第69話 ─ 答えが欲しい訳じゃない、二度と会えないなら ─…ある男の独白

前話を飛ばした人の為のまとめ

・ミトラからの動画の入ったディスクを確認したよ

・アイラが酷い事をされて廃人になった動画が入っていたよ

・それを見た主人公達はブチ切れて、ミトラとその仲間への復讐を誓ったよ



*****



 あの後ほぼ一ヶ月かけて、“”を消しながら俺達はロスに来ていた。

 何故ならステイツの西海岸は左派的勢力が強いと言われているから、味方を作り易いのではないかとベイゼルが判断したからだ。

 そもそもが“騎士団”そのものが左派的思想と親和性の高い団体だったし、俺もベイゼルも男女平等や人権意識に好ましい気持ちを持っていた。

 西へ動いたのは自然な事だったのかもしれない。

 ただ不思議な事に、俺達が一番恐れていた、指名手配されて俺達の顔写真が合衆国ステイツ中に出回るという事はなかった。


 とりあえず俺達は、コリーヴレッカンの件で関わったミズ・エライジャ・クレイグ。その彼女から貰った名刺に、ロスの住所が記載されていたのもあって、この街にやって来たのだ。


 その記載されていた住所に来たのだが、本当にここで合っているのだろうか?

 小さな雑居ビルだが、使われている形跡が無い。まぁ政府の工作員用のペーパーカンパニーなのかもしれないが。


「……なぁリーダー、なんか嫌な感じじゃねえか? 大丈夫かよ」


 エヴァンはビルを眺めて、そう俺に話す。

 俺は改めてビルを見た。黄昏たそがれ時に灯りのつかないビルは、確かに少々不気味だ。

 それなのに中に人が居る気配がある。

 罠……なんだろうな。

 それならそれで、仕掛け人が“騎士団”なのか政府なのかを確かめたい所なのだが……。


「……すまんリーダー、気がつくのが遅かったみたいだ」


「仕方がないさ。たぶん向こうもプロだろうからな」


 この辺の街角一帯のあちこちから、隠そうともしない殺気が伝わってくる。

 だがそれにも関わらず攻撃してこないという事は──。


「……仕掛けてこないという事は、どうやら中へ入れという事らしいな」




 ビルの中に入った俺達は、ベイゼルを中心にエヴァンが殿しんがり、俺が先頭で斥候せっこうを担当して罠を確認しながら進んでいた。ほとんどの部屋が鍵を掛けられており、ほぼ一本道だったので十中八九何も無いとは思ったが。

 罠を掛けるなら、攻撃するなら、表で囲んでいる連中に初手で不意打ち狙撃させた方が、よっぽど効果的だ。


 だがこんな状況にもかかわらず──いや、こんな状況だからこそ、か?──俺は元の世界で、リッシュさん達と迷宮探索した時の事を思い出していた。

 あの時も俺かキャンティさんが斥候で、もう一人が弓を構えて進んでいたっけ。


「なんだよリーダー、少し楽しそうだな」


「いや、向こうの世界で仲間と迷宮に入った時を思い出して、な」


「あー、はぁん、確かに3Dダンジョン探索型のRPGに似てなくもないかな」


「まぁ向こうでこんな整然とした作りの迷宮は、古代都市の遺跡ぐらいしか──っと、どうやらあそこが目的地らしいな」


 そう告げた俺の前には、このビルの多目的ホールと思われる部屋への、観音開きの入口扉が鎮座していた。

 中からは多数の人の気配。


 俺達は顔を見合わせて頷き、扉の左右に散った。俺は扉に向かって右側、ベイゼルとエヴァンは左側。

 そうして俺は体を横に避けながら、軽く扉を押し開けた。ワザと音を立てるように。

……すぐさま撃ってくる気配は無い。


 俺は意を決して扉の正面に立って、両手で押し開けた。

 後ろにベイゼルとエヴァンも続く。

 

 部屋の中には十四、五人程の人間が横に広がり、俺達を待ち構えていた。

 例のミトラ親衛隊と……。


「来たか、ベイゼル」


「待っていたわ」


 中央正面最前列に隠れもせずに立つ二人の幹部、ヘンドリックスとマルゴ。

 二人は不機嫌な表情を隠しもせずに、沈痛な目をして俺達にそう話しかけた。



*****



「撃ってこないという事は、私達を拘束しろと言われているのか」


 と、ベイゼルが二人に声を掛ける。

 ヘンドリックスは表情を変えずに答えた。


「その通りだ。そして表の連中は政府の諜報部CIAだか連邦警察FBIだかの秘密部隊らしい」


 と、そう言ってからヘンドリックスは顔をしかめ、続けて今度は俺に向かって言った。


「そう伝えろと……シャーロット団長が……いや、あのエルフが、お前の弟が言っていた」


 おのれの手に入れた力の誇示、か。普通なら、こんな短期間でそんな馬鹿な、と思う所だがな。

 これも“主人公属性”のなせる事なのか。

 だがそんな疑問めいた感想を一旦横に置いて、俺は二人に言った。


「このビルに保険調査会社があったはずなんだがな」


が言っていた『保険調査員』の会社か。我々が来た時には既にこの状態だったな。確認したら、半月ほど前に急に会社をたたんだらしいな」


 幸か不幸か、彼等はミトラを心から肯定している訳ではないようだ。

 ヘンドリックスが、わざわざ情報を口にして俺達に教えてくれている。

 だがしかし、会社が急に畳まれたとは、まさか政財界の偉いさん経由で圧力をかけられて、か?

