第39話 ─ 本気トークメン ─…ある男の独白

「どうしたバフ、今日は一人か?」


「最近、二人一緒にこの店に来ると、お嬢様が怪しむんだ。今日はとりあえず俺だけさ」


 そう言いながら、俺たちはカウンターの上にお互いの持ち物を置くと、お互いにそれを相手に押しやる。


 俺は数枚の書き込みがされたメモ用紙。

 向こうは小さな箱。


 俺はチラッと箱を開けて、中の弾丸の数を確認すると相手に言う。


「半分でいい。今回の“仕事”はこれに見合うだけの情報を取れなかったからな」


 そして俺は、ウイスキーの入ったグラスに口を付ける。


 二人一緒だと怪しまれる、か。

──別方面の怪しみでない事を祈ろう。主に一部の女性が好きそうな方面での……な。


 ヤツは……バフ・アロートレースは俺に尋ねる。


「そいつはいつものヤツか?」


「ああ」


「んじゃマスター、俺もコイツと同じのをダブルで」


「相変わらず強いな」


「オマエが弱すぎるんだ」


 すぐに突き出される、グラスに入った琥珀色の液体。


 思えば、お互い同じバーボンの銘柄を好んで飲んでることが分かったのが切っ掛けで、コイツとの関係が出来たんだっけ。

 向こうもそれに口をつけて、ひと口飲み込むと俺に言った。


「情報料はそのままで構わないぜ。お嬢様とマトモにやり合ってるのはお前ぐらいだ。いつも内心では楽しく見させて貰っている。そのお礼とでも思ってたら良いさ」


「だったら殴るのは勘弁して欲しいけどな」


「その慰謝料も込みだ」


「了解。じゃあマスター、こっちの筋肉ダルマの酒は俺が払うよ」


「ひでえ言い草だ」


「んじゃマッチョダンディー」


「この前のゴリラよりかはマシか。それで良いぜ」


「良いのかよ」


「つーかな、オマエとこうして話してると楽しいんだよ。……いや、楽しいとはちょっと違うか」


 グラスを軽く振りながらウイスキーの香りを楽しんでいた俺は、訝しげにヤツを見た。


「オマエと話していると……当たり前だと思っていた大事なことに気付かせてくれる……うん、そうだなそういう事だ」


「訳分かんねぇ」


「学校の教師に教え込まされたクソ面白くもねえ屁理屈が、オマエが言うとやたら重く響くんだよ」


「なんだよそれ? 俺は愛の重たいヤンデレ女扱いか」


「抜かせ。事あるごとに『俺はこの世界が大好きだ、愛してる!』とか大真面目に語っているヤツが言っても説得力がねェ」


「悪かったな」


「悪くねえ。悪くねえから、なおさら性質タチが悪いぜ」


 ヤツはニヤリと笑って俺のメモ用紙を懐に入れる。

 俺も弾丸の入った箱をポケットにしまう。


基本的人権ヒューマンライツとか法の下の平等とか、当たり前過ぎて斜に構えてバカにしがちなんだけどな。

 気がつかないだけで、それを満喫しきって生きているんだよなぁ」


 そう言うと、照れ隠しのようにヤツはウイスキーをもうひと口。


「オマエが言ってるみたいに、流行りやまいで人間が町や村単位で全滅することなんて滅多にねェし、生まれながらに皆平等だって考えが、タテマエだけでもあるって大事だと思えたよ。

