第67話 ─ 何十年先も 君を友達と思ってる ─…ある男の独白

「おいリーダーどうなってるんだよ、“騎士団”の雰囲気がおかしいと思ってたけど、なんか妙な連中がって、ベイゼル司令……じゃない支部長!?」


 俺の予想通りにエヴァンが隠れ家セーフハウスにやって来てくれた。こういう時のエヴァンの危機察知能力はさすがの一言以外に出てこない。

 俺はギョッとするエヴァンに感情を込めずに言った。


「ズラかるぞエヴァン。もう“騎士団”には居場所が無くなった」


「は!? 急に何を言い出すんだよリーダー! ズラかるったってアイラちゃんはどうするんだよ!?」


「ミトラだ。ミトラの野郎だよ! アイツもこの世界に来てやがったんだ!! もうここもアイツに全部盗られた!! シャーロット嬢ちゃんと組んでやがったんだよ!!」


「そんなことより、!!」


 エヴァンが俺の胸ぐらを掴んで揺さぶる。

 俺は言葉に詰まった。アイラの事をどうエヴァンに告げるべきか。

 だがこれはベイゼルが助け舟を出した。


「アイラはシャーロット代理代行……いや、もう団長か。シャーロット団長の派閥に取り込まれた」


 エヴァンはその言葉を聞いて、ポカンとした。エヴァンのその気持ちは、痛いほど分かる。

 だが俺はエヴァンの手を振り払い、そして奴の胸にこぶしをドン、と当てた。

 そして歯を食いしばるような気持ちで、言い含めるような話し方で告げる。


「アイラは、彼女は……ミトラに獲られた。彼女はもうミトラの……弟の女だ……!!」


「なん……なんで? 最後にアイラちゃんと別れてから……あの街でリーダーに付いて行ってから一週間も経ってなかったんだぜ? なんで突然現れた男なんかに……」


 一つだけ思い当たる可能性があった。アイラの……いや、女の気持ちを上手く利用するアイツがやりそうな事を。だが言いたく無かった。アイラの人生をを否定するような気がしたから。

 ベイゼルがエヴァンの肩に手を置いた。


「男と女の関係は……特に肉体関係が絡むと理屈では割り切れない事がたくさん起こる。百人が百人とも最低なゲス人間だと断言する相手に一目で恋に落ちて、身も心も全て捧げて破滅するようなことも、な」


