第80話 “爆炎の魔人”…偽りのダークヒーロー編
※第31話の続きになります。
*****
ミトラは海を見たことが無かった。
正確に言えば、エルフに転生してから、だが。
ミトラが転生前の日本では、幼少期に海水浴に行ったり自動車で家族と海岸沿いをドライブしたりといった記憶は残っている。
久しぶりの、そして転生してから初めての海に、ミトラは童心に戻った気がした。
船の上からの眺めで、ただひたすらに広がる久しぶりに見る青い大海原は、彼を飽きる事なく景色を眺め続けさせる充分な理由だ。
日本へ行くには飛行機を使うのが一番手っ取り早かったが、ひとつ大きな問題があった。
彼の身分・身元は、今まで“騎士団”によって保証されてきたのだが、今は彼は許可無く出奔した身。
今までは特に問題無かったが、ここに来て後ろ盾の無さが響く。
パスポートが取れないのだ。
こうした事に融通を利かせていたシャーロットが兄に殺されたのが、ここへ来て影響を出しはじめてきた。
幸いというべきなのか、悪魔退治屋を営んでいる時に一度だけ繋がった裏の世界の人脈に、密入国に関わる人間が居た。
そのツテを頼って、ミトラは密入国の船に乗り込んだのだ。
海原を西に向かって進むタンカー。
ブローカーの話では小さくてボロだとの話だが、彼にはそもそも普通の大きさのタンカーが分からない。
甲板の上に立って、周囲を物珍しげに見回すミトラには、充分に大きいように思えた。
いつの間にか童心に戻って、船内を隅から隅まで探検する。物珍しい見ものについ時間を忘れてしまう。
そうして出航より数日が過ぎた。
だだっ広い甲板の上で月明かりを浴びながら立ち、ミトラは物思いに
いま思い出すのは、かつての記憶。
この世界に「ミトラ」として
せっかく獲得した“精霊”を全て失った苛立ちの気持ちは、かつての『栄光』を思い出すことで落ち着けることにした。
この懐かしき“
両親も村の部族の仲間も皆、滅ぼされて居なくなった、独りぼっちだと言っていた彼女。人間の村や町に行っても受け入れてもらえず、寂しさを抱えて
そんな彼女にミトラは囁いた。
俺の役に立ってくれたら、俺は君の傍にいる。大丈夫だよ、と。
仲間に飢えていたスーズは、それであっさりとミトラに心酔した。チョロかった。
転生前に見ていたアニメや、プレイしたゲームのシチュエーションそのまままだったからだ。ゲームやアニメのセリフをそのまま言っただけで解決した。ミトラ本人は何も考えていない。
それで簡単に上手くいって、ミトラはますます“主人公属性”の効果を疑わなくなった。
世界は全て、自分を中心に回っている。
その後もシャーロットに出会うまで、様々な魔物女や少女に出会い、
吸血鬼の少女、
皆、承認欲求に飢えていた。皆、承認を満たしてやる言葉を吐いているだけで良かった。
吐いたセリフは一つだけ。俺の役に立ってくれたら、俺は君の傍にいる。大丈夫だよ、と。
何も考えずに条件反射で話していた。女なんてチョロいと更に思った。
実際、転生前もミトラは金持ちの息子だったから、女には苦労しなかった。なにせ向こうから押しかけてくるのだから。
転生前に付き合った彼女達が自分に寄って来たのは打算だったが、エルフとしてこの世界に『戻って』きてから出会った彼女達は、ミトラの都合の良い女だった。手下だった。信者だった。
シャーロットもまた、愛情や承認欲求に飢えた女だった。
金銭的には不自由しなくとも、育ての親は放任主義的に放置されているシャーロット。
ミトラは彼女にも言った。俺の役に立ってくれたら、俺は君の傍にいる。大丈夫だよ、と。
その言葉で、やはり彼女もあっさりとミトラのオンナになった。楽勝だった。
ただ、シャーロットの価値はそれだけにとどまらない。なぜなら彼女は、とある組織の令嬢だと言ったからだ。
自分はいずれその組織を継ぐのだが、それを心良く思わない連中が色々と邪魔をして困っている、と。
聞けばその組織は魔物退治を主としているが、一応は宗教組織らしい。
そのときミトラは脳裏に閃く。……使える、と。
ミトラの知っている宗教とは、金儲けの組織でしかない。権力に取り入り、権力者を操るための力。
──だって見ろよ、週刊誌にはいつも宗教が権力に取り入って、好き放題してるって書いてるじゃねえか。
ミトラの宗教の知識はその程度。しかし下衆な欲望まみれの野望を抱くには、その程度で充分だった。
組織を乗っ取って、この女を操って、好き放題してやろう、と。
だが、それも“反体制派”の中に兄の姿があったのを見た時に気が変わる。兄を見たミトラの心に湧き上がる黒いもの。見下し、蔑み、苛立ち、憎悪。
そしてミトラは決意した。
──なに充実しきった顔をしてやがるんだ、コイツ。自分がゴミの立場なのを思い出させてやる!
