第38話 ─ 危険な部下と危うい上司 ─…ある男の独白

「命令に応じて出頭いたしました、シャーロット支部統括代理代行」


 そう彼女に告げて、彼女の豪華なオフィスデスクの前に立つ。

 他の幹部よりも豪華な部屋だ。

 豪華な絨毯、豪華な本棚、豪華な装飾がほどこされているパソコン。


 ただし、本棚の本には触った形跡がないし、パソコンだって使われた形跡がない。

 デスクの書類のの上には、スマホが適当に投げ出されているけどな。

 何に使われているか、本当に仕事に使っているか、は知らんし興味もない。


 二、三回ほど入室した時に、彼女が自撮りしてる最中だった事があった。

 それを知ってるだけだ。


 彼女の両脇にはガタイの良い男が二人立っていて、こちらを睨みつけている。

 相変わらずエヴァンよりも大きいな。


 二人ともまあまあ整った顔の作りをしている。

 真ん中に座っているお嬢ちゃま──心の中で思う分には問題あるまい。内心の自由万歳──が好みそうな見た目の男、という事だ。


 向こうは俺の声が聞こえているのかいないのか、顔を上げずに書類とにらめっこをしている。

 次に俺を無視したまま、何かの書類を探している、という動作を行い始めた。


 やがて、そこら辺に置いてある紙の束を適当に手に取り、豪華な革張りのオフィスチェアーを回転させてこちらに背を向けた。

 紙束をめくって、書類をチェックしている。

 傍目はためには、仕事に夢中で俺にまだ気付いてない、という風に見えるのだろう。


 だが、それは演技なんだろう? 分かってるんだ。

 あんたエルフの長耳を舐めてるだろ。

 あんたの動きの違いぐらい動作音で判る。演技の動きと真剣な動きの違いぐらいはな。

 そもそも、今まで同じようなやりとりを何度繰り返したと思っているんだ。懲りない奴め。


 野生動物ほどじゃないが、並の人間では太刀打ち出来ないぐらいの聴力が俺達エルフにはあるんだ。

 元の世界で、エルフに優秀な斥候が多いって言われる要因のひとつだからな。

 まあ俺は、さすがにキャンティさんには斥候の実力では勝てなかったけど。


 毎度のことなので、俺は呆れながら黙って立ち尽くす。

  “仕事”から帰ってきて直接ここへ来たからな。

 最初は噛み殺していたが、すぐに馬鹿馬鹿しくなって、遠慮なく大口開けて欠伸をする。


 その欠伸の声が聞こえて、シャーロットの肩がピクリと動く。


「上司の前で、随分と不謹慎な態度だこと」


「呼びつけた部下を無視して、放置する上司も大概だと思いま〜す」


 彼女からビキッという擬音が聞こえそうなぐらい、彼女の肩がいきり立った。

 嬢ちゃん、俺を呼びつけるたびに何度似たようなやり取りをしたと思ってるんだ、そろそろ学習しろよ。

……ん? さっきも似たような事を考えたな。


 そしてようやくシャーロット嬢ちゃ……支部統括代理代行が、椅子を回してこちらに向き直った。予想通りの不機嫌づらだ。


「……っ! さ……さてそれでは、なぜ私に今回呼び出されたか貴方は分かっているのですか? 分からなければ、胸に手を置いて思い返してみなさい!」


 あーまたコレですかぁ。コレに最初、真面目に考えて答えていた過去の自分すげえ。

 偉いぞ、自分。


「ん〜? じゃあ今から並べる理由のうち当てはまるヤツ選んで下さい。

代理代行が『自分が許可を下ろした』って事実が欲しい事を察せず許可なく“仕事”に行った。代理代行の望む“仕事”の結果を察せず望み通りの結果にしなかった。代理代行が仕事立て込んでるのを察せず許可を取ろうとした。代理代行が予想外に時間空いたのを察せず許可を取りに行かなかった。代理代行がお茶会してる時に、ふと俺が代理代行に従順なのを示したいと考えた事を察せず、その場にただちに現れなかった。代理代行が……」


