなあ、フェット」


「“私にも背負わせて”って、これもふくめて言ったのよ。もう気にしないで」


 そんな俺達のやり取りをバックミラーで見てブランが笑う。


「フェットチーネさん相変わらず男前やでェ。マロニーもフェットチーネさんには頭が上がらへんな。……おっと、今はショウやったっけ」


「呼びやすいほうでええよ、ブラン。ママから裏の仕事を受けるときは、マロニーで行くことにしたから」


「やっぱそれってさ、ミトラを自分の手で仕留められんかったんが影響しとる?」


「うん? いや、ミトラは関係ねえよ。あいつを……俺の都合で巻き込んだ相棒マロニーを、せめて名前ぐらいは宣揚せんようしてやらないと……とな」


「そっか……」


 それっきり言葉が途切れるブラン。

 憎まれ口を叩いてばかりだったが、ブランが気にしていたのは相棒マロニーのほうだった。

 ブランを大事に思っていた気持ちも、俺より相棒のほうが強かったから、なのもあるのだろう。

 

──裏の世界でお前の名前をとどろかせてやるよ、相棒。それが今の俺に出来る、精一杯のお前への恩返しだ。


 そう考えながら、俺は車窓の外を流れる景色を見た。




「フェット、買っておくんはこのメモの奴だけで良いんだな?」


「そそ。抑えられる経費は抑えんとね」


「了解。買い終わったらまた連絡するよ」


「うん、忘れんとよろしくね」


 例の浮気調査を頼んできためた不倫エルフの、旦那がやっていた飲食店。

 浮気されていたとはいえ、自分の家内が死んだのはやはりショックだったのだろう。

 店をたたむと言い出したので、ビッグママが俺達に引き継ぎを命じたのだ。

 裏の仕事以外に定職があるのは大事だと。


 “騎士団”の裏仕事に関わってきたので、それは痛いほど理解できる。

 エヴァンとアイラの事を思い出すが、心の奥に収納。ミトラはもう死んだのだから。

 そして現在に意識を切り替える。

 そう、これはむしろ思いもよらぬ幸運だ、と。

 フェット達が店舗へ向かったのを見届けた俺は、誰が聞くともなしに独り言ちる。


「まずはお好み焼きとたこ焼きか。久々に料理研究のしがいがありそうだ」


 俺達の店舗の隣に整骨院を構えたクラムにも、また昼に試食してもらおう。

 俺は、業務用の食材を扱うスーパーへ入って、材料を物色し始めた。

 ああ、そういえば飴も残り少なかったな。

 フェットが好きな飴は、あずき味だっけ。




 ミトラを自分の手で仕留める事が出来なかった……か。

 今のこの人生を考えたら、そんな事は本当に些細ささいな事だ。


 リッシュさん達やエヴァン・アイラとも違うが、気心の知れた仲間。

 俺をおとしいれる事ばかりを考えてくるミトラが居ない生活。

 そして信頼と愛情を俺に向けてくれるフェット。

 俺がフェットに信頼と愛情を与えられる安心感。

 俺はマスクの下で無意識に微笑む。

 悪い気分じゃなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る