第91話 ─ バーボンストリートの月 ─…ある男の独白

※しばらく別人物の視点で物語が進行します。

 名無しの主人公は次回から再登場です。



*****



 この世に神は居ない。

 少なくとも俺様には居ない。

 居たとしても、生まれる前から俺様を見放しているんだろうな。


 人間の幸せは見た目で決まる。

 中身が大事なんて寝言を言う奴は、決まって見た目が人並み以上の人間だ。

 そんな舐めた事を言う奴は、一度俺様と同じ見た目になるがいい。

 こんな背が低い、顔も人並みより遥かに出来が悪い、この俺様の姿に。


 しいたげられた弱者を救おうと抜かす連中なんかは、一番性質たちの悪い敵だ。

 何故って? 俺様がその“弱者”に入れてもらった試しが無いからさ。

 黙って目を逸らして見ない振り。嫌悪を隠したつもりで愛想笑い。

 その後に消毒液や香水を振り直すのを、俺様が気がつかないと思っているのか。


 俺様が連中に力を貸す──まぁ主に連中の望むデモへの参加とか、署名にサインとかだな──のは良いが、俺様が困って助けを求めても知らんぷりの門前払い。

 うんざりだ。糞食らえ。


 

 神は全ての行いを見ている。“人間”はそう言う。

 中身が大事なんて寝言を言う奴は、決まって見た目が人並み以上の人間だ。

 良い行いはいつか分かって貰える。

 そんな舐めた事を言う奴は、一度俺様と同じ見た目になるがいい。


 子供の頃からそうだった。

 落ちた財布を持ち主に届けたら、いつ盗んだんだと持ち主に殴られる。警察に届けたって、同じ事を言われてブタ箱に放り込まれるだけ。

 子供同士で遊んでいたって、親が友達を俺様から引き離し、母親だって醜い俺を邪険に扱う。

 犯罪が起これば真っ先に俺様が疑われ、見た目が普通の“人間”と一緒にいただけで、痛くも無い腹をさぐられた。


 神は全ての行いを見ている。“人間”はそう言う。

 だが神など居ない。

 少なくとも俺様には居ない。

 もし本当に神など居るのなら、俺様は神に“人間”とは見なしてもらってないのだろう。



 だから俺様は、俺様が人より上に立つには、情報で優位に立つしか無かった。

 逃げ足の速さを磨くしか無かった。プライドを捨てるしか無かった。

 逆説的だが、プライドを捨てる事が出来るのが、俺様の唯一のプライドだ。

 この街でプライドを捨てて掻き集めている情報の数々が、俺様のプライドの源泉だ。



*****



 今日もこの街の『裏』をぶらつき、俺様は噂に耳を立てる。

 いつの頃からか、この街は妙な団体に密かに支配されていた。

 フェミニスト系っぽい団体と、怪しげな邪神だか悪魔だかを崇める宗教団体だ。

 そしてその二つは更に、一人の男に支配されている。


 この俺様の力を持ってしても、どこの奴かは掴めない男……そして女。

 そう、奴等は夫婦なのだ。


 だがまぁ形だけだ。

 男はほとんど屋敷には寄り付かない。

 月に一度か二度帰るだけ。屋敷にいるのは女だけ。

 そして男の俺様から見ても美しいその見た目で、男は二つの団体のトップの女を手懐けている。他にも、それなりに地位のある女は軒並み全て手懐けている。

 ……人間の幸せは見た目で決まる。


 女は、美しいモノしか愛さない。例えそれが我が子だったとしても。

 「お前なんて産まなきゃ良かった」「役立たず」「邪魔」「ゴミ」。見た目が良ければ許される些細な失敗も、俺様に投げかけられる言葉はそんなモノばかり。


 フェミニストっぽい連中が、弱者救済を叫び始めた時はちょっぴり期待したよ、さすがに。

 だけど奴等のお眼鏡に叶う“弱者”以外は追い払われた。

 主に、俺様を含めた見栄えの悪い連中が、な。

 結局、俺様はこの街の底辺のまま。ただ上に新たな階層カーストが現れ加わっただけ。


 女に近づけば、女と目が合えば、女は男を呼び寄せ醜い俺様を襲わせる。

 だから俺様は、ひっそりと隠れて聞き耳を立てる。


 女には秘密が付き物だ。だからその秘密という情報を手に入れる。

 だから女と会う時は秘密をチラつかせながらでないと会わない。会えない。

 でもこの街の主な女の抱える秘密で、知らない事は俺様には無い。

 だからこの街の大抵の女と、俺様は顔を突き合わせる事が出来る。秘密を武器に。


 憎しみと嫌悪を奥に宿らせながら、俺様と会わざるを得ない女達の姿は痛快だ。

 何かチャンスが有れば、すぐに逆襲しようとしてくるけどな。

 秘密をネタに金を都合してもらう行為が、お気に召さないらしい。

 何度もいろんな奴に追い回されたよ。


 最低な行為だ?