 ミトラの『力』はもうそんなレベルまで来てるのかよ!? くそっ、早過ぎる!

 俺は暗然としながらもヘンドリックスに聞いた。


「しかし、支部長のあんた達二人が来るとはな。支部の業務は大丈夫なのかよ」


 自分で言っててなんだが、あらかた予想はついてる。案の定、ヘンドリックスが憮然とした表情で俺に答えた。


「我々はもう支部長じゃない。シャーロット団長の“サポート”をしてくれる人が後釜に座ってるから、心配ない」


「それで良いのかよ」


「良いも悪いもない。長が変われば人事も変わる。世間でもよくある事だ」


「こんな回りくどい事をしなくても、俺達の顔写真を公開して指名手配した方が、早くなかったか?」


「エルフのお前の写真をか? 異世界人の存在が世間に知られる方が問題大きいだろう。特に今など、難民問題でこの国が揺れている時にはな」


 俺は二人の後ろの“親衛隊”に一瞬目をやって、ヘンドリックスに再び尋ねた。


「アンタも身内の誰かを嬢ちゃんに……いや、ミトラにやられたのか?」


「……」


 あの強面のヘンドリックスが、目を逸らして黙り込んだ。それが答え。

 ベイゼルが俺の肩に手を置いた。俺はその手を払って、今度はマルゴに尋ねる。


「マルゴ! アンタは何も思わないのかよ! アンタの大事なひとを奪われてんのに、その相手に唯々諾々いいだくだくと従うのか!?」


「お前などに何が分かる! 彼女の命が助かるなら、相手が誰だろうと従うしかないじゃない!」


「……なんだって?」


 おかしいとは思ったんだ。特にあのディスクの中身を見て以降は特に。

 アマレットをあんな無惨に殺されておいて、マルゴがミトラの言いなりになるなんてあり得ないだろう。つまり……。

 そんな俺の疑問の答えをマルゴは続けて言った。


「録画されたヤツが送られてきたわ。彼女、あんなに男共に寄ってたかって、殴られて蹴られて、ボロボロになって……」

 

 やはり、な。

 続くマルゴの言葉も、俺の予想を裏付けるものだった。


「その彼女の前に、あんな恐ろしげな道具を並べられて『彼女が生きて帰れるかはアンタ次第だ』って言われたら……従うしかないじゃない!!」


 後ろの“親衛隊”に、わずかに動揺が走る。

 そりゃそうだ。生き証人である、自分達が見たのと少し違う事を言われたら、な。

 だがマルゴに本当の事を告げるのは、さすがに躊躇ためらいが走る。

 しかしベイゼルが俺の代わりに、マルゴに真実を告げた。

……俺もエヴァンをヘタレだ何だと言えないな。マルゴの事を本当に考えるなら、残酷だろうが言わない訳にはいかないのに。


「アマレットはもう死んでる。殺されているよ。アンタに送られたディスクの続きも我々には送られてきている」


 マルゴの動きが止まった。目を大きく見開いて、絞り出すように呟く。


「うそ……嘘よ」


「ショッキングな内容だから、正直見せたくはないが、希望するなら見せる事はできる。譲渡することもな」


 ベイゼルは続ける。抑揚もなく、淡々と。


「君も噂ぐらいは聞いていただろう。あの動画に映っていた連中の噂は。性行為だけでは満足出来なくなった、快楽殺人鬼のあの連中の話を」


「いや……やめて」


「やめても良いが、本当にそれで良いのか? アマレットは君の大事なパートナーだったんだろう? 彼女の恐怖から、無念から、そして彼女がどのようにして殺されたのかという現実から、目を逸らし続けるのか! 彼女を殺した連中の片棒を担ぐのが、君の彼女への愛なのか!?」


「いや! いや! 嘘よ!!」


「だったら後ろの連中に確認したまえ! 彼女等も動画に映っていただろう! 現場で一部始終を見ているぞ!!」


 そのベイゼルの言葉に、マルゴは後ろに並んだ“親衛隊”に目を向けた。

 向けてしまった。


 彼女達の態度から、こちらの言葉が真実であると確信してしまったマルゴは、足に力が入らなくなったのか、ガックリと膝をつき四つ這いになった。

 それを見て、“親衛隊”の一人がおずおずとこちらに尋ねる。


「あ、あの……ミトラ様があの時の動画を本当に貴方に? だってミトラ様があそこから私達を……」


「お前達をなぶりものにした連中とグルじゃなきゃ、何でミトラが俺達に動画を送ることが出来るんだ」


 俺がそう答えると、後ろの彼女達も悲鳴をあげてうずくまってしまった。

 ヘンドリックスまで腕を組んで目を閉じ、上を向いてしまっている。


 どうやらこの部屋での戦闘は避けられそうだ。俺がそう思った時だった。



「おやおや、ミトラ様の言いつけを守れないなんて、困った子たちですわねぇ。私が監視に来といて良かったですわ」


 部屋の何処からともなく、不気味な少女の声が鳴り響いた。

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