第31話 “夜更けの月明かりの下に”その3…偽りのダークヒーロー編

「──現場に到着したぞベイゼル。例の『死に損ないアンデッド』も確認。

 ああ!? アンノウンと呼べだぁ? どうでも良いだろ! そんなこと!!」


 そう苛立たしげに叫ぶ、聞き覚えのある声。

 領主グレンタインの影で話す男は、その間にも領主の胸に横一文字に銀閃を走らせる。


「こっちは時間が無いんだよ、一分一秒だって惜しいんだ! ベイゼル・ヘイデン、これはお前のたっての頼みだったからだ! んでついでにバルバの口添えもあったから、仕方無しになんとか強引に引き返したんだ!」


そう言いながら、影にいた男は領主を斬り刻み続ける。


「一昨日のアレで終わったと思ってたんだが、復活したってことは本格的に……馬鹿、聖水も白木の杭も、今は持ち合わせてねぇよ!」


 斬り刻まれた領主の身体がドサドサと地面に落ちる。

 男は右手の“ニホントウ”を、ブンとひと振り血を飛ばすと、鞘に納める。その際に示指人さし指を自ら傷つけた。


「いくら俺の武器がコイツ等と相性良いからって、普通、襲撃は朝か昼間だろ! 現地のココが何時だと思っていやがる!」


 指先から流れる血を地面に振りまき図形を描いていく。

 ミトラも見覚えのある図形。封印陣だ。


「とりあえず俺の血で封印カマしとくから、あとはお前等で……」


 そこでようやくミトラと目が合った。

 スマホを持つ左手の指に、ガチガチにテーピングを張っている。

 魔剣をマロニーの拳銃で受けた時に、捻挫をしたか骨を折ったか。


「ベイゼル、後でまたかける!」


 兄の行動は迅速だった。

 振り返りながらスマホを懐に入れて、背後の壁の僅かな凹凸に足をかけてジャンプする。存在に気が付かなかったが、天井からぶら下がっていたロープに掴まる。

 そのままましらのようにスルスルと、あっという間に登って天井に吸い込まれていった。


 ミトラの位置からは気が付かなかったが、領主が立っていた真上の天井には、垂直に穴が空いていた。

 どうやら地上まで伸びているらしい。ロープはその地上から穴を通じて垂らされていたようだった。


 慌ててミトラが穴の真下まで移動すると、すでに兄は穴の中程まで登っていた。

 ミトラの今のジャンプ力なら、穴の壁を利用した三角飛びを行えば楽に追いつけるだろう。ただし……


──剣が穴に引っかかるな。


そう考えるが、魔剣イミテーションブリンガーから思考が伝わる。


 “ふむ、少々面白い趣向を思いついたぞ”


 魔剣の思考がミトラにそう滑り込む。

 すると魔剣はドロリと溶けたかと思うと四つに分かれ、手足の末端にそれぞれ収まる。

 一種のプロテクターの状態だ。


 “思うさま暴れてみよ。剣の状態の我を振るうよりも体感が分かりやすいはずだ”


「はははっコイツは良いや!」


 思わずそう口に出すと、その場に軽く屈んで足に力を込める。

 一飛びで地下墓地の天井よりも高く飛び上がり、地上への立て坑に突入する。

 そして立て坑の壁を蹴って、更に上に飛び上がった。


──よし、あと一回壁を蹴ったらヤツに手が届く!


 ミトラがそう考えて壁に足をかけ、更に飛び上がろうとした時。


 兄がくるりと身体の上下を入れ替えると、ロープから手を離してミトラと同じように壁を蹴り、落下しながら彼に突っ込んできた。

 兄は器用に身体を曲げると、両膝をミトラにぶつけた。壁を蹴った直後の彼の顔に。


 闇のオーラで身体が強化されていたので、首の骨は折れなかった。

 だが、ミトラは兄の変則垂直両膝蹴りニードロップを喰らって、立て坑を真っ逆さまに落下。

 そしてそのまま床に叩きつけられると、床にめり込んでしまった。


 床に叩きつけられたミトラの目に、立て坑を登り切った兄の姿が見え、やがて微かにバイクが走り去る音が聞こえた。


 “迂闊うかつな男だな、貴様”


──うるせえ。



 そんなミトラの耳に、グレンタインの声が聞こえる。

 兄が封印陣を完成させる前に逃亡した事を思い出し、ミトラは慌てて跳ね起きた。


 兄が封印陣を描くのに使った血を吸収する事で、かろうじて復活できたのだろう。

 人の形は何とか保っているものの、幽鬼のようにフラフラと立ち尽くすグレンタイン。


「お……お……。待っておれ、ヘネシー……。此奴等を片付けてから、お前の望みを……。」


「爺さん、いい加減くたばんな!」


 ミトラはグレンタインの膝を蹴りつけた。ボキリと膝が砕ける。

 崩れ落ちようとするグレンタインの腹を左手で何度も殴りつける。

 そして胸倉を掴むと、右手で心臓を思い切り貫いた。


「ま……まさかこれは、あの混沌の魔剣の力……」


「お前の魂も搾り尽くしてやるぜ」


「ヘネシーと……家族にかけたしゅが解ける……貴様は……彼女の罪を……どうするつもりだ……」


「はあ!?」


「借金をさせたのも……夫を殺したのも……子供を見捨てて死なせたのも……ヘネシー自身だ……」


「そうかい、俺には関係ねえな!」


そう言いながらも、彼は先ほどのヘネシーの言葉を思い出していた。


“私の旦那が! 夫のアッサンブラージュが!”


 天井の立て坑から、月明かりが差し込む。


「夫を殺して……茫然自失となって……気がつけば息子が……息をしなくなっていて……半狂乱の彼女を……落ち着かせる……ために……二人を……眷属に……して……死に損なわせた……」


「うるせえ、とっととくたばれ!」


 ふっ……と彼を蔑んだ視線で見ながら、グレンタインは己の本質を成す“魂”を奪い尽くされ“絶命”した。



 気がつけば、床にうずくまり身じろぎひとつしないヘネシー。

 そのそばには、大小ふたつの灰の塊。


 ミトラは心の中で舌打ちする。


──ちっ、これじゃ遊ぶ事もしゃぶり尽くす事も出来やしねえ。



 ヘネシーが身じろぎひとつせず、表情ひとつ変えず、呟いた。


「そんな……アッサンブラージュとモスカートと一緒に永遠に生きていけるって、“領主様”が…………なんて事してくれたのよ……」


 彼女の目から涙が溢れてくる。


「私はこれから! 何にすがって! どうやって生きていけば良いのよ!!」


 床に四つ這いになって這いつくばり、床を涙で濡らすヘネシー。


 彼は溜め息をひとつ。


「そんな事、自分で考えろ」




 グレンタインの力で保たれていた屋敷は、主人あるじが消滅した事で廃墟に戻っていた。

 屋敷跡から出てきたミトラは、剣の形に戻った魔剣をながめる。

 切っ先にこびり付く彼女の血糊ちのりが、魔剣に吸収されて消滅した。


──ところで、借金とか旦那の眷属化がヤツの手の平の上だった……とかの御高説は何だったんだ?


 “…………”


 魔剣は何も思考を返さない。

 彼は再び溜め息をついた。


 町の自動車屋の残骸を探せば、オイルは見つかるだろう。

 あとはオイルを入れるだけだし、自分一人でも何とかなるさ、と彼は考えた。



 彼は屋敷の地下室で動かないヘネシーを思い浮かべる。


 しかし、すぐに肩をすくめて歩き出した。

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