第44話 ─ 明日へつなぐもの ─…ある男の独白

 そもそもアーミッシュとは、この国ステイツにヨーロッパから移ってきた人々の中で、移民当時の生活様式そのままに生きている人達の通称だ。

 キリスト教の一派で、厳しい宗教的戒律の元、保守的に暮らしている。

 ヤコブ・アマンという人物が開祖で、そこからアーミッシュの名がついたらしい。


 その生活様式から、現代文明を如何なる形であれ酷く嫌う傾向にある。

 何しろ、読書も聖書以外は禁じられ、勉強も義務教育以上のものは神への感謝を薄れさせるとして禁止しているのだ。


 以上が、俺がスマホで調べた浅い知識。


 「昔は良かった」と言う人は多いが、本当に昔の生活が良かったを実践している人々だという事だ、早い話が。


 口先だけなら老害のタワゴトと切り捨てるが、本当にやっちゃってるもんね。

 しかし実際の行動に移してるなら、もはや天晴あっぱれである。

 これを移民した時から続けているらしいので、気合いの入りかたは半端ない。


 ちなみにアーミッシュの子供達は16歳になると一般社会に一年間ほど触れ、その後に一般人の生活を選ぶか元の村に戻るかを選択するそうだ。

 ルームスプリンガという決まりらしい。


 自由の国スゲエよ。いろんな意味で。


 そんな排他的な人々ではあるが、それ故に内部に入り込む事が出来たら、潜伏するには格好の隠れ蓑となる。

 まあ潜伏する側にも、外部の情報が掴み難いというデメリットもあるが。


 スマホも電波届いてなかったなぁ。

 呪文の録音も本体に記録してなかったら、使えなくて危なかった。



「まずは礼を言っておこう。よくぞ娘を救い出してくれた。ありがとう」


 そう村長が礼を述べる。俺達は目配めくばせし合って、小さく頷く。

 同じ女性同士という事でアイラに任せようかとも思ったが、やはり俺が言うべきだという事に落ち着いた。


「あー……。とりあえず礼はいい、こちらも“仕事”だからな。

……ところで、ルームスプリンガって言うんだっけ? 子供が外の世界へ一度出るやつ。アレが終わった時に、娘さんの意思は確認ちゃんと取ったかい?」


村長はたちまち渋い顔に変わった。やっぱり交渉した後に言った方が良かったかな。


「……娘から聞きましたのか?」


「いや? 悪魔に憑かれた娘さんの様子からピンときただけさ」


 本命に入る前に言うのもどうかとも思ったが、今言わないとタイミングが無くなりそうだ。

 村長はため息をついてから言った。


「外で悪い男に騙されて、良いように遊ばれたようで……。しかも子供を堕ろしたなどという殺人の大罪を犯した娘を……」


「あんた達の戒律的には、それはむしろ追放処分になりそうな気がするんだけど、そこら辺はどうなの?」


 中絶か……また極めてデリケートでグレーゾーンな話だな。

 俺が男だからなのかもしれないが、賛成派にも反対派にも両方とも理があるように思えるんだ。


 ただ、この世界の今の世の中を眺めている限りでは、中絶賛成にやや軍配が上がるかな?

 すごく微妙なラインだけど。

 どこに線を引いたって、酷く傷つく女性が出てくるけど、線を引かない訳にはいかない問題だ。

 そして常に議論を続けて考え続け、決着をつけてはいけない問題でもあるのだろう。


「それは……」


「いやいい。すまない、貴方を困らせる為に俺達は来たんじゃない。ただ、今言った事は早めにきっちりしといた方が良いと思うよ。

……貴方の為にも、村の為にも、そしてあの娘の為にも」


 俺ももっと早く故郷から追い出されていたのなら、もっと違った生涯を送れていただろうか?


 しかし俺はパンチェッタに出会えた。リッシュさん達にも出会えた。……そして、何よりもフェットチーネに出会えた。

 それだけは俺の今までの生涯で、胸を張って誇れる事だ。


「それで……そちらにられる御婦人マダムが、俺達が話に聞いている?」


 そう言って、俺は村長の家に集まっている人達を見渡す。七〜八人ほどだが、村全体の一部だということだ。

 まあ今現状でこの部屋いっぱいいっぱいだからな。仕方ないことか。


「はい、私がこの村にいる、“騎士団”を追われた人々を取りまとめる役をやらせて頂いております」


 そう言って、少し年嵩としかさの女性は丁寧に俺達に向かってお辞儀をした。


 ベイゼルの密命が……今回の俺達の本命が、彼等との接触だ。

 “騎士団”より追放された、非主流派の人達。

 そして、「身体が清らかでなくなった」ために、追放された女性達……。


「俺は……聞いておられるかもしれないけど、“騎士団”のとある幹部の密命を帯びて、来させていただきました。

 何故なら今のままでは、おそらく近いうちに“騎士団”内部で分裂と内紛が起こる。それを防ぐためにこの村にいる皆さんの力添えが欲しい、と我々は考えています」


 そこまで言って、俺は言葉に詰まった。

 俺は視線を上に向けて、虚空を見つめながら悩む。

 俺はこのあとの話をどう切り出すべきだろうか。どんな言葉をかけるべきだろうか。


 彼等の心の琴線にふれる言葉は何だろうか?