ミトラは本格的にシャーロットに肩入れをし始める。
全てはあの兄の、自分が踏み台にされ憎悪の目を自分にぶつけるしかなかった
自分よりも能力の劣る兄が、認められるのが許せない。
転生した時からの、ミトラの変わらぬ行動指針だった。
*****
ミトラの周囲に炎があがる。燃え上がる建物。燃え上がる人間。
燃えるはずの無いものにまで炎があがり、燃え盛る。
炎に包まれた人間が転げまわり、傍らの人間が布を叩きつけたり水をかけたりして消火を試みるが、全く効果が無い。
狂ったように哄笑するミトラ。
シャーロットのロビー活動によってようやく獲得した、中東のテロ組織の拠点とみられるキャンプ地への少人数潜入、そして壊滅活動。
どうやらただの難民キャンプだったようだが構わないだろう。
政府への、ミトラの持つ力のデモンストレーションにはなる。
己の意思によって燃やすもの燃やさないものを選別でき、炎を消すかどうかも自由にできる。
ただ、燃やしたい対象を指差し、傍らの“精霊”となったかつての仲間に攻撃を命じるだけで良い。
「モエ、メルロー、ロートシルト。子供だけを燃やせ」
呪文の詠唱が必要無いので使い勝手が良かった。選別も簡単だった。
試しに、子供を抱きかかえていた母親を見て、その手の中の子供だけを燃やしてみる。
綺麗に子供だけが燃えた。
母親の反応は様々だったが、面白い見せ物だった。
突然、腕の中で燃え上がる我が子を見て、驚いて子供を取り落とす女。
半狂乱になって抱きかかえて地面に押さえつけ、我が子の炎を消そうとする女。
近くにあった井戸で、子供に水をかけ続ける女。
だがその全てが無駄な努力に終わったのは、子供が皆、炎に焼かれる苦しさに泣きながら絶叫し続け、やがて焼き崩れたのを見ても明らかだった。
その炎は、ミトラの意思が続く限り燃え続けるのだから。
次に子供の目の前で親を燃やしてみる。
絶望に満ちた目で右往左往する子供の姿も、ミトラの
他人の生殺与奪を我が手に握ることの、なんと愉快なことか。
そんなミトラの後ろで何かが爆ぜた音がする。
振り向くとライフルを手に持つ、上半身が消し炭になった人間が倒れていた。
“精霊”が自動で後方の敵意に反応して、一瞬で燃やしたらしい。
楽勝だ、とミトラは思った。なんと手軽に無双できる事か。
今まで何度も感じた高揚感に酔いしれながら、ミトラは最後にキャンプのあるこの地を全て炎に包む。
銃声。
ミトラの頬を銃弾が
慌ててそちらへ顔を向けると、自警団らしき数人の男達。キャンプから離れた場所を警戒していたらしい。
何故“精霊”が反応しなかったのか!?
そうミトラは思いながら、攻撃してきた男達へ手を向け“精霊”に攻撃を命じる。
だが攻撃しようとした“精霊”はその瞬間、空気中に溶けるように掻き消えた。
ミトラの身体にずっしりとした疲労感が襲いかかる。
この時ミトラは初めて己の能力の一端を理解した。
魔素こそ必要無いが、使用量に限界があることを。
だがここまでミトラはこの能力に頼りきりで、何も武器を身に着けていなかった。
憎悪の視線を叩きつける男たちの銃口が、彼に向けられている。
──まずい!
その瞬間、聞き慣れたマスケット銃の発射音が轟く。
自警団の男たちの頭が次々と弾け飛んで倒れていった。
「ミトラ様!」
こちらへ駆け寄ってくるスーズ。先ほどの発砲音はやはり彼女だったらしい。
キャンプ地の外で待機を命じていた他の魔物女も集まってくる。
ミトラは安堵の表情で彼女に微笑んだ。
「よくやった、助かったぜスーズ」
「ご無事でなによりです」
「ああ、だがコイツ等に使用限界があったとはな」
「次回からは何か武器をお持ちください」
「そうだな、全くだ。だがその前に南米に寄り道しなきゃな。まぁあのチンピラ共なら丸腰でも余裕だろ」
「もし万が一、あいつらが何か言ってきたなら私達が軽く脅してやりますよ」
「頼むぜ、みんな」
「お任せください、ミトラ様」
その南米でまさかの兄と鉢合わせ、予想外の戦闘になって痛み分けになることは、この時のミトラには知る由もない。
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