第78話 ─ 深い眠りにつくのは不敵に生きた時だけ ─その2…ある男の独白

「なに調子に乗ってやがんだテメエ。魔法の使えないカスの分際でよ。そんな程度で勝ったつもりか」


 ミトラは腕組みを解こうとはせず、小馬鹿にした顔でそう言う。

 俺はそんな弟の態度など一切気にせず、躊躇ちゅうちょなくミトラに拳銃を向けると発砲。

 

 ガギン!


 そんな感触と共にトリガーが引けなくなった。動作不良ジャム!?

 エヴァンもミトラに向けて拳銃を向けたが、奴も動作不良を起こしたらしく、訝し気に拳銃を覗き込んでいる。

 俺は拳銃を捨てるとすぐさま墜落した羽根女の元へ向かい、コイツが手に持っていた銃を奪い取った。エヴァンも、クエルボの手下の死体から拳銃を剥ぎ取る。


 入口から一歩も動かず、腕組みも解かず、ニヤつく表情を変えていないミトラに向かって再び発砲。

 だが、二人とも拳銃が動作不良ジャムを起こすのも、再び繰り返される。

 なんだコレは!?


「“主人公”様に向けて撃たれた拳銃が、奇跡的にジャムって撃てなくなり、九死に一生を得る。なかなかドラマチックだねえ」


 ミトラがのんびりとした調子で言い放つ。“主人公属性”の仕業しわざだというのか!?

 チ、三度目の正直だ!

 エヴァンと俺が、三たび銃を持ち換えてミトラに発砲しても、結果は同じだった。動作不良を起こして、地面を転がる拳銃が増えただけ。

 ミトラが僅かに首をかしげ、嘲笑混じりに、おどけて俺達二人に言った。


「ところでよ、お前ら俺ばかりにかかり切りで良いのか? セセリ達があれしきの事で倒せたと思ってるなら、あなどられたモンだ」


 その言葉に振り向くと、撃ち抜いたはずの魔物女どもが、幽鬼のように立ち上がっているのが見える。

 彼女達の目には赤い光が宿り、口元から覗くは大きな犬歯。

 起き上がった彼女たちは、まだ息があるクエルボの手下に殺到した。男達から断末魔の悲鳴があがると、彼女たちが血を啜る音が周囲に鳴り響く。

 その光景の奥には、クエルボとアプルトン、モルガンの三人が固まって怯えている。

 ミトラは勝ち誇ったように叫んだ。


「俺のオンナになっている吸血鬼バンパイアは、タリアだけじゃねえのさ! 吸血鬼の能力を得て、不死者になった彼女達の本領が発揮されるのは、これからだぜ!」


 口元を血にまみれさせた彼女達がこちらに向き直る。

 ミトラは俺達に背を向けると右手を上げ、手を小さく振りながら言い捨てる。


「後はおめーらだけで余裕だな。任せたぜ、セセリ! ほら行くぞスーズ。おめーはまだ不死者になってねえからな」


「お任せください、ミトラ様。夜は不死者の時間。たっぷりと恐ろしさを思い知らせてやりましょう」


 そう言った彼女たちの言葉を聞きながら、倉庫から出ていくミトラ。

 くそっ今なら、後ろから襲いかかれるのに! だがそんな事をしたら、俺もこの魔物女達に後ろから襲われるだろう。


 体力が大幅に削られるから紅乙女の使用を控えていたが、そんな事を言ってる余裕がなくなってきたか。

 俺はエヴァンに叫んで指示を出す。


「エヴァン、奥の三人を連れてここから脱出しろ! 殿しんがりは俺が持つ!!」


 それを聞いた瞬間、エヴァンが奥に駆け出す。

 魔物女達はエヴァンに襲いかかろうとしたが、別のクエルボの手下が持っていた拳銃を手にした俺が、銃を撃って牽制けんせい

 彼女達はさっきの俺の攻撃を思い出したのか、俺を先に始末した方が良いと判断したようだ。


 一斉に襲いかかる魔物女の群れ。

 俺はエヴァンとその幼なじみ達が、裏口から退避したのを確認。

 そして叫んだ。


「いくぞ紅乙女!」


「はいご主人様!」


 振り上げた手の中に紅乙女の刀身が現れる。

 俺は、後先考えずにありったけ気を込めて神気を増幅させる。コイツ等四人をまとめて始末するんだ。取りこぼしは許されないぞ。


 そして俺は紅乙女を振るう。前方の地面に向けて。

 今まで見た中で、最もまばゆい輝きを伴う神気の爆発が、俺を中心とした放射状に一気に広がる。

 同時に、身体の奥底から体力が削られていく感覚。足から力が抜けて、まともに立つことが難しい。

 待て、まだだ。もう少しだけってくれ俺の足!


