第40話 ─ マスト・ビー・ア・フォーリンエンジェル ─…ある男の独白

「リーダーっていっつもその棒付きキャンディーくわえてるよな」


「美味いからな。……俺の元いた世界じゃ甘味料って貴重だったんだよ。甘味をずっと味わってられる飴がこんなに安く手に入るなんて、良い世界だ」


「あ〜そうですねぇ。リーダーの世界ほどじゃないですけど、私の世界でも甘味料って贅沢品扱いでしたね。蜂蜜酒を飲みたいから冒険者になるって人もいたみたいですし」


「うええ!? この三人の中で、俺ッチがもしかして一番恵まれた生まれだったりする?」


「この世界に生まれたって意味では、恵まれてるかもな。そうも言ってられない境遇の人も多いのも知ってるが」


「エヴァンさんはブラジルの貧民街ファベーラ出身でしたっけ?」


「ああ、色んなギャング共が入り乱れて、クソの吹き溜まりみたいな所だったよ。それなのに、二人の話を聞いてると随分マシな暮らしだったように思えてくるな」


 そう言い合いながら、俺達はターゲットが潜むポイントに向かう。



 今回ベイゼルから受けた“仕事”は、とあるアーミッシュの村に出没するという悪魔の討伐。なのだが……。

 まあそれは後回しだ。まずは悪魔だ。


「弾は通常弾だが二十発確保できた。アイラ、君が十二発、俺が五発、エヴァンが三発。それで良いな?」


「残り八発リーダーが持ちなよ。俺は鉄砲玉だからな」


「自分を卑下するな。お前に三発預けるだけの銃撃への信頼はあるってことだ。三人共がなるべく最低限度には柔軟に対応できるようにしておいた方がいい」



 魔物が現れるのは、村外れの納屋。その納屋は森との境目にある、用水池のほとりに建っている。


 銃器の使用の許可に関しては、アーミッシュの村の人々がかなり話し合ったようだ。

 結果、一応聖職者集団である“騎士団”への信頼性と神の祝福が与えられているから、という理由で、今回のみ特別に例外と見なされる事になった。


 近・現代的な文明を排除しがちなアーミッシュの人々にしては大きな決断だ。


 俺達三人は三方に散って、納屋の周囲に結界用の護符を配置していく。専用ナイフの投擲よりも、こちらの方が広範囲に強力な結界を安定して張れるのが利点だ。


 俺は護符を貼りながら、村から借りてきたロープに細工をしておく。

 石をロープの両端に括り付けたヤツだ。

 懐かしくもおぞましい記憶とトラウマが甦りかけるが、必死に頭の隅へ追いやる。


 フェットやこいつ等に、あの時の思い出を話しておいて良かった。

 あれで随分と気持ちに整理がついたからな。


 俺は仕上げた石縄を輪っかに束ねて、その輪っかに右手を入れ、肩に担いだ。



 そうして結界を張った後、目線でお互いに確認して、納屋へ近づく。念のために、お互い五メートルほど離れて横に広がりつつ。


「一応、アーミッシュへの配慮で銃の使用は控える方向だ。……という建前だが、いつも通りに行こう。銃を使わずに死んだら、本末転倒だ。本命が後に控えているしな」


 そう俺が低く小さく呟くと、二人から了解の視線。


 と、納屋の中から誰かが出てくる。

 見た感じ、年の頃は十七、八ぐらいのブルネットの髪の少女だ。

 なかなか綺麗な顔立ちをしているように俺は感じたが、どうだろうか。

 アーミッシュの地味な服装でなければ、他人が放っておかないだろうな。


 しかしその印象も、その両手が真っ黒な翼に変化するまでだった。


 彼女が翼に変化した両腕を上にあげると、彼女を中心に小さな竜巻が発生した。

 地面の土や草が巻き上がり、背後の納屋も音を立てて壁が剥がれ、周囲をぐるぐる回り始める。

