第20話 ─ 彼等は離ればなれ ─…ある男の独白

「情報が欲しいなら、まずはそこの魔法師の女をこちらに返却しな。話はそこからだ。味見してねえんだからよ」


“普通はそんな要求をする時点でおかしい”事を、ヤツは開口一番に言ってきた。

『英雄色を好む』とか言い出しそうだな。相変わらず下品な物言いだ。


「俺のような英雄はな、味わう女も極上じゃないとなぁ。俺は武勇も色事も一流を好むんだよ」


 頭痛え。ここまで予想通りのことを言われると変な笑いしか出てこないな。

 案の定、キャンティさんやベッコフさんをはじめ、こちらのメンバー皆、顔を背けたりうつむいたりして必死に笑いをこらえている。

 まあフェットを極上の女あつかいした事だけは評価してやる。


「あ? 何を笑ってやがんだ手前ら──」


「嫁は──フェットチーネは自分の意思で君の元を去り、我々のパーティーにも自分の意思で参加したんだ。それに、そもそもヒトを道具か何かのように返却などと言うのは感心しないな」


 リッシュさんも幾分いくぶん笑いを含んだ声でそう言った。

 フェットも不敵に笑って、弟に向かって軽くジャブを打つ。

 うん、やっぱりそれ魔法師の所作じゃねえです、フェットさん。


 弟は案の定、頭に血を上らせて言葉が出なくなり固まった。


「王の勅命は『お互い協力して事にあたれ』だ。別に仲良くする必要なんてないが、不必要な情報の隠蔽もまた、王の勅命に逆らう事になる」


「……だから協力の証としてその女を返せっつってんだ」


「我々は君から彼女を借り受けた訳じゃない。話にならんな」


「こちらの台詞だ」


 リッシュさんが溜め息をついて、俺達に目配せをする。

 特にラディッシュさんに。


「ねえねえ、一応尋ねるけど、魔物はどれぐらいの大きさなんだい? ちょっと僕の好奇心が刺激されて仕方がないんだよね〜」


 リッシュさんの目線を受け、俺達のパーティーの知恵袋は前に出て、無神経な態度で弟に話しかける。

 うお、この人こんな演技も出来るのか!

 流石はベテラン、引き出しの数が多いな!


「自分で調べな」


 そう言いながらも、一瞬弟は目が泳ぐ。

 視線の動きでおよその大きさを推測。

 かなりデカいな。そこに生えてる杉の樹と同じかそれより高いのか。


「魔物は毒を使ったりしてた?」


「知らねえよ」


「魔法は使うの?」


「呪文は唱えねえんじゃねえのか」


吐息ブレスは?」


「さあな」


「魔物は群れてなかった?」


「うるせえな! その女を返さない限り情報は渡せねえっつってんだろ!」


 ラディッシュさんは肩をすくめて後ろに下がった。

 そのまま俺達は、弟のパーティーから距離を取る。

 弟から離れてから、俺は小声で言った。


「毒と吐息ブレスは使わない、もしくはアイツの時には使ってない。群れかどうかは本当に分からない。大きさはあそこの杉の樹よりも大きいみたいだ。ただ魔法に関してだけは……何か隠してるっぽいな」


「“唱えない”……。“使わない”じゃなく、よね?」


 俺の言葉にフェットが補足を入れる。ラディッシュさんが嬉しそうにうなずく。


「流石に兄弟だけあって、弟くんの態度を良く知っている。ボクもそこまで断言出来るほどの確信は持てなかったからね。嫁も一時期行動を共にしたことがある分、よく見てる」


「だがよお、やっぱりあの様子だと魔物については、あんまり知らなさそうだなぁ」


 ベッコフさんが、少しガッカリしたように呟く。


「まあ最初から予想していた事だ。魔法に関する情報だけでも取れただけ良しとしよう。

唱えないという事は、無詠唱で攻撃魔法を連発する……といった可能性が高いか。ふところに、いかに素早く潜り込むかが勝負かな」


「一番強力な攻撃魔法で不意打ち。それと同時に前衛が全速力で突っ込むのが、いま考えられる基本戦略かしらね。私も魔法攻撃に回って、旦那くんには前衛に行って貰おうかしら。さすがに前衛が二人だけじゃ辛いでしょ?」


 とキャンティさんが戦い方の提案。ちょっと細かいところまで行き過ぎてるけど。

……旦那くん……か。まだ少しくすぐったいな。

 戦術で俺と同じ事を考えていたらしいジビエさんが、キャンティさんを少したしなめる。


「……今はそこまで細かく詰めなくとも良かろう。……現地で魔物の様子を確認してからでも……遅くはない」


 人数的な制限もあるから、もしかしたら邪竜並に厳しい戦いになるかもしれない。



*****



 王都の近辺に広がる黒の森は魔物の宝庫だ。

 森からあふれるように現れる魔物は、近辺の農村を度々襲って農民を悩ませている。

 農村からの依頼の他に、国からも定期的に、ギルドに黒の森の魔物討伐の依頼が入るぐらいだ。

 森の近辺の肥沃ひよくな土地を遊ばせる訳にもいかず、かといって軍を森の魔物討伐の哨戒しょうかいに回せるほど人数の余裕がある訳でもない。


 それでも、岩に爪を立てるような努力を人間は長年続けている。

 その努力の結果で、人間の生活圏はほんの僅かずつ広がり、森には木を伐採・運搬する為の道がいくつか整備されていた。


 その道沿いなら“比較的”魔物は出てこないが、道を外れるとどんな魔物が出るか分からない。

 何しろ樹木の伐採・運搬を警護する依頼だってあるぐらいなのだから。



 俺達は弟のパーティーの先導で森の伐採道を進んでいた。

 途中で案の定、フェットに手を出そうとする弟と彼女、そして俺との間でトラブルが起きて、一旦森から引き返す羽目になった。

 が、二回目の突入時には弟がフェットに、「“色々と”こっ酷くやられた」のが効いたのか、比較的スムーズに進めることが出来たと思う。



 弟パーティーは、途中で小高い崖の上に皆を導いた。

 向こうの前衛の女が、彼方の森の中にそそり立つ、森の中心部のように感じる岩山を指差す。


「あそこに見えるあの岩は人工物。あそこに居る」


 さすがにここからでは、いくら大きな魔物とはいえ姿を確認することは出来なかった。

 だが見えなくてもそこに居る、という思いは、得体の知れない不安と緊張を呼び起こす。

 どんなに分かっていても。

 こちらのパーティーの面々もみんな顔に緊張が漂っている。


 だが弟は緊張感も無くヘラヘラと笑っている。

 パーティーに緊張させない為に敢えてやってるなら大したもんだ。


……だが、様子を見る限り違うな。本気で緊張感が無い。

 無くてもそれなりに物事が解決してしまう人生を送っている男だからな。


「ああそうそう、今のうちに、そっちのパーティーにこいつを預けとくぜ」


 その弟が突然、ヤツのパーティーの魔法師の少女を前に押し出して、そう言った。


「へ? え? あ……っ! あ、あのあのっ、よ、よろしくお願いします……?」


 事前に何も聞かされていなかったのか、少女は緊張に顔色を失いながら、そう挨拶した。

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