 目を焼き付かせるような輝きに飲み込まれた魔物女四人が、驚愕と憎悪の表情を浮かべながら消滅していく。

 消え去る直前、彼女達の口元が動いて何かを叫んでいた気がした。

 それは助けを求める声か、呪詛か、後悔か。


 神気の光が消えた後には、魔物女はおろか倉庫までもが綺麗さっぱり消滅していた。

 かなり離れた場所に退避していたエヴァンと周りの三人は、呆然と消滅した倉庫跡を眺める。


 だが俺には、彼等の様子を心配する余裕など無い。

 紅乙女を元の空間に戻すと、力が入らず膝が笑い始めた足を誤魔化し振り返り、ミトラに向かって駆け出した。


“さすがです、ご主人様。普段から、地道に真面目に気を練り込んでいるからこその、この威力です”


 紅乙女がそう俺に思考を滑り込ませる。

 だが俺は、それに返答の思考を浮かべる余裕すら無い。

 爆発音に驚いたミトラがこちらへ振り向いた時には、俺はもうヤツの目の前まで近寄っていた。


 そばにいたスーズが、懐にナイフを装着しているのは確認済みだ。

 俺は、彼女に体当たりをすると同時にナイフを奪う。ナイフを手に取ると、そのまま彼女を地面に突き飛ばした。


「な……!? テメエ、あいつ等をどうやって!!」


 まさかの俺の肉迫に、驚愕の表情が消せないミトラ。

 だが知ったことか。

 俺は胸元にナイフを構えて、ミトラに身体ごと思い切りぶつかっていった。

 ヤツの身体に食い込むナイフ。そのナイフが心臓に届いた感触。

 最後の力で、刺したナイフを捻って抉る。

 その時点で俺は、体力の限界に達したようで、その場にへたり込んでしまった。

 霞む視界に、ミトラの左胸心臓部にナイフがしっかり突き立っているのを確認。


「やった!」


 いつの間にか近くまで来ていたエヴァンが叫ぶ。

 胸元のナイフを、信じられないといった表情で見つめるミトラ。 起き上がったスーズも悲鳴を上げてミトラに駆け寄る。


「ミトラ様!? ちくしょう、昨日中東で“精霊”の炎を使い切った後じゃなければ、お前達など……!」


 だがそのスーズの肩に置かれる手があった。

 俺もスーズも、その場に居た全員がその手の主を見る。


「ふう……し、死ぬかと思ったぜ。だ……大丈夫だスーズ。心臓はとりあえず逸れてる。けど流石にヤベえな……。歩くとえらい事になりそうだ」


 馬鹿な!? 足元が覚束おぼつかなかったとはいえ、心臓を外す事などあるものか!!


「悪い、スーズ頼むわ。……へへへ、少年漫画ではよくある事だよな。主人公が致命傷を受けたと思ったら、次のページや次の話になると、実は見間違いでズレたところに傷を受けてましたってな」


 一体何を言っているのか理解出来ない。だが、何というズルい“能力チート”なのか。

 俺はもう一歩も動けない。

 今ミトラとこの魔弾女スーズに襲いかかられたら、万事は休する。


 スーズは、服をビリビリと破かせながら身体を変化へんげさせた。人間の男よりも、一回りも二回りも大きな体格の黒豹に。

 豹の一族キャットピープル! 話に聞いたことがある。人知を超えた力を持つ豹が人間に化けて、人間と交わる物語だ。

 だがミトラは、スーズが変化した黒豹の背に倒れるようにうつ伏せに掴まる。

 

 黒豹スーズは俺に歯を剥き出し、凶暴な威嚇の表情と唸り声を出すと、サッとミトラを背に乗せたまま何処かへ走り去った。



*****



 誰る者もいない、夜更けの月明かり。

 夢見たつわもの共が野望ゆめの跡。

 森と呼ぶには心許こころもとない藪の中。

 夢破れた男と女がうずくまる。



「撃てよエヴァン」


 銃を片手に立ち尽くすエヴァンに、クエルボはそう告げる。

 アプルトンとモルガンは、ノロノロと声を発した男を見た。感情のこもらない、死んだ魚の目で。

 ようやく身体を起こすだけの体力が回復した俺は、フラフラと立ちながらエヴァンの後ろで様子を見守るのみ。


「撃つ事なんて出来ねえよ、クエルボ


「この町での鉄則を忘れたのか。裏切り者は絶対に許すな」


「死んで逃げるなんて最低だぜ兄貴」


「お前はもうこの町の人間じゃねえ。俺達とは無関係の男だ。兄貴とか知らねえよ」


「兄貴……また一から出直して……」


 言いかけたエヴァンが黙る。ミトラが来る前に彼が話した事を思い出したのだろう。

 アプルトンとモルガンも、口を何度も開けては何も言い出せずに黙り込む。

 やがてクエルボが溜め息をついてエヴァンに話す。俺が聞いた中では一番優しげな声だった。


「もう俺達に囚われるな、エヴァン。俺達は、俺は、人としてやってはいけない事をした。だから、罰を受けたのさ。だから……」


 そう、だから俺は次のクエルボの行動に反応出来なかった。何も。

 クエルボは、素早く懐からリボルバー拳銃を取り出し、エヴァンに向ける。殺気を込めて。


 対するエヴァンの行動は、反射的だったろう。咄嗟にエヴァンは、クエルボの胸に銃弾を撃ち込んでいた。


 撃ってから自分の行為に気がついたエヴァンが慌ててクエルボに駆け寄る。

 アプルトンとモルガンも。


「兄貴! ああ、俺ッチは何て事を!!」


「これで良い……。俺はもう……疲れた……」


 クエルボが手に持つリボルバーには、もう弾は入っていなかった。

 クエルボが満足そうに薄く笑ったと見えたのは、俺達の傲慢だろうか。


「兄貴! 兄貴! おれ……俺、いつかこの町を良くする為に何かやるよ、絶対!! だから今まで、ココに来れなくてごめんよ兄貴……」


 そう言ってクエルボに縋り付くエヴァン。

 だが、俺が辿ったかもしれない可能性だった男、クエルボは既に事切れていた。



 俺はエヴァンにかける言葉が見つからず、夜空を見上げて月を見る。

 夜空に鎮座する無慈悲な夜の女王は、何も俺に啓示を与えず、月光を降り注がせるだけ──。

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