第24話 ─ 胸に残り離れない、苦い彼女への想い ─その2…ある男の独白

「彼女を虐めて喜んでいたオマエが、いざ同じ立場になったら助けて下さいってのは。……しかも、自分から助けを求めるんじゃなくて、こちら側から助け船を出すよう誘導するってのは。

 随分と都合が良すぎる話じゃないのか?」


「……っ! 私は、虐めて喜んでなんかいない!」


「だが虐めには加担した」


「何で私ばっかり責めるのよ!! そこの女だって一緒に虐めていたじゃない!!」


 とうとう悲劇のヒロインはやめて、逆上してフェットを巻き込みにかかるか。責任の分散と俺の態度に矛盾点を作ろうとしている。


 分かってはいたが、コイツは罪悪感の欠片も持ってないな。


「彼女は加担してない。見ていただけだ」


「はっ! なによそれ!? 止めなかった以上は同罪じゃない!」


「だがおかしいとは思った。ダメだとは思った。だからフェットは俺にパンチェッタの死の原因と、そこに至るまでの経緯を教えてくれた。オマエ達から距離を取った」


 俺はフェットの隣に移動して、彼女の肩にそっと手を置いた。

 彼女は身体を一瞬ビクリと震わせたが、顔を上げることもなく俯いたまま。


 彼女は声を押し殺して泣いていた。


 他人に見られることを何処かで意識した、絵になる泣き顔なんかじゃない。

 顔を、化粧を、ぐしゃぐしゃに崩した泣き顔だ。恥も見栄も捨て去った、正直あまり綺麗でない泣き顔だ。


 でもだからこそ俺は、彼女がパンチェッタの死を逃げずに背負ってくれているのが分かる。彼女を恨まずに信頼することが出来る。


「それにフェットはずっと俺を助け続けてくれた。励まし続けてくれた。本当の味方であろうとしてくれた。俺が間違った道を行こうとするのを止めてくれる、本当の味方に」


 俺はクソガキに口を挟ませないように話し続ける。フェットの想いを、覚悟を舐めるなよガキが。


「そして今も、パンチェッタの死を重く受け止めて、逃げずに背負い続けてくれている。彼女の死をずっと俺に謝罪し続けている。

 だからこそ俺は、フェットチーネ・ペンネリガーテを信頼することが出来る。俺が、彼女と夫婦になる事を決意できるほどに」


「は! そんなもの、どこまで本気か分かったモンじゃないわ。ちょっと優しくされただけで舞い上がって、単純でおめでたい男ね!」


「分からないだろうな。オマエ如きには」


「偉そうに! だいたい何よ、弟に女を寝取られて、メソメソ泣いて酒に逃げていた男が! 彼女が虐められてる事を知ろうともしなかったオマエが! 何を偉そうに私を責めてるのよ!」


「だから? お前さんが今言ったことは、俺が死ぬまで背負い続ける罪だな。一生消えないし、消そうとも思わないが。

それで? ここに来るまでに積み重ねた、オマエ自身の失敗にすら、まともに向き合うことが出来ない無責任なオマエが俺になんだって?」


「この──」


「自分の人生は自分で決めろ。自分の生き方の責任を他人になすりつけるな。そして少なくとも、ここにオマエの居場所はない」


 そう言って俺はクソガキに背を向けると会話を打ち切った。


 そしてフェットに向き合うと、彼女の顔を俺の胸に当てて背中をさすり彼女が泣き止むのを待った。


 もう彼女が謝る必要は無いのに、俺に途切れ途切れにごめんなさい、と繰り返している。俺は、もういいんだ、と彼女に語り続けた。


──自分の生き方の責任を他人に擦りつけるな、か。

 俺も弟への怒りを、感情を少しは見直すべきなのかもな。


「あ〜……。まぁ、そういうことだ。この依頼が終わるまでは責任持って君を守るが、その後はキミ自身が考えて決めなさい。まぁアドバイスぐらいはしてあげるから」


 少し躊躇いがちにリッシュさんが、そう魔法師の少女に声をかける。ヤベエ、俺は相当な剣幕で話してたんだな。


 フェットの嗚咽おえつが収まってきたので、俺はハンカチを取り出して彼女の涙と鼻水を拭き取った。


 その後にキャンティさんに、偵察に使う時の手鏡を借りて、フェットに渡す。彼女は俺達から少し離れると背を向けて、簡単な身繕いを始めた。



 俺はその背中に向かって、小声ですまない、と謝った。

 そしてもう二度とこんな形で彼女を泣かすまいと固く誓った。



*****



 ジビエさんが魔法師少女に聞かせる前提で作戦会議を始めた。実は戦闘時は彼が司令塔だったりする。


「……申し訳ないが……不意打ちが失敗した時の対応を決めさせて貰うぞ。

……キャンティはリッシュ、俺はベッコフに身体強化魔法だ。……そのままキャンティは自身も強化して前衛で遊撃。……亭主、お前は身体強化魔法が付与された、虎の子の魔法の指輪が有ったな……悪いが、それで自力で強化魔法をかけて……お前も前衛で遊撃をしてくれ……」


 フェットが戻ってきたので、引き続き後衛の動きもミーティング。彼女の目が腫れぼったいのは仕方ないな。口紅は持ってきていたのか引き直している。


「……魔物は十中八九、魔法障壁を繰り出してくる。……不意打ち出来なかった時は、最初から攻撃魔法は諦めて……前衛に武器強化魔法を。……その後は各自の……魔法抵抗強化の魔法が切れないようにかけ続けろ。

……俺がリッシュ……ラディッシュがベッコフとキャンティの二人を頼む……嫁は亭主だ。……あとは後衛の仕事は……敵の飛び道具に……当たらない事だ」


「私は?」


 クソガキ魔法師が言ってくる。


「……君の手札を……俺は知らん」


「火撃、火球、炎壁、氷撃、氷刃、氷槍、土槍、土壁よ」


「土壁以外は攻撃ばかりじゃねーか。中の下くらいによく居る魔法師みたいだなあ」


 ベッコフさんが思わず口を滑らせる。魔法師少女クソガキが、ギィっという擬音が出そうな目つきで睨む。

 ジビエさんが溜め息をついて言った。


「……とりあえず土壁を……魔物の周りに二つ三つ作っておいてくれ。……向こうの攻撃を遮ったり……こちらの攻撃の足場にする事が……出来るかもしれん」


「そんな地味なの嫌よ。火球を一発当てて相手の抵抗すり抜けたら勝ちみたいなもんじゃない」


 このクソガキちゃま……大丈夫か……。

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