第85話 ─ 思い出はいつも雨 ─…ある男の独白
「お母さん、見てこの獲物。ボクが獲ったんだよ」
「まあ、凄いじゃないミトラ」
「嘘だ! 僕が獲ってきたのを、ミトラが家の前で僕から横取りしたんじゃないか!」
「あなたはお兄ちゃんなのに、どうして自分の事ばかり言うの! お兄ちゃんならミトラに分けてあげるべきでしょう!」
「だって僕が一生懸命に……」
「ミトラは誰よりも魔力が強くて、剣も狩も最高の腕を持つ純粋なエルフなの。それをあなたが支えなくてどうするの」
「……僕の話も聞いてよ……」
ミトラもおらず、シャーロット嬢ちゃんも居なかった徒労感からだろうか。
クラガンだったモノを茫然と見つめながら、俺の頭の中では昔の嫌な思い出がフラッシュバックしていた。
いつからだったろう。
ミトラが、いつもいつも俺が手に入れたモノを欲しがるようになったのは。
そして、いつしか本当に横取りするようになったのは。
更に、最初は隠れて行われていた横取り行為が、白昼堂々と村人達の目の前でやられるようになったのは。
なのに誰もミトラを咎める事をせず、それどころかミトラを擁護さえして俺を責めるようになったのは。
──そして母親さえ、いや、母親こそが率先してそれに加担していたのは。
「父さん。たまには家に戻って母さんの相手をしてよ」
「父さんは忙しいんだ。お母さんには会いに行けないけど、お母さんの為にお前達家族の為に、色々とやらないといけない事が沢山あるんだ」
「いやだって他の家は──」
「お父さんが居ない時に、お兄ちゃんのお前がしっかり支えなくてどうする。いつもいつもお父さんを頼ってばかりではダメだぞ」
「(頼った時に助けてくれた事、一度も無いじゃないか)」
「お前はお兄ちゃんなんだ。ミトラの世話もしっかりしないとな。ミトラの才能は村中で評判だぞ」
「お父さん。お父さんは、いつも他人の物を勝手に盗ったりしたら駄目って言ってたよね?」
「当たり前だ」
「あのさミトラが僕の……」
「お前はお兄ちゃんなんだ。ミトラの世話もしっかりするのが、お前の役目だぞ。ああ、それとすまんが、この酒をお母さんに渡しておいてくれ。必ず、父さんからだって言うんだぞ」
「えっ嫌だよ、いつも僕に
「父さんが直接行けば、母さんは家に招く準備をしないといけない。大変だ。だからお前に頼んでいるんだ」
そうだ。俺がシャーロット嬢ちゃんを嫌っているのは、父親も思い出すからだ。ミトラと母親だけでは無く。
嫌な事からは逃げ回り、自分が良い気分になる事ばかりを求める享楽的な父親に。
そしてミトラ。
「兄貴、どうせオメーが頑張った所で、才能の
母親の前では見せなかった、下品で乱暴なエルフらしからぬ言葉使い。やがてそれを誰の前でも隠さなくなり、ミトラに眉をしかめる者は最初から居なかった。
長い歴史に裏打ちされたエルフの伝統と礼節とやらが笑わせる。
粗野な人間だろうが礼節のエルフだろうが、スジを通さぬ奴など軽蔑の対象でしか無い。
誠実さとは自分の言葉と行動を一致させ、認めるべきは認め、正すべきは正す事ではないのか。少なくともそう努力する事だろう。
そう思いながらも、俺の脳裏にはミトラのせせら笑いが浮かんで消えなかった。
*****
そうして、どれぐらいその場に座り込んでいただろうか?
俺はふと、スマホをチェックしていなかった事に気がつく。エヴァンから
──リーダー、そっちはもう片は付いたかい?
ざわり。
その文面を見た瞬間、俺の血が沸騰してひっくり返った気がした。よりにもよってエヴァンの所か!
エヴァンの担当は
俺は震える手でベイゼルにスマホで連絡を取った。
この手の震えは、さっきの死闘の疲れからだけでは無い。
「ベイゼル、エヴァンから連絡は来てるか? あっちが本命だったらしい。俺は今から駆け付ける」
『お前は例のあの二人と闘ったらしいじゃないか。身体もボロボロなんじゃないのか?』
「奴を……ミトラを
『だが……』
「アイツから……エヴァンから突入するとのメールが来てたのは一時間前だが……もしかしたらだ。もしかしたら膠着状態かもしれん。もしかしたらミトラを逃げるギリギリに捕らえられるかもしれん。少なくともここで黙って待つなんて事は出来ん!」
『……』
「ベイゼル、あんたが止めたって俺は行く。連絡は俺のスマホへ、電話かメールかもしくはヘリの無線に入れろ。じゃあな」
そうしてベイゼルに有無を言わさず俺はスマホを切った。そのまま軍のヘリへ足を向ける。
くそっ! 俺がメールのチェックをもっと早くしていれば……。
そう歯噛みしながら俺は、エヴァンからのメールをもう一度見返す。
──リーダー、もしそちらが早く片が付きそうだったらこっちに来いよ。状況次第だが、突入はもう暫く様子見をする。間に合う事を祈ってるぜ。
──こちらへ来るのは、ちと厳しいかな? まぁでも気にすんなよ。これでも充分過ぎるほど勝算はあるんだ。
奴の直接的な脅威は、例の火を操る能力だけだ。それを消しちまえば、残るのはただの運の良い凡人だけだ。
──オーケイ、奴を……リーダーの弟を迎撃する準備は万端だ。負ける方が難しいぐらいだぜ。
悪霊だよ、リーダー。奴の“精霊”はほぼ悪霊と同じなんだ。分かっちまえば何て事は無かった。悪霊なら浄化しちまえば天国に昇天する。
腕の良い
──どうやらタイムアウトだな。奴が降りてきた。リーダーの代わりに奴をブチのめしておいてやるよ。
アイラちゃんを取り返して、また三人で祝杯をあげようぜ。今度はリーダーの奢りで、高いスコッチを飲まして貰うよ。じゃあな。
俺が配置されている班の軍担当者に掛け合い、半ば強引にエヴァンの担当地区へ、ヘリを出させる。
どうやら、あちらの班との連絡が取れなくなっているらしい。それが最終的に、軍の担当者の腰を上げさせたようだ。
手すきになった軍人数名と共に軍用ヘリに乗り込む。
現地に着くまでの間、リボルバー拳銃の分解・手入れをしておく。先ほどの昔の思い出の
一緒に乗り込んだ軍人は、一切表情を表に出さずに目を閉じている。
流石だ。俺の拳銃整備のガチャガチャする音が、本当なら耳につくだろうに。何も言わずに黙ってくれている。
操縦士と副操縦士は、ヘリを飛ばしながらも無線で向こうの連中に呼びかけ続けている。
……未だにエヴァン達からの反応は、返ってこない。
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