第55話 ─ 君を、君の仕草を、思い返して涙集め声枯らす ─ …ある男の独白

「この力! 気配を殺す身のこなし! 貴様もしかして、狂王の試練場のニンジャか!」


「そういうオマエはロード……しかも属性アライメントが悪に変わった者だな」


 忍者だと!?

 この露出狂のような格好の女が!?


 俺は、髭面の背中におぶさるように取り付くタリスを見た。

 忍者装束も着てないし、刀も持ってないのに、これで忍者なのか!?


「私の能力値は全てが十八。アーマークラスも、無手でLOを超えている。……オマエなら意味は分かるな?」


「ぐっ……」


「では改めてカウントを始めよう。三つ数える間に手下を下がらせろ。──ひとつ」


 髭面は三つ数えるまでもなく、手下を下がらせた。

 残るは髭面と、その背中のタリスと……おや? 赤いドレスを着た、デップリ太った女が残っている。

 確かに髭面の手下では無さそうだが……。


「誰だオマエは? なぜ残っている?」


 タリスが俺の疑問を代弁するかのように、その女に尋ねた。


「そりゃ私がバローロ……その髭の手下じゃないからさ。私は皆からビッグママと呼ばれてるよ」


 その女の続く言葉に俺は我が耳を疑った。


「この世界に流れ着いたエルフを……いや、異世界から来た連中を保護して助け合おうってぇ組織のまとめ役をやらせて貰ってる」


 俺は思わずこの女に話かけようとした。

 だが髭の言葉が邪魔で聞けなかった。


「お前は『気まぐれ』タリスだな? そろそろ俺を解放してくれると有難いのだが」


 「バローロ」と赤ドレスに言われた髭面が、そうタリスに訴える。

 ん? 『気まぐれ』タリス?


 タリスはバローロの背中から降りて、ビッグママを自称した女に向き直る。

 だが、女に向き直ってはいるがバローロから注意は外していない。

 バローロはガシャンと鎧を鳴らしながら、肩をすくめた。


「それで……オマエはそこの汚れ仕事人とはどういう関係だ」


 髭面バローロがタリスに問う。

 タリスは俺達の方を指差しながら答える。


「私が、この世界に飛ばされた直後に関わりを持った。少々コイツらが気に入ったから、殺されると何となくムカつく」


 そう言ってタリスはこちらに近づき……エヴァンの拘束を手刀で断ち切った。

 そしてエヴァンの顔を愛しげに撫でる。


「特に、この男は私の好みにピッと来た。コイツを殺すのも傷つけるのも許さない」


 …………え? ……あれ?

 彼女がこの世界に来た直後に、クジラのコリーヴレッカンから助けた俺じゃないの?


 ええええええええええええ!?