「黙りなさい! 上司に向かって何たる態度!」


 いや、あんた俺の直属の上司でも何でもねーし。

 というか、あんた“騎士団”の業務に直接関わってねーし。

 そもそもあんたの肩書き、看板だけだし。


「え〜? 代理代行が、呼び出された理由を考えて話せって言ったから、色々と理由を必死に考え出したのにぃ」


 組織のみんなは、もう知ってるんだぜ。

 “騎士団”のトップであるアンタのママにねだって、無理矢理幹部ポストを作って貰ったってな。


「何ですか、その言葉使いは!? それが女性レディに対する態度ですか! 男のクセに!」


 でもその肩書きに見合った中身がアンタに無いから何の意味も無い事に気付いて焦る。

 まぁそこまでは良いんだよ。立場がヒトを作るって側面も世の中あるらしいからな。


「あれ〜? 普段代理代行は、男女は平等だ、だから女のクセにとか女だからとかいう考えはおかしいって言ってたのに。

何で女のクセにはダメで男のクセには大丈夫なんですかぁ?」


 だけど嬢ちゃんはダメだった。足りないモノを謙虚に勉強して、人に頭を下げて……とやっていたら、中身もそのうち伴っただろうに。


「屁理屈ばかり言うな! 貴方みたいに汚らわしい男が女性を見下して利用することばかりするから、いつまでたっても女性は苦しんで……!」


「……じゃあ実際に街中に行って、苦しんでる弱い立場の女の人を助けてきたら良い。

 不当に搾取されてる貧乏人、夫にDVされている妻・子供、望まぬ妊娠で中絶出来ずに途方に暮れている少女……。

 だがな、アンタがいつもやってるみたいに、お茶会で男の悪口言ってるだけでは、何も変わらないからな」


「お茶会は伝統ある貴族の交流の場よ! それを馬鹿にするなんて、やはり何処の馬の骨ともつかぬ生まれの者ね!」


 だけど彼女がとったやり方は……パワハラ。


 肩書きをカサにきて威張りちらす、怒鳴り散らす。

 “騎士団”内の様々なことに首を突っ込み口を挟みたがり、見当違いの意見を言い出しては、無理矢理従わせようとする。

 そして今まさに俺が味わっているように、全く関係ない者を呼びつけてから圧迫面接まがいの事を行う。


「伝統……伝統ね。でも女は男を立てるべしとか女は男に黙って付き従えとか女は政治に口出しするなとかも、その伝統的な考えじゃないのか?」


「そうやって捻くれた考えで女性を煙に巻いて! 卑怯者! “騎士団”に所属している者として正々堂々と人に恥じない生き方をするべきよ!」


 そして何より最悪なのが、都合が悪くなると責任を取ろうともせず逃げ回る事だ。

 そんな無責任してるから、いつまで経っても中身空っぽの人望無しなんだよ。


 女だからじゃない、アンタだから駄目なんだ。

 女だから不利とか嘆く前に、ちったぁママを見習いな。


 そもそも、いま俺と彼女が言い合っていた事でも、男女平等の価値観なのか男が女を守る伝統的価値観なのか、どちらなのかハッキリしろよ。


 この国は思想の自由が保証されてるんだ。

 俺がこの世界を愛している理由の一つだ。


 自分の信念を貫き通すなら……いや、そこまでいかなくとも、少なくとも自分の言動に責任を取ろうとしていくなら、価値観は別に構わない。

 だがな……思想の自由を言い訳の手段、逃げの手段にするな。概念を生み出したヤツが草葉の陰で泣いてんぞ。

 自分に都合の良い考え方のつまみ食いばかりしてんじゃねえ。


 まぁ結局アンタの考えをまとめると、だ。

 義務も責任も果たさずに、一方的に優位な立場で都合良くチヤホヤされ続けたい、お姫様思考としか言いようがない。


 そこに、後ろに控えているイケメン大男が話を本筋に戻した。

 有能だね、キミ。きっと出世するよ。


「お嬢さ……代理代行、そろそろ本題に戻りませんと……」


「……すみません、お見苦しい所をお見せしましたね。それでは、何処の馬の骨ともつかぬ生まれの者との話は脱線しそうなので、結論を私が特別に話して差し上げます」


 あーあ、男女平等論者・差別反対論者を自称している者の言葉とは思えないね。


「このたび、EU某国の組織を私に断りもなく壊滅させ、情報を取れたかもしれない組織のボスを殺してしまった。“騎士団”に有益な情報を得られた機会を失ったのです」


 やっぱり俺が羅列した理由の、最初の方のヤツに当てはまっているじゃねえか。


「そういうのはベイゼルに言げはっ!?」


 二人の取り巻きが俺のそばまで来て、一人は俺を羽交い締めにしもう一人は俺の腹を殴ったのだ。


「しかも“騎士団”から与えられた以外の銃器も、持ち出していたとのこと」


「アンタが……俺達のチームへの物資を止めさせているから、必要にせまられての事だ」


「……歯を食いしばれ」


 取り巻き男にそう言われて、咄嗟に顎に力を入れて歯を食いしばった。

 頬にヤツの拳が叩き込まれる。


「私は、貴方達の行為は“騎士団”に不利益を生じさせたと判断します。よって、貴方達のチームへは、聖別弾だけでなく通常弾も補充を制限させて頂きます」


 俺は取り巻き男に殴られ続けている。


「その分、物資は有益なチームに回して有効に使ってもらうようにしますので」


 有益なチーム……アンタの息がかかった仲良しチームへ、な。


 ご大層なセリフだったが、要は自分の仲良しイエスマンを贔屓したいだけじゃねえか。

 有益なチームというが、本当に『“騎士団”にとって』有益なチームなのかどうかは怪しいモンだぜ。


 しかしまぁ、初めてアイラに出会った時に言われた通り、投げやりなのは良くないな。

 あの時のシャーロットへの態度の悪さが、今も根に持たれて関係の悪さに繋がっているんだから。


 そして殴られ続けてグッタリした俺を、羽交い締めにしていた男が無理矢理立たせる。

 殴っていた男も、シャーロット嬢ちゃんをチラリと見て手を止めた。


「本日の要件は以上です。退室してよろしい」


「……失礼……します」



 廊下に出た俺は、しばらく歩いて彼女の部屋から離れる。

 そしてその後、羽交い締めにしていた男が、こっそりと俺のポケットに入れていた紙切れを取り出した。


 紙切れには、いつもの様に時間の指定と店の指定。


 俺は紙切れを再びポケットに突っ込むと、頭を軽く掻きながらアイラとエヴァンの元へ向かう。

 ああ、ベイゼルの所へも顔を出しとこうか。


 指定の時間にはまだまだ余裕があるし、ゆっくり他の用事を済ませておこう。

 そういえば、指定された店に行くのも久しぶりだ。

 あそこの店で飲みたい酒は、バーボンぐらいしか無かったかもしれないけどな。



 あの二人が器用に加減してくれたお陰で、見た目の割にダメージが少ない俺は、鼻歌混じりに歩いていった。

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