 気がつくと、それら巻き上がった物が彼女にくっついていくのが分かった。


 やがて巻き上がった物を材料に、ひと回りもふた回りも大きくなった彼女のシルエット。

 見ると、背中に四枚、腕の二枚と合わせて六枚の黒き翼を持つ異形に変わった。


 全体的に円錐状の形の上に不気味な人の仮面を付けた頭部が上に載っている。

 以前に何かの本で見た、鉄の処女アイアンメイデンに翼が六枚生えたような姿だ。

 変身前の少女とは逆に不細工な見た目になってしまったぞ。


 と、その仮面の口が人形のようにパクリと開き、口の前にテニスボールほどの大きさの火球が発生。

 そしておもむろにその火球を俺達に飛ばしてくる。

 俺達が散開して火球を避けると、落ちた地面から火柱が一瞬立ち昇った。

 黒く焼け焦げた、火球が落ちた地面。


 攻撃をしたブサイクな鉄の処女は、けたたましい叫び声をあげると、高速で上空に飛び上がる。

 結界のお陰でさほどの高さを飛べる訳ではないようだが、厄介な相手には違いはない。

 俺達の頭の上を、うろうろと飛び回っていた。


 悪い冗談だ。

 見た目は不細工な熾天使セラフなのに、攻撃はヒステリックな妖鳥ハルピュイアかよ。

……ハルピュイアは魅了の歌声だったかな?


 その堕天使な熾天使モドキは、上空から次々と小さな火球を俺達に撃ってきた。

 撃つ、というよりは落とす、といった速度だ。俺達は危なげなく躱していく。


 そのうち、火球が俺達に当たらないと向こうも気がついたようだ。

 空飛ぶ鉄の処女が高速で降下してきたかと思うと、地表近くで向きを変え、地面に並行に俺達に突っ込んで体当たりを仕掛けてきた。


 火球の攻撃よりも遥かに剣呑な突撃に、俺達の顔色も少々変わる。


 というか、翼があるクセに鳥類の飛び方じゃねえよ! 何なの? あの底面からロケット噴射してそうなジェット機みたいな動きは!


そういうツッコミ……もとい、思考のノイズを俺は頭の隅に一旦追いやる。


「アイラ! エヴァン!」


 そう言って俺は自分の右肩を指差す。

 二人とも俺を一瞥した後、退魔銃を手にして散開した。


 基本だ。まずは相手の機動力を奪う。

 動きはジェット機でも、翼は二枚広げているんだ。

 翼の片側を集中的に潰せば、動きに影響が出るだろう。


 まずはエヴァンが牽制の一発を発砲。

 堕天使はヒョイと避ける。


 俺はその避ける動きを予想しながら退魔銃を構えると、おもむろに更に発砲。

 いつものように、相手の動きの先に弾丸を置いておくように。

 そして弾は狙いたがわず、不細工熾天使セラフの右肩にヒット。


 だが駄目だ。やはり通常弾では大してダメージを与えられない。


 しかし今度はアイラが銃を三連射。

 しかも銃口の向きを一発ずつ変更しながらだ。

 彼女の撃った弾は、俺の弾が当たった傷口に正確に飛び込んでいった。三発全て。


 さすがに堕天使悪魔は吹き飛ばされ、悲鳴をあげながら錐揉みして墜落。

 俺達は銃を構えながら、ゆっくりと半円に取り囲んで近づく。


 だがやはりダメージを積み重ねても、通常弾は通常弾か。

 ヤツはむくりと起き上がった。


 しかし身体の前面を覆っていた翼の右側がダラリと垂れている。

 一応ダメージは通っていたか。

 動き回っていて確認が出来なかったが、どうやら滑空に使っていた翼ではなかったようだ。


 そういえば熾天使は、翼のうちの二枚で身体の前面を覆っているものだとも、本には書いてあったな。


 と、黒い翼の鉄の処女アイアンメイデンは、二枚残っている右側の背後の翼の一枚を前に回して身体を隠した。


……いやちょっと待て。

 なんか翼での隠し方が、妙じゃないか?