 色々と考えたが、結局は自分の“騎士団”に対する「想い」を語ることにした。

 どのみち俺は、舌先三寸で他人を丸め込める能力など持ち合わせていないのだから。


「とりあえず、俺の上の人の言葉はお伝えしました。それはそれとして、俺自身の話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 まとめ役の女性は頷いた。


「見ての通り、俺はエルフです。この世界の者ではありません。アイラ……彼女もです。ただ、彼女と俺はそれぞれ違う世界の出身なので、俺自身の世界での話です」


 見渡すととりあえず皆、俺の話に耳を傾けてくれているようだ。


 “騎士団”から追放された者達は、全体的な傾向として裏切られた・見捨てられたという感情を持っているという。

 特に女性は“騎士団”に拾われて救われた人が多いらしいから、追放によってなおさら見捨てられ感は強いだろう。


 俺はそんな彼等の感情を刺激しないよう、言葉を考えながら、選びながら話す。


「俺は……“騎士団”に感謝しています。だからその“騎士団”が内部崩壊するのを、黙って見ていることは出来ません。俺に、普通のヒトとして生きてていても良いんだと思わせてくれた“騎士団”を」


 エヴァンとアイラは、部屋の一番奥に立って皆を、部屋全体を見てくれている。


「……俺が元いた世界では、エルフは魔法が使えるのが当たり前でした。俺は……その魔法が使えませんでした。そんな俺に対する一族連中の扱いは、酷いものでした。

……そうですね……この世界でいうなら、世間の知的障害者への扱い方に近い、と言えば想像できるでしょうか?」


 女性の何人かの表情が変わった。

 産んだ我が子が、そういう障害を持っているのだろうか。


「俺は向こうの世界では、人並みの扱いはしてもらえない生活でした。魔法が使えないからと他の事を必死に頑張っても、誰も見向きもしない話も聞かない。

 そして一族の……村の連中が俺に最後にした事は、俺を……村を襲った魔物の餌にすることでした」


 駄目だな、やはりこの話をするとまだ言葉に詰まりがちになる。我ながら困ったもんだ。


 俺はしばらく俯いて気持ちを落ち着ける。

 そして気力を振り絞って顔を上げると、話を続けた。


「この世界に来て、“騎士団”に拾われて、生まれながらの自由と平等という考えを教えて頂きました。信頼に値する他人が存在する事も教えて頂きました。自分が何かを成せる力があるのだと、自信も持てるようになりました」


 本当は後ろ二つは、あの爺さんやリッシュさん、フェットに出会えた事で手に入れたモノなんだけど。

 嘘も方便という奴だ、神様もきっと見逃してくれるだろう。

 唯一神の概念がよく分からなくて信仰心の無い俺だけどな。


「ここに居る皆さんも、俺と似た境遇だった方が多いのではないでしょうか。

 “騎士団”に拾われた事で救われた方が。信頼できる他人が居るのを知れた方が。誰かの足枷ではなく、誰かの為に動ける事で自信を持てた方が」


 まとめ役の女性も真剣に聞いてくれている。

 なんとか交渉のテーブルに乗ってくれそうかな? いやいや、油断は禁物だ。


「俺も、俺の上の人も、正直いまの“騎士団”の規則は時代にも女性の為にも合っていないと思っています。女性だけが身体の清らかさで退魔の能力が極端に変わるなんて……おかしいでしょ? それはたぶん貴女がたが一番分かっていると思います」


少し疲れてきた。俺が一人で、こんな風に長々と話すのなんて初めてだからな。

だけど、もう少し。もう少しだけ。


「恩義ある“騎士団”だからこそ、変えねばならない部分は変えていかねばなりません。

 創設者が、騎士道の物語に憧れて作り上げた組織だとしても。組織の規則によって救済されている人がいても、不利益を被る人が多くなっている部分は調整していかねば」


 エヴァンが少しニヤついている。言いたい事は何となく分かるけど、もうちょい待て。


「『調整』です。壊して作り直す訳じゃない。弱者の為にも、あなた方がより良く生きる為にも、良き組織存続に協力いただきたい。それが偽らざる俺の気持ちです」


 疲れた。その場に座り込んでしまいたいが、まだもう少し意地を張らねば。


 まとめ役の女性は目を閉じて考えをまとめているように見えた。

 やがて目を開いて静かに言った。


「まだ協力出来ると断言する事はできませんが、もう少し詳しい話は聞かせてください」


 今度こそ、俺は疲れが噴き出てドサリと椅子に座り込んだ。

 まとめ役の女性が少し悪戯っぽく笑って、俺に続けて話す。


「貴方、エルフでなければ政治家になれたかもしれませんね」


 すみません、もう二度とこんなのやりたくないです。

 あ、エヴァンがセリフ取られた、みたいな顔してやがる。ざまあみろ。



……さて、これがシャーロット嬢ちゃんにバレなきゃいいけど。

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