第106話 “脱出”…偽りのダークヒーロー編

 ミトラは足につけたプロテクターの防御に任せて、その貝殻の破片の上を突っ切ろうとする。

 だがすぐにコリーヴレッカンが、岩塊を目の前に大量に落としてきた。

 そのたびに目の前の岩を砕く手間がかかる。

 兄へなかなか近づけず、苛立いらだちが積もる。

 せめて『鎧』がまとえればと思うが後の祭りだ。


──あの牛のバケモンだけじゃなかったのか。本当に小賢こざかしい雑魚ざこだぜ。


 空中を悠々ゆうゆうと浮かぶいかついマッコウクジラを見ながら、ミトラは苛立つ。

 ふと気がつき、先ほど岩屋を吹き飛ばした技を繰り出してみることにした。

 「気」を溜めて放出するする事で、離れた相手を攻撃できる技。

 むしろなぜ今まで気が付かなかったのだろうか?

 構えて「気」を溜める。脳裏に例の「声」が響く。


【気功砲弾:キャスト時間三秒】


 溜めが半分もいかないうちに、クジラに雷を落とされた。

 落雷の気配を感じて回避したので、当たりはしなかったが……。


【気功砲弾のキャストが解除されました】


──くそっ使えねえ!!


 マッコウクジラは上空を相変わらず悠々と漂いながら、ミトラを睥睨へいげいし続けている。

 このクジラが出てきてから遠距離でチクチクと攻撃され、全く近寄れない。鬱陶うっとうしい。

 再びクジラから殺気を感じる。

 落雷が落ちる。今度は連続だ。


 まるでカーテンのように兄との間に雷の壁を作ると、すぐさまミトラの居る場所に雷を落とす。

 一発。二発。三発。少しずつ後退せざるをえないミトラ。

 四発。五発。六発。兄との距離が離れる歯がゆさに苛立ちながらも、下がらないといけない。

 七発。八発。九発。十発。どんどん船尾に追い込まれる。



 

 その時、船尾が再び爆発して船体が大きく右にかたむいた。

 兄達から見ると左に。

 子供が、コートを切り裂いて作ったロープを手にしたままグラリとよろめく。

 兄が咄嗟とっさに子供を左腕で捕まえる。子供の身体はしっかりと確保できたが、船体の傾きが更に大きくなり兄は子供ごと滑り落ちる。

 兄は紅乙女を呼び出し、傾いた甲板に突き刺した。滑落が止まる。しかしこのままでは身動きができない。


 だが子供はその体勢で器用にロープを兄の背中を通し、自分の身体と兄の身体をくくり付けて固定した。

 叩きつける雨が容赦なく兄と子供の身体から熱を奪っていく。

 紅乙女が励ましの言葉を兄にかける。


「もう少しです。踏ん張ってください御主人様!」


「ああ分かってる、ありがとう!!」



 ミトラは近接戦総合マスターのスキルの恩恵で、傾いた甲板をものともせずに立っていた。

 その右手には、人間の背丈ほどもある巨大な魚。マグロだろうか。

 その胴体を手刀で貫き右手を真っ赤に染めている。

 船体が傾いた時、まるでミトラにその身をささげるかのように海面から跳ね飛んできたのだ。


不味まずい。やはり下等な生き物の魂では、腹の足しにはならんな”


──だが一瞬だけなら、あの『鎧』が纏えるようになった! ようやくアイツ等に近づける目が出てきたぜ!!


 ミトラは足のプロテクターの爪先を鉤爪かぎづめ状に変形させる。

 それを甲板に食い込ませながら斜めにかしいだ甲板の上を走り出した。

 その時、コリーヴレッカンが空を振りあおぐと、雲がまるでモーゼが海を割ったごとくに左右に割れていき、雨と風が止まる。

 そしてはるか遠くから、オプスレイ型の飛行体が飛んできた。



*****



 飛行体は船首のほうまで来るとプロペラを上に向けて静止した。

 胴体の横腹から扉が開いたかと思うと、ワイヤーロープが降ろされる。

 ミトラはそれを見ながら、船首へ向かって傾いた甲板を駆ける。


──あれでこの船から脱出するつもりだったのか! 逃がすかよ!!


 雲が晴れてから落雷も来なくなった。

 さっきの魚といい、チャンスだとミトラは考えた。

 だから意識がれていた。

 口を大きく広げてその奥に電気を溜め込み、雷撃のブレスを吐かんとしているコリーヴレッカンの存在から。

 

“『鎧』を纏え!”


