第45話 ─ レット・イット・ビー ─…ある男の独白

 ジャージャッジャッジャッ。カン、カツン。


「うぉーいエヴァン、皿持ってきてくれ」


「へいへーい、これでいいか?」


「あ、美味しそう。リーダーの料理は野菜炒めでも香りから違いますね。こっちのミネストローネもどきも良い感じ」


 テーブルに皿とスプーン・フォークを準備したアイラも、香りを嗅ぐとそう言った。

 ミネストローネと聞いて、思わず俺はラディッシュさん……ラディッシュ・ミネストローネさんを思い出す。


 思い出に胸が痛んだが、それを押し込めアイラに答える。


「そうか? 野菜炒めは鶏がらスープの素使ってるだけだし、スープだってトマトジュースにスープブイヨンを放り込んだだけだ。野菜炒めの野菜クズは入れたけどな」


「冷凍モンを温めるだけでもそれなりにイケる時代に、ある意味贅沢な食事だぜ」


「さすがに冷凍モンだけだとな。たまには火を通した作りたてを食いたい」


「リーダーに同じです」


 焼きあがったトーストをエヴァンが持ってきて、各自の皿に置いていく。

 皆が自分の席に座るとエヴァンが尋ねる。


「食事の前のお祈りは?」


「俺、この世界の唯一神の概念がワカンネ」


「私も、元の世界では実在する神様が複数居ましたから。概念だけの神様が今でもよく分からないですね」


「アイラの世界の、セービングロールってのも、俺は今でもよく分からん。あのサイコロを二個しょっちゅう振ってたのと何か関係あったのか?」


「ああ……まぁあれは……確かに説明が難しいですね」


じれったそうにエヴァンが俺達に言った。


「どうでもいいけど、冷めるから早く食べようぜ。……神さま、今日も飯が食えるぜありがとう」


「ん〜。神さんサンキュ?」


「えーと、神よ、ありがとうございます?」


「なんちゅう信仰心の無い祈りだ。俺も人の事言えないけどさぁ。一応、俺ッチ達って聖職者って事になってんのよ?」


「いまさらだな」


「あ、ミネストローネの塩っ気がちょうど良い感じ。美味しい」


「そいつは良かった」


「あっと、野菜炒めをトーストに挟んで食っても良いか? 行儀悪いかもしれねーけど、この食い方が一番美味いんだ」


 返事を待たずにエヴァンが野菜炒めを、バターを塗ったトーストに乗せる。

 それを二つに畳むと、奴はパンの端から齧り付いた。


 その意見に関してはエヴァンに賛成の俺も、同様にバタートーストに野菜炒めを乗せる。


「『どこの馬の骨ともわからない生まれ』の俺達が、今さら行儀良くしたって仕方ないだろうさ。好きに食おう」



*****



「ふぃ〜食った食った。ご馳走さん」


「お粗末さん」


「リーダーの料理が一番美味しいですね」


「おだてたって何も出ないぞ」


「アイラちゃんじゃないがマジだって。ああ、昔リーダーの兄貴ぶろうとしてた過去が恥ずかしいぜ」


「『困った事があったら、エヴァン・ウィリアムスお兄さんに相談しな』だったか?」


「うおおおお! やめてくれ恥ずかしい!」


「ほら二人共、さっさと食器をシンクに持ってく!」


 そう言って自分の食器を運ぶアイラ。

 慌てて俺達も食器を重ねて、手に持つ。


「シンクのバットに水を張って、いつもみたいにそこに放り込んでおいてくれ。後で洗うから」


 俺がそう言うか言わないかのうちに、アイラは蛇口をひねって水を出していた。


「嫁さんのフェットチーネさんも、やっぱり料理が上手かったのか?」


「あ、それ私も気になる」


「上手かったぜ? 正直、最初は俺の方が上だったけどな。だけど研究熱心な魔法師の性格だからか、料理も研究されてすぐに追い越されたな」


「うわぁ〜……。私も料理の勉強を頑張ろうかなぁ〜」


「別に気にしなくてもいいんじゃないか? さっきエヴァンが言ってたみたいに、冷凍モノ温めるだけで基本的に事足りるんだから」