 そう、ちょうど裸の女性が胸と股間を腕で隠すような……。

 そう俺が思った時、堕天使悪魔は左の翼の一枚を顔の頬に当てて、少し左横を向いた。

 心なしか顔が赤くなっている気がする。


 …………。


「アホかー!! オマエそれもしかして裸で戦ってた扱いなの!? だったら空飛んだら下から丸見えじゃねーか!! バカなの!? 死ぬの!?」


 思わず全力でツッコミを入れる俺。

 堕天使悪魔は、右側のもう一枚の翼も顔に当て、真っ赤な顔で俯いてしまった。

 何とも言えない空気で悪魔を見つめる、俺達三人。


 しかしそれも一瞬だった。

 真っ先に動いたのはエヴァン。

 アイツは怒りの形相で悪魔に襲いかかった。


「そのナリで恥ずかしがっても、何にも可愛くないんじゃあああぁぁぁ!!」


 そう絶叫しながら手に嵌めた退魔サックで、思い切り堕天使の横腹を殴りつける。


 よくぞ言ったエヴァン・ウィリアムス!!


 そして背後に回り込んでいたアイラが四連射を二回。ヤツの右胸に風穴が二つ空いた。

 右の背中の、残り二枚の翼の根元を狙ったものだな。

 心なしか表情が怖かった気がする。

 うん、たぶん気のせいだ。


 そして俺は、例の石縄を堕天使熾天使セラフに投げつけた。

 ヤツが顔と身体を翼で覆ってくれて丁度良かった。石縄はヤツの翼ごと身体に絡まり巻き付き、拘束する。

 お騒がせな鋼鉄の処女は再び地面に倒れ臥し、エヴァンがすかさず自前の退魔剣で悪魔の右胸を貫き、地面に縫い付けた。


 俺は自分の退魔剣で示指を傷つけると、聖水を取り出す。

 今回は聖水に己の血を混ぜながら、魔法陣を描いていく。

 これで取り憑いた悪魔だけが送還される筈。

 ベイゼルから聞いた情報が正しければ。

 魔法陣に混ざった血液が、人の魂と強く結び付き現世に引き止めるのだとか。


 アイラが取り出し準備していたスマホを起動させ、俺が魔法陣を描き終えると同時に呪文を再生。エヴァンも慌てて離れた。


 魔法陣の内部が白い光に包まれる。

 光が消えると、ブルネットの少女が倒れていた。直ぐにアイラが近づき、脈を取る。

 彼女はこちらに目を向け、軽く頷く。


 やれやれだ。


 今回の“仕事”の絶対条件である、村長の娘の生還。無事に終われたか。

 ベイゼルに受けた“仕事”の本命も、これでいくらかマシに行けるだろう。


 俺は気絶した村長の娘を背負った。


「あ、何してるんですかリーダー。そんなのエヴァンさんに任せたら良いじゃないですか」


「なんだアイラ、羨ましいのか? だったら君がエヴァンに背負って貰ったら良い」


「ええーっ!? いきなり何を言いだすんですかリーダー!」


 と言いながら、エヴァンをチラリと見るアイラ。すぐに真っ赤な顔になって否定する。


「だ、駄目ですよ。私ケガもしてないし疲れてもないし」


「と言うことは、ケガをしたり疲れていたりしたら、エヴァンの背中におぶって貰うのも満更ではない、ということだな」


「おおアイラ姫。卑しき騎士たるワタクシめに、御身の馬になる栄誉をお与えください」


「もう! ふざけないでください!」


 うーん、アイラもエヴァンに脈がない訳ではないんだけど。

 当のエヴァンが、肝心なところでヘタれるからなぁ。


 などと考えながら、俺達は村長の家に向かっていった。



 村長の家に集まっているであろう、このアーミッシュの村に潜伏している彼等に思いを馳せながら。

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