 その言葉に反射的に『鎧』をミトラが纏ったのと、コリーヴレッカンが口から雷撃ブレスを吐いたのは同時だった。


 青白い放電に包まれるミトラを見てコリーヴレッカンは仕留めたと思った。

 だが黒焦げになった人型が動き始めたのを見て、驚愕きょうがくに目を見張る。

 コリーヴレッカンは兄に告げた。


主殿あるじどの。ようやく本当の意味で、かの者の脅威が理解でき申した。私の命に代えても、かの者を抹殺まっさつしておきまする」


「分かった。お前に任せる」


 かしいだ甲板に貼り付けになった兄のそばに、ロープがやって来る。

 兄は、戦う前に自分の腰に装着していた取り付け金具の付いたベルトへ、子供に頼んでワイヤーロープを固定してもらう。


 そして兄は、コート製のロープで固定をした子供の身体を、その上から左手でしっかりと抱きしめる。

 その瞬間、兄は一瞬だけ戸惑とまどい硬直した。

 だが子供が腕にすがり付いてきたので、思い直して力を入れ直す。

 飛行体に引き上げてもらう合図を送る前に、兄はコリーヴレッカンに叫んだ。


「コリーヴレッカン!」


「はい」


「命に代えてもなんて言うな! 必ず……必ずだ! 生きて俺の元へ戻れ!! これは最優先命令だ!!」


「……つつしんで、御拝命ごはいめいつかまつりました。主殿」


「待っているからな!!」


 兄は上に引き上げられていくと、飛行体の内部に飲み込まれていった。



*****



  兄が飛行体に回収され、無事に飛び去るとコリーヴレッカンはミトラに向き直る。

 そして、気弱な者ならショック死しかねないほどの殺意をき散らしながら宣言した。


「これでようやく全力を出せる。死ね」


 コリーヴレッカンは背中から岩塊を大量に射出。口から貝殻の破片のブレスをミトラへ吐きつける。

 岩塊と破片ブレスは、ほぼ同時に着弾。

 ミトラを襲う。


【気功衝撃波:キャスト完了しています】


 攻撃を読んでいた魔剣の指示で《スキル》を準備していたミトラは、溜めていた気を解放。

 大量のバラマキ弾を衝撃で弾き飛ばした。



 だがコリーヴレッカンはすぐに鼻先を岩でおおうと、タンカーへ高速でダイブして甲板を破壊。

 そのまま水中へ潜っていった。

 さすがにミトラも甲板に足の爪を食い込ませ、手も甲板に突き立てて振り落とされないようにするのが精一杯。


 そしてすぐに下から突き上がる衝撃。

 甲板を突き破りながらコリーヴレッカンが下から飛び出してきた。

 そのまま空中に静止したかと思えば、すぐに岩塊射出と破片ブレス。


 ミトラは激しく揺れる足場に苦労しながらも、近接戦総合マスターの能力の恩恵で何とか走ることが出来る。

 辛うじてブレスの攻撃範囲から逃れる事が出来た。


 すぐさまコリーヴレッカンの突撃ダイブ。

 先程とほぼ同じ場所に突っ込む。

 ミトラは一瞬、見当違いの場所に突っ込んだと思ったが、すぐに間違いをさとる。


 タンカーは今のダイブで二つに折れた。

 コリーヴレッカンが突っ込んだ箇所を中心に、V字型に沈む船。


──くそっ、単純な攻撃の繰り返しなのに、手が出せねえ!


 そう歯噛はがみするミトラのすぐそばの甲板を砕いて、クジラの巨体が現れる。

 コリーヴレッカンの巨体が下から突き上げ、上空に飛び上がる際の爆発的衝撃に巻き込まれ、破片と共にはじき飛ばされるミトラ。

 その時、ミトラの脳内にまた例の「声」が響いた。


【《スキル》八艘はっそう跳びが使用できます】


 その「声」が聞こえた後は、まるで当たり前のように身体が使い方を知っていた。

 ミトラは巻き上がった破片を足場にして、次々と破片の間を跳ねていき、クジラを追いかける。

 最後に空中の破片の足場を思い切り踏みつけて跳躍ジャンプすると、クジラよりも上空に飛び上がった。


 コリーヴレッカンは上空のミトラの存在に気が付いていたようだ。

 すぐにミトラへ向かって、口を開けながら首を持ち上げる。

 口内にはすでに、溜め込んだ電気の塊。


 ミトラは空中で魔剣を元の形に戻すと、大きく振りかぶる。身体ごと弓なりに反らしながら。

 そしてその状態から、全身のバネを使って魔剣を振り下ろした。

 凄まじい衝撃波がコリーヴレッカンへ襲いかかる。

 だがそれとほぼ同時にコリーヴレッカンも、ミトラへ向かっていかずちのブレスを吐き出していた。




 タンカーが沈んだ。

 しかしこの船は、退役船を非合法・秘密裏に運用していたものだった為、その事が明るみに出る事は無かった。



*****



 オプスレイ型の飛行体に引き上げられた兄は、ドサリと床に仰向あおむけに倒れ込んだ。

 左手首からの出血と雨による体温低下で、顔が蒼白そうはくだ。

 乗組員がナイフで、子供と兄を結んでいたロープを切断する。


 解放されたエルフの子供は、慌てて起き上がり兄の顔を心配そうにのぞき込む。

 薄汚れていた顔が雨に洗われ、せこけているが整った顔を見せている。


 兄は子供に顔を向けて薄く微笑んだ。

 そして右手の示指で自分を指差して、兄は子供に言う。


「マロニー」


 続けて子供に向かって指差す。

 物問いたげな表情を作って。

 子供はしばらくその指をながめていたが、兄の意図に気が付きおずおずと答える。


「……ブラン」


 そう言うと子供は……いや、ブランと名乗ったエルフのは、兄の右手に縋り付いて泣き出した。



 コリーヴレッカンは戻らなかった。

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