第三章 現代編

第32話 ─ 足跡つけ続ける日々を嘆かないで ─…ある男の独白

※今回から本編に戻ります。



*****



 俺の剣がヤツに突き立つ。


 ヤツは苦悶の声を上げながら、床をのたうつ。


 もはや人の形を保っていない醜い身体を、血溜まりの中で蠢かせながら、哀願の叫びをあげ続ける相手。戦う前に、俺に叩いていた大口は何だったのか。


 俺はヤツの周囲に聖水を撒いて、送還の魔法陣を描く。ヤツを中心に五芒星を描き、その頂点にそれぞれ接するように円を描く。さらにその外側にもう一つ円を描いて完成だ。


「“よこしまなる悪魔よ。人の世の尊厳をおびやかす不埒なる者よ。天と父と精霊の御名において命ずる。虚無なるゲヘナの炎へと去れ。今ここに我、祓魔ふつまの儀を始めん”」


 魔法陣が薄く光りはじめる。

 聖水に魔素が集まり、魔素が天の光の力……浄化の力を呼ぶ。……らしい。


 未だにこの力が何なのか、俺はよく分かっていない。


「“汝が魂を切り裂く我が剣は祓魔の剣なり。汝が魂は大いなる無にまろび落ち、汝が同胞はらからも汝が使徒も存在しない”」


 俺の左手に持つスマートフォンから、録音していた俺の声で発声した、ヘブライ語の呪文が流れている。


 日常会話の言葉を覚えるだけでも大変なのに、ヘブライ語を覚えるなんて、手が回らない。なので、呪文の発音だけを練習して、スマホに録音してみたのだ。


 最初は、録音した呪文の詠唱に力が篭る訳がないと周囲の人達は言っていた。

 しかし、実際効果があると分かれば、途端に皆が呪文をスマホに録音し始めてしまった。


 やはり内心みんな面倒に思っていたんだな。


「“もはや無は汝自身なり。その未来と同じく汝の過去も無い。故に汝はもとより存在しない”」


 送還の魔法陣の中の悪魔は、人が発する声とは思えぬキイキイ声で、必死に命乞いをしている。


 悪魔を自分自身に憑依させた人間だが、悪魔化がここまで進んでも人間の意識はあるのだろうか?


「“かくして、は死せり!!”」


 魔法陣の光がまばゆくなり、円の内側から光の柱が立ち昇り、光で埋め尽くされる。命乞いをしていた悪魔もまた、光に飲み込まれていった。


 光が消えた後には、魔法陣の中心に寝転がる捩くれた小さな死体があるのみだった。

 その捩くれた死体から剣を引き抜いて、俺は刀身の「穢れ」を確認する。


「よう、そっちも終わったか」


 刀身の「穢れ」具合から、まだ二〜三回は“仕事”がいけそうだと判断した時に、後ろから声をかけられた。


「エヴァン・ウィリアムス。気配を消したまま後ろを取るとは、斬り捨てられたいか」


「この部屋に近づくだいぶ前から、こっちの存在に気がついてたお前が、そんな事を言ってもな。部屋に入る前に分かりやすく気配を消してやっただろ?」


 はぁ、と溜め息を一つついて、俺は後ろを向き、声をかけてきた男と目を合わせた。


 黒髪にやや浅黒い肌。ラテン系の顔立ちの、美男子と言って良いだろう。長髪を荒く後ろに流してオールバックにし、俺と同じように後ろで髪を括っている。


 エヴァン・ウィリアムス。今の俺の……相棒? だと思う。


「あ、なんか今、すっごい失礼な事考えていただろ?」


「気のせいだ」


 そう言って俺は退魔剣を鞘にしまった。


「またまたぁ。ポーカーフェイス気取って黙ってたら、ストレス溜まるぜ? 困ったことがあったら、このエヴァン・ウィリアムスお兄さんに遠慮なく言いなって」


「お前はその馴れ馴れしさを、もっとアイラちゃんに向けてやれ」


「なななななな何を言っているんだキミィ! か、彼女はその……あれだ。俺ッチよりもお前の方に気持ちが……」


「俺に偉そうに言ってくる前に、そのヘタレを何とかしろ。俺にはフェットチーネがいるからな」


「……いた、だろ? お前自身が言っていたことじゃないか。言い辛いが、そろそろ前向いても良いんだぜ?」


「ヒトの事を気にする前に先ずは自分からだ。ええと……何て言ったっけ、中国の格言だ……そう、『かいより始めよ』だ」


「ったく、そういう余計な事は覚えるのが早いんだから。……そろそろ“騎士団”から後始末が来る頃だし、行こうぜ」


 そう言って屋敷の外へ向かうエヴァン。


 俺は屋敷の周囲におかしな気配が残っていないか探りながら後に続く。相棒(仮)も軽口を叩いてはいるが、油断なく周囲を見回している。


 屋敷の外には黒塗りのワゴン車が止まっており、その横に数人の人間が立っていた。


 一人は俺達と同じ黒い僧服を着た若い黒髪ロングの女の子。他は防護服に全身を包んだ人間だ。中身が男か女かは全く分からない。


 防護服達が後始末担当班の人間。女の子が俺達と同じ“退魔組”の子だ。


「アイラ! 引き継ぎは終わったかい!?」


 俺がそう叫ぶと女の子はこちらに気が付き、振り向くと遠慮がちに俺達に会釈した。


「それでは引き継ぎは完了だ、アイラ・モルト。君たち三人の組み合わせの時は、始末が楽な事が多くて嬉しいよ」


 アイラから報告用タブレットを受け取った防護服が、俺達に話す。

 彼女は曖昧な笑みを浮かべて頭を下げた。

 この引っ込み思案な性格がもう少し改善されたら良いんだけどな。


 そうこうしているうちに、防護服達は屋敷の中へ消えて行った。


「上からは特に連絡は無し?」


「はい……」


 そう彼女に尋ねる俺の後ろで、エヴァンが白い歯を見せてニカッと笑う。歯の一部がキラリと光った。やめろ。可愛くないから。


「じゃあ、この後は町でぶらつく時間が取れるかもな」


「えっ……。でも、この町はちょっと治安が良くないって……」


「文字通りの“騎士団”に所属しているナイトが二人も付いているんだ。大丈夫だよ」


 そう彼女に話す俺の後ろで、エヴァンがダッキングしながらシャドーボクシングをし始めた。終わった後アイラにウィンクし、右手の親指を立てながらニカッと笑う。歯の一部がキラリと光った。やめろ。可愛くないから。


 俺は、フン、と鼻息ひとつ鳴らして、後ろの相棒(仮)を冷たい目で睨んだ。


「ところで後ろのコイツを見てくれ。コイツをどう思う?」


「すごく……背が大きいです……」


「いやそうなんだけど、そうじゃなくて」


 そう彼女に話す俺の後ろで、エヴァンが背中をこちらに向けてガッツポーズのようなボディビルポーズを取る。顔をこちらに向けると白い歯を見せてニカッと笑う。歯の一部がキラリと光った。やめろ。可愛くないから。


 というか、本当にやめろ! 俺のフェットチーネの思い出をけがすんじゃねえええ!!


「ところで、何故ボディビルのポーズを?」


「筋肉ゴリラにでもなるつもりなんじゃないか?」


「ウホッ」


 うるせえ黙れ。

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