「アイラちゃんが愛情込めて作ってくれた料理なら、何でも美味しいぜ、俺ッチは」


「エヴァンさんには憎しみと軽蔑を込めて作っておきます」


「愛と憎しみは表裏一体。それもまたワタクシめにとっては、天にも昇る心地の至極の料理となりましょうぞ」


「ヒィ!? 変態! 殺す!!」


「やめとけ。撃った相手が君だったら、今のコイツなら鉛の弾ぶち込まれても、喜びで絶頂しそうだ」


「う……。た、確かに……。え、えーと話を戻しますけど、料理が手作り出来ないと女がすたるというか、何というか……」


「男女平等を謳う人が多いこの国で今さらだなぁ。そもそも昔から、そして俺の元の世界でも、料理人は男が殆どなんだ。家の料理を作るのが女だって考えもおかしいぜ?」


「いや……まぁ……う〜ん」


「趣味や楽しみで勉強するのは良いけど、義務でやるのは感心しないってだけさ」


「うう〜ん……。分かりました」


「俺ッチも料理の腕で、アイラちゃんの胃袋を掴んだら明るい未来が!」


「その時はリーダーに股間を掴んで握り潰してもらいます。その後にリーダーに毒味してもらってから口にします」


「俺かよ!? り潰すぐらいならやってもいいけど、コイツの股間なんざ触りたくもねーよ」


「それもそれでヒデェ」


「そういえばフェットチーネさんの前にも、もう一人彼女がいたんでしたっけ。その彼女はどうだったんですか?」


 不意打ち。

 思わず俺は狼狽うろたえてしまった。


「あ……あ、うん……。まぁ……。料理の腕は俺よりも上だったな」


「あっ……そういえば最初の彼女って……。ご、ごめんなさい」


「い……いや……」


 この時になって俺は自分自身に驚愕した。

 パンチェッタとの思い出が、あまりにも薄い事に。


 顔も姿も覚えている。

 料理が上手く、彼女に怒られながら料理を仕込まれたのも覚えている。

 ちょっとした事で不機嫌になり、彼女の気持ちを察してやれなかったら、すぐにふて腐れるのも覚えている。


 だけど、それだけだ。


 母親も自分の機嫌を俺にとってもらっていたから、当時は当たり前のように感じて何も思わなかった。

 でも今思い返してみれば、当時俺はひたすら彼女の機嫌を損なわないように振舞っていた覚えがある。

 俺は彼女が一番大事、そして彼女も自分が一番大事。


「あ……あの……本当にすみません。私ったら無神経に昔の傷を抉ったりして……」


「いや、本当にいいんだ。大丈夫だよ」


 ひるがえって俺は、フェットチーネの事を思い出す。


 どん底まで苦悩していた俺を黙って抱きしめてくれたフェット。

 弟を殺してやると駆け出した俺に、必死に齧り付いて止めてくれたフェット。

 あの時剣を首元に当てても、顔色ひとつ変えなかったっけ。

 彼女と一緒になる決意が、周囲にバレバレなのを気付かない俺に、呆れるフェット。

 村から逃げ出した時の思い出を、ただひたすら黙って聞いてくれていたフェット。

 弟をやりこめた事に、童女のように太陽のように笑うフェット。


 他にも彼女との思い出は、今でも溢れるように湧き出てくる。


 フェットと共に居る時は、俺はフェットが一番大事だった。

 そして彼女も、俺を一番大事にしてくれていたと感じる。


 フェットチーネ……。


「ありがとう、アイラ。パンチェッタへの気持ちが、今ようやく本当に片がついたような気がする」


「そうか……。んじゃお祝いだな、今日は俺ッチが奢るぜ。今から飲みに行こうや!」


「あ、それじゃ今日は私も付き合います」


「そうか。じゃあお言葉に甘えて、前から飲んでみたかった高級なスコッチウイスキーを奢ってもらおうかな」


「い!? お、おう勿論だぜ!!」


「エヴァンさん、少しなら私も援助します」


「お……おう、心強いですアイラ……様」



 そうして俺達三人は酒場へ繰り出した。

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