 そうだよな、訳分からない理由で一方的に殺される、なんて想像もしなかった。

 ま、だからと言って声高にそれを叫ぶ連中は好きになれねェけど。胡散臭いし」


「いつの世でも、どこの世界でも、善人づらして決まりを悪用する奴らは居るさ。でも俺の世界のそういった連中に比べたら、随分と法に縛られていると思うぜ。

 それに、それでもなんとか理想を目指して進もうとする、この世界の人たちが俺は好きだ。魔力無しでも差別されないからだけじゃない」


「ははは。それだよ、俺が言ってるのは。俺がオマエを気に入ってるのは」


「ちぇっ、うるせえよ」


 俺も照れ隠しに顔をしかめて、ウイスキーを口に含む。今晩はカラメルの香りを強く感じるな。

 俺がこの世界に来て、ウイスキーが一番いとおしいかもしれない。


「それだけにせねェな。オマエはどちらかと言うと男女平等寄りの考え方っぽいのに、何でお嬢様と折り合いが悪いんだ?」


 俺は再びグラスを口元で揺らしながら、目を閉じて考える振りをする。

 その実、ウイスキーの香りを身体に入れてるだけなのは内緒だ。


 そして俺はボソリと、大して面白くもない事を言うかのようにヤツに呟いた。実際、大して面白くもない事だ。


「……母親と……弟を思い出すからだよ」


「ああ、前に言ってた例の毒親の……って弟!?」


「ん? 言ってなかったか?」


「弟がいたことは初耳だ」


「チームメイトには言った覚えがあるから、そこから他の人間にも言ったつもりになっていたんだな。うん、弟が俺にはいた。その弟が原因で俺はこの世界に飛ばされたんだ」


「マジかよ」


「元の世界に俺が未練が無い理由は、どちらかと言うと弟の存在がでかい。母親四、弟が六ぐらいかな」


 敢えて未練を言うなら、村のあの恩人の爺さんか。

 まだ生きてるかな。大丈夫かな。


「以外と微妙な割合だな」


「んじゃ七・三で」


「それはそれで適当だな」


「酔っ払いのタワゴトで流せよ。まあタワゴトついでに言うと、弟は、俺とは逆に馬鹿みたいに膨大な魔力を持っていた。村の老害共は、エルフ史上最高の魔力って言ってたな」


「そりゃまた極端な」


「だけど、それはまだ良いんだ。母親が、そのエリートを約束されたような弟を溺愛したのも、今考えたらギリギリまあ良いかで済ませられそうだ」


「済ませていいのかよ」


「ギリギリだって言っただろ。そんな事言われたら、また済ませられなくなりそうだ」


「悪い悪い、んで?」


「弟には妙な能力が……いや、能力って言って良いのかどうか……。とにかく、何でも弟に都合よく物事が進むんだよ」


 アイツの事を思い出すと、本当に頭が痛くなってくる。

 頭痛を紛らわせる為にウイスキーを更に飲んだが、ますます痛みが酷くなった気がした。


「これは向こうの世界で実際にあった事だ。街中で肩がぶつかったからってムカついた相手を弟がブチ殺したら、悪ガキが窓ガラスを割った仕方無いなみたいなノリで流された。相手は何の非もない一般人だ」


「悪さしても何故か『そういうキャラだから』で流されるヤツがいるけど、それの強烈版か」


「上手いこと言うな、まさしくソレだ。

 何もせずにゴロゴロしてても『アイツはやる時にはやるタイプだ』、商人の仕入れを山賊まがいに襲っても『元気が有り余ってて頼もしい』、他人の女を寝取りまくっても『情熱的で男らしい』、その女を遊んで捨てても『尻軽女には当然の報い』、参加もしてない大会に乱入して、不意打ちで優勝者を倒しても『頭脳的戦い方だ』で優勝を横取りする……」


「オマエ、相当弟に不満が溜まってんな。つーか、話を聞いた限りじゃ本当に下らない三下のゴロツキみたいだぜ」


「全くだ。チームメイトも同じことを言ってたよ。んで向こうの世界でも『そういうキャラ』で流さなかった人は、みんな口を揃えて言ってた。『パッと見は凄そうだけど、よく見たら大したことない』って」


「ははは。見るべき人は見てたんだな」


「その人達、弟の騙し討ちでみんな殺されたけどな。その騙し討ちで俺もやられて、この世界に飛ばされ今ここにいる」


「いきなり重いな」


「悪い、ちょっと調子に乗り過ぎた」


「ふーん、以外と共通点が多いような少ないような……。まぁ確かにお嬢様は『シャーロットお嬢様のやる事だから』ってなる事が多いか」


「あー、言われてみれば確かに引っかかるポイントはそこだ」


「ふー。見てるこっちは楽しいから良いけど、もうちょい上手く付き合えよ。まあお嬢様の方からちょっかい掛けてるのが多いのも分かってるけど」


「そうなんだよ。こっちは距離を取ってるのに嬢ちゃんの方から……あ、もう一つ共通点。俺が距離取っても、弟の方から色々と手出ししてきてたわ」


「分かった分かった、お嬢様を何とか抑える事を、もう少し頑張ってみる。

 しかし何だ。天敵同士みたいなお嬢様のあしらい方が堂に入ってるのは、弟で慣れてるからなんだな」


「苦難が人を鍛える……あんまり嬉しくないな」


 そう言いながら俺は立ち上がった。


「帰るのか?」


「うん。たぶんアイツ等二人が、俺の事を心配してジリジリしてるだろうからな」


「……オマエ、良い兄貴だな」


 鳩が豆鉄砲を食らうってのはこういう時を言うのだろうか? 俺はほうけたようにヤツを見た。

 ヤツは続ける。


「あの二人の良い兄貴分になる為だって考えたとしたら、今までのお前の経験も無駄じゃなかったって思うぜ、俺は」


 それを聞いて、俺は思わず苦笑いしながら頭を掻くと、財布から多めに金を出した。

 フェット……君が今の言葉を聞いたら、どんな反応するかな? 酒がまわった今の俺にはちょっと分からないけど。


「……ちぇっ。マスター、後からこのマッチョダンディーの相棒が来る筈だ。この金でそいつにも一杯奢ってやってくれ」


 そう言って俺は店を出た。


 そうそう、店に来る前に寄ったベイゼルとの話を、あの二人にも伝えとかないとな。

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