 いや、別に良いんだけどさ。

 今のところフェット以外の女と付き合うつもりは無いからいいけど。

 けど何だろう、この告白した訳でもないのに胸を吹き抜ける悲しみは。

 彼女が近寄った時にドキドキしてしまった、俺の純粋な下心を返せ。


「貴様……さっきの俺の脅しの時よりも絶望したつらをしやがって……ふざけるな」


 うるせェよ。


「リーダー……何でこの女が……ここにいるんだ……?」


「知らねェよ」


「何よ、その顔。エヴァンと言ったかしら、この男の乗り物を操る姿が素敵だったわ。

 ……私が誰に惚れようが勝手でしょ?」


 タリスの口調が砕けた感じに変わった。

 こっちが彼女の“素”か。


「いや……それはまぁ確かにその通りなんだが……お前、何でそんなに流暢に話せるんだよ? 片言しか話せないはずだろ」


「この世界に来たばかりで言葉が分からない私が、まともに話せた訳ないでしょ、バカじゃないの!? それに──」


「この場には、自動翻訳魔法がかかっているから、お互いの意思疎通が出来てるのさ」


 タリスのセリフをさえぎるように、ビッグママと名乗った赤いドレスの太った女がそう言った。


「何だと? この世界で魔法だと!? バカな!!」


「やっぱりね。この髭とその手下の言葉が、急に理解出来るようになったから、予想はしてたけど」


「この世界の魔素は確かに薄いけど、全くの“無”って訳じゃないのさ。貯め込むのは大変なんだよ」


 だが俺はそんな事はお構いなしに、彼女に尋ねた。


「……ビッグママといったか。お前に聞きたいことがある」


「答えられる範囲内なら構わないよ」


「フェットチーネ、という女はそっちに保護されていないか!? 黒髪の魔法師だ。人間の!」


「私の耳には何も入ってきて無いねェ。そんなパスタみたいな名前なら忘れる訳ないし」


「そうか」


 もしかしたら、と期待したがやはり駄目だったか。

 もたげた希望は、失望のスパイスとなって俺に降り注ぎ、俺を打ちのめした。

 不意に涙が溢れてくる。

 目を強く閉じたが、零れる涙は止まらなかった。


「……そうか」


 あの時死んだと思った俺がこの世界に飛ばされていたのだ。

 ひょっとしたら彼女も、という一縷いちるの希望がどこかにあった。

 だがそれも今、断たれた。


「フェット……」


 その言葉が無意識に口にのぼると、それが一投石となり俺の心に波紋を起こす。

 その波紋がさざ波となり、やがてすぐに大きなうねりとなって俺の心に溢れかえった。


 知らないうちに嗚咽が漏れる。

 止まらなかった。



 俺は泣いた。声を押し殺して男泣きに。



*****



「落ち着いたかい。まぁまだ可能性は低いままだが、希望は無い訳じゃない。この世界に飛ばされる時に数年ズレるなんてのは、珍しいことじゃないからね」


「そうか」


 ここはビッグママのアジト……らしい。

 あれから拘束を解かれて移動したのだが、今はどうでもいい。

 せめて手の拘束は続けろとバローロが渋って、俺達二人に手錠がかけられたのも、何とも思わない。思えない。


「おい、大丈夫かよリーダー」


「そうか」


「話を聞いてねェ!? おい、さっき見てた飴買おうぜ、ありったけ。だからしっかりしろよリーダー、頼むから!」


「ああ」


「くそッ、抜け殻かよ! どうすりゃ良いんだ……」


「そうか」


 それまで渋面を作ってこちらを睨んでいたバローロが、顔を更にしかめてこちらに近寄って来て、話しかけた。


「全く、これではさっぱり話が進まんな」


 そして俺の胸倉を掴んで、無理矢理立たせる。


「ひとつ特別に教えてやる。そこの『気まぐれ』タリス……タリス・カーと俺は同じ世界の出身だ。それはさっきのやり取りで分かってるな?」


 俺は視線だけをタリスに向けた。彼女はバローロの木刀を適当にもてあそんでいる。

 俺は面倒臭かったが、答えた。


「ああ」


「俺がこの世界に来たのは五年ほど前だ。だが、あの女が俺の元の世界から消えたのは、俺が飛ばされる三年前だ」


 そう言って、タリスを見やるバローロ。

 タリスは片眉を軽く上げて首肯しゅこうする。そして続ける。


「そうね、別に雲隠れしてほっつき歩いてた訳じゃないわ。一人で迷宮に潜ってたら、ザコの巨大悪魔相手に、下手を打ってられたのよ。そう思ったらあの街に居て、アンタと出会ったって訳」


 考える事を放棄しかけていた俺の頭に、二人の話の内容がゆっくりと染み渡る。

 話が理解出来ると、自棄しかけていた気持ちがほんの少しだけマシになった。


 俺はバローロの手を振りほどくと、自分の力で床を踏みしめる。

 そして大きく深くため息をつくと、アジトの椅子に深々と腰をかけた。


「さっきのビッグママの話の生き証人が、お前達二人という訳か」


「そういう事だ。分かったらその腑抜けた面をなんとかしろ」


「でも私はアンタの事を知らないわよ?」


 そう言うタリスに、バローロは心底呆れたようにため息をついてから、彼女に返した。


「知らないも何も、お前は周囲のヒトの事など、殆ど興味を持っていなかったではないか。そもそも、お前の記憶に残っている冒険者が何人いるのか、分かったものではない」


 酷い言われようだ。

 だが彼女の通り名といい、今のバローロの説明といい、彼女の人となりが何となく分かった。


「まぁそれに加えて、俺は魔除を手に入れたらすぐに王に献上して、近衛兵になったからな。それ以来、迷宮には潜ってない」


 ああ、それで甲冑着てんのか。

 タリスがバローロに尋ねる。


「そういやそこのデブ女が、魔素が薄くてどうとか言ってたけど、アンタも僧侶魔法使えないの?」


「その言い方だとお前も転職前の、魔法使い系の魔法が使えないようだな。その通りだ。とっさに傷が塞げないのは今でも戸惑うな」


 そこにビッグママが割り込んで来た。


「それはそうと、“騎士団”のボウヤもニンジャのお嬢ちゃんも、エルフの『耳隠し』の魔法は、かけとかないで良いのかい?」


「何だそれは!?」


 俺は思わず聞き返した。

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