 これは、ベイゼルがワザとこう表現して、エヴァンの気持ちを諦めさせようとしているな。

 あれはアイラがミトラに惚れたとかそういった感じじゃなかった。無理矢理に肉体関係を作られたような──。

 いや、そんな謎当てクイズは後回しだ。この街から脱出することに専念しなければ。

 俺もなるべくエヴァンを突き放すように言った。今はとにかく冷静になってもらわねば困るのだ。


「さあ、分かったなら脱出の準備だ。グズグズしてる暇はねえぞ。……武器はもう上に没収されてるよな。路銀は持ってるか?」


「あ、ああ。普段持ち歩いてる現金ぐらいなら手元に」


「今後はそれだけしか使えないと思え。カードは基本足が付く。ベイゼルは?」


「私もエヴァンと似たようなものだ」


「そうか」


 俺は、そこら辺に無造作に平積みしていた大量の本の中から、一冊の聖書を取り出し埃を払う。

 本をパラパラとめくって、挟んでいた紙幣を取り出しベイゼルとエヴァンに渡す。

 そして別の本を取り出し開く。中身はくり抜いてあり、その中にリボルバー拳銃が一つ。


「ベイゼル、射撃に自信は?」


「多分、勘が鈍ってると思う」


「じゃあエヴァン、お前が持て」


 エヴァンに弾と一緒に銃を渡す。

 受け取ったエヴァンは俺に聞き返す。


「これリーダーのだろ? なんで俺に?」


「俺は木の枝でも鉛筆一本でも人を殺せる武器に出来る。お前は出来ないだろう?」


「分かった」


 次に俺は二人を別の部屋に誘導した。

 その部屋に敷かれている絨毯じゅうたんをめくり、更に床板を剥がす。あらかじめ釘を抜いてあるので簡単にめくれる。

 そこには地下へ降りるマンホールの穴がポッカリと開いていた。

 それを見て、エヴァンまでもが呆れたように、さっきのベイゼルと同じようなセリフを吐いた。


「いったいこの街に、いくつの仕掛けを施してるんだよ、アンタ」


「うるせえ、俺も本当に使う日が来るとは思わなかったよ」


 返答する俺のセリフも同じようなものだった。



 地下に降りて俺達は下水道を進む。下水道を抜けた先は、街外れの森の中だった。

 ベイゼルが感心したように呟く。


「あの下水道が、こんな所に繋がっているとは……」


 エヴァンもここに来るのは初めてだった筈だ。案の定、エヴァンもキョロキョロと、周りを物珍しそうに見渡していた。


 こんな状況でなければ、二人に自慢の一つもしているところだが、生憎と今はそんな余裕は無い。

 俺はズカズカと目的地へ向かいながら二人に声を掛ける。


「無駄に観光してるひまはねェぞ。こっちだ」


 時々ここへ来て整備はしておいたが、アレは上手く動くだろうか。

 そうして目的地へ着いたが、後ろの二人には何でこんな所に来たのか、サッパリ分からないだろう。

 俺は森の中のひときわ低木や枝が生い茂っている場所に向かう。

 エヴァンが訝しげに俺に話しかける。


「おいリーダー、なんだってこんな所に……あれ? この茂みは……」


 さすがにエヴァンは気付いたか。

 俺が低木の切り枝や落ち葉を取り払うと、カモフラージュして隠していた小さな車庫が現れた。中には小さな自動車が一台。


「うわぁお、こんな所にまで。しかしなんだ、エルフと森の取り合わせは割と自然だけども、それプラスこの自動車だと妙な感じだな」


「うるせえな。魔法が使えないエルフもどきが、見た目なんて構ってられるかよ。ほら、運転頼むぜ、リボルバーよこせ」


「へいへい」


 エヴァンは俺の右手に拳銃を置くと、自動車の運転席に潜り込む。

 俺はサンバイザーの所に隠してあった鍵を取り出し、エヴァンに手渡すと尋ねる。


「一応、月イチで整備はしてあるが、行けそうか?」


「油の臭いも変な感じしないし、日本車だし、大丈夫だろ」


「そうか、よしじゃあ出発しよう。ベイゼルは後ろの座席に乗ってくれ」


「分かった」


 その時、俺達の後ろから声が掛けられた。


「やはりここだったか。先回りとまでは行かなかったが、何とか間に合ったな」


 その声に慌てて振り返ると、そこにたたずむのはエヴァンよりもガタイの良い大男が二人。


「バフ、クラガン……」



*****



「幹部の使う正規の脱出ルートなんざ使う訳ねェと思ってたが、案の定だぜ。俺達はこの街で生まれ育ったんだ、お前以上に鼻が効くんだよ、この街に関してだけはな」


 バフが感情を込めずにそう言った。

 二人は厳しい表情で俺達を睨む。だがその眼には、迷いと戸惑いの光が宿っている。

 むしろ、迷いと戸惑いを抑えつけるが為の、表情の厳しさなのだろう。

 俺は、分かりきった事だと思いながらも、ついバフに尋ねた。


「俺達を拘束するのか?」


「お嬢様……いや、団長の命令だからな」


「こんなに急に、お前達はおかしいとは思わないのか?」


「命令に疑問を持つのは良い。それを上司にぶつけるのも構わない。だが、命令はとどこおりなく実行されなければならない。軍隊に限った話じゃない。どんな組織でもそれは基本だ」


「反主流や非主流を認めない組織は、短期的には強いが長い目で見たらもろいぜ?」


「知ってる」


 俺はため息をついた。そして話の切り口を変えてみる。


「なぁ、表向きはともかく、俺達はそれなりに上手くやってきたよな?」


「そうだな」


「お前達はどう思ってるか知らんが、俺はお前達を友達だと思ってる」


「俺達も、バーボン好きに悪い奴はいないと思ってる」


「何度かバーボンを奢ってやった事だってあったよな」


美味うまかったよ」


「なぁ、だったら……」


 だがその俺のセリフをさえぎり、バフは冷たい声で断言した。


「見つけた以上は報告を入れる。そうしたら他の所を探してる人間がむらがってくる。逃げられねェぜ。だからよ」


 バフはクラガンの方を向いた。そして二人はうなずき合う。


「このあと十分後に上に報告をする。いま俺達は、まだお前達を見つけてはいない。

……分かったな? それが今、俺達が出来る精一杯のお前への友情だ」


「今までの俺達の友情の価値は、わずか十分程度だってことか」


「だが今のお前達にとっては何物にも代えがたい、喉から手が出るほど欲しい十分のはずだ」


「全くだな」


 二人は両脇に下がって、俺に続けた。


「アイツはヤバい。お前が口酸っぱくして言い続けていたのが良く分かった」


「でもまさか俺も、アイツまでこの世界に来てるとは思ってなかったけどな」


「お前からあんだけ散々聞かされていたのに、ついうっかりアイツを認めてしまいたくなる。アイツのやる事なす事全部正当化して受け入れたくなっちまう」


「……」


「今はお前達だけが頼りだ。“騎士団”を取り戻すにしろ、ぶっ潰すにしろ、ベイゼル支部長を旗印にしないとな」


「……ああ」


 そしてバフは少し迷った後、ふところから大きなノートサイズぐらいある封筒を取り出した。厚みも結構あるな。

 それをバフは俺の手に置いた。

 中身は機械か何かか? 重さも結構ある。


「それから、これをお前の弟から預かっている。必ず見つけて手渡せ、だとさ。さっきの幹部会を見た感じで判断する限り、ロクでもない代物だろうけどな」


 そう言ってからバフは、顎で車庫の先の道を指し示す。


「さあ、そろそろ本当にもう行けよ。グズグズするな」


「ありがとうバフ、クラガン」


 自動車に乗り込む俺達に、今度はクラガンが声を掛けてきた。


「さっきの約束はまだ有効だぜ! で俺と相棒の二人分だ! 七面鳥のバーボンの高いヤツ、今度俺達に奢れよ!!」


「ああ、約束だ! 必ず奢るよ!!」


 俺はエヴァンに合図を送る。

 エヴァンはすぐにキーを回してエンジンを始動させ、サイドブレーキを解除するとアクセルを踏む。

 自動車が動き出した時にバフとクラガンは軽く片手を上げてくれた。



 俺はバックミラーで二人の姿を見続ける。

 二人は姿が景色にまぎれて消えるまで、ずっと俺達に背を向け続けていた。

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