 なぜ憎しみと見下ししか寄越さない相手に遠慮しなくちゃならん。……ああ、差別って言うんだっけ、これは。

 秘密を握る必要の無い普通の女達にも、道端の石ころのように扱われるのを、差別と言わずして何と言うのか。

 醜い者は存在すら認められないのか。



 そうしてひとしきり“巡回”を終え、夜のとばりが降りて月が昇る頃、行きつけの酒場に俺様は顔を出す。

 金さえ払えば客として、人間として扱って貰える酒場に。



*****



 店に入ると、俺様はカウンターの奥にいる南米系の顔立ちの女に声を掛ける。


「ご機嫌よう、うるわしのアマローネ。今晩もイカしてるな」


 メキシコメヒコから流れてきたとの噂の女店主、アマローネに挨拶。コイツには義姉がいたが、コイツが店を持って自立した辺りで街を出て行った。

 便りが無いのは良い便り。義姉はどっかの組織に拾われて、よろしくやってるらしい。

 元は二人とも孤児だったのに、うまく成り上がった方だろう。

 そういえば、この街で俺様を普通に扱ってくれたのは、アマローネとその義姉だけだった気がする。

 まあ今は、金の有無で扱いが変わるがな。

 金が無ければ、虫けら扱いで門前払いだ。


 アマローネが俺様に返事を返す。

 いつもの挨拶とは少し違った返事。


「あら、いらっしゃい。……久し振りに来てるわよ、アイツが」


「アイツ?」


 その俺様の疑問に返答する事なく、アマローネは自分の耳をトントンと叩いた。

 俺様はしばし眉をひそめて思案。だがすぐに思い出す。


「……ああ、ヤツか」


「いつもの席で、いつもの安ビール飲んでるわ」


「じゃあ今日は俺もビールで良いや。折角のバーボンが不味くなる」


「同情するわ」


 そう言いながら、アマローネがビールをジョッキに入れて俺様に渡してくれる。

 今この街で、彼女にだけは虚勢を張らなくて済む。

 俺様はジョッキを片手に、その酒場の片隅のヤツの指定席に向かった。


「久し振りだな、。何処で油を売ってたんだよ?」


 テーブルの上に乗せられている、奴のジョッキ。

 その他に、自分の足もテーブルに乗せている男に、俺様は声を掛けた。

 ヤツは……このイケ好かない下卑た男、ミトラは相変わらず不遜な態度で返事をする。


「よお、相変わらずの調子で情報収集ゴミ拾いしてるみてえだな。ゴミムシくんよう」


 以前と変わらず、俺様の名前をまともに呼ぶつもりは無いようだ。

 真面目に相手をしていても自分が馬鹿を見るだけなので、俺様はさっさと自分のジョッキを空けた。

 コイツ相手に素面しらふでいるのは疲れるだけだ。


「変な耳してるテメエなんぞに、ゴミムシ呼ばわりされる覚えはえな、ミトラ」


 その瞬間、ミトラはジョッキを俺様の顔に投げつけてきた。

 慌てて避けると、その間に立ち上がったミトラに頭の髪の毛を掴まれた。後ろで床に落ちたジョッキの割れる音。

 そしてミトラはテーブルに、掴んだ俺様の頭を思い切り叩き付けた。

 テーブルに顔面から叩き付けられ、鼻の骨が折れて血が鼻から噴き出す俺様。

 そのまま上から、俺様の頭をグリグリと押さえつけながらミトラは言った。苛立たしげに。


「あぁ!? 舐めた口聞いてんじゃねェぞゴミムシ! いつからこの俺にそんな事を言える立場になったんだ、殺すぞ!!」


 後ろで、最近雇われたウェイトレスが、ジョッキの破片を片付ける音が聞こえる。

 ミトラは髪を引っ張り俺様の顔を上げさせると、怒りを隠そうともせずに唸るように言った。


「いいか? “主人公”の俺が上、ゴミムシのオメーが下だ。思い上がってるんじゃねェぞ!」


 相変わらず、よく分からない事をわめくミトラ。

 それから思い出したように、下卑た笑みを浮かべてミトラは俺様に言った。


「そうそう、これからまた俺は、この街で暮らすことになった。以前みたいに、オメーをコキ使ってやるからな。有り難く思えよ。ヒャハハハハ!」



 俺様の頭を掴みながら、そう馬鹿笑いをするミトラ。

 その俺様の視界の端で、新入りのウェイトレスがミトラを憎々しげに睨みつけていた。

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