第28話 「そんなの聞いてません」…えんじょい☆ざ『異世界日本』

※第22話の続きになります。



*****



「あ〜しんどいわ〜〜〜〜」


 今日も今日とて混み合った電車で帰るのツラたんよ。次に止まる駅で、座席が空かないかしら。資格取るための専門学校通いだるだるですぅ〜〜〜。


 え? 言葉遣いが古いって? ……現代語って難しいですね(泣)


 こんばんは皆様。皆様の親愛なるアイドル、クラムチャウダー・シラタマゼンザイ・アーリオオーリオです。


 名前長いからクラムって呼ばれるようになりました。


 表向きの名前は“倉持くらもち 亜梨子ありこ”という事になっています。


 あのあと、日本語の勉強という名の地獄の特訓で、日本語をようやくマスターしたワタクシ。

 終わったヤッター! と喜んだ私にビッグママさんもニッコリ笑ってくれました。


「じゃあ次は資格を取っていこうかね」


 私は枕を涙で泣き濡らした。


 日本語をマスター出来たことは、本当に素敵な事でした。世界が広がった感覚が凄い!

 向こうの世界でも、もっと勉強した方が良かったかなぁ……。


 文字が読める理解出来るって楽しい嬉しい!


 新聞読めるし、ウスイ・ホン読めるし、テレビのテロップ読めるし、漫画読めるし、ウスイ・ホン読めるし、小説読めるし、ラノベ読めるし、Web小説読めるし、ウスイ・ホン読めるし。


……誰ですか、凄いスピードで腐っていってるなんて言うのは!


 そういえば、ラノベやWeb小説では、異世界に転生した主人公がチート能力を獲得して、八面六臂の大活躍をするのが主流な物語なんですよ。


 この前それに気づいた私、何日か前にやってみたんです。ほら私って異世界から来たわけで。

 ドキドキしながらコッソリ言ってみました。


「ステータス!」


「ウィンドウ!」


「ナビゲーション・オン!」


 いくら待っても何も起こらなかった。

 私は枕を涙で泣き濡らした。


 くぅっ、私の解放された心の邪気眼が今夜もうずくぜ。


「ほら、邪気眼とかバカな事を考えてないで、降りるぞ」


 通学の行き帰りに、警護がてら付いて来てくれているミトラさんからツッコミが入る。

アイエエ! ナンデ? 厨二病見抜カレルノナンデ!?


「なななななな何でそんな私の妄想が分かるんですかミトラさん!」


「下向いてブツブツ呟いて、時々ニヤっと悪そうな顔で笑っている時は、ほぼ百パーセントそれだろう」


「ぐぅっ!」


 完全論破完了。後で枕を涙で泣き濡らしましょうか。シクシク。


「そもそも、お前のチート能力はその胃袋だろう」


「これは向こうの世界からの元々です!」


「……お前、何で向こうの世界を滅ぼせなかったんだ? 食料を食い尽くせば簡単だっただろ」


「私は世界を憎む大魔王なんかじゃありません!」


 何で食べ物を美味しく食べられる事が、そこまで奇異に見られなければならないのか。美食は正義ですよ! プンスカ。


「何事も限度というものがある。普通の一人暮らしは、業務用の単位で食材を調達することはしない」


「えー。だってこの冷凍スライスピーマン、五百グラムが百五十八円ですよ? こっちのスライスタマネギだって同じ五百グラムで百十八円だし。まとめ買いする方が安くつくじゃないですか〜」


「……で、その買い物カゴに山のように入っている量で何日保つんだ」


「二〜三日は保ちますよう。他にストックしてるのが沢山ありますから」


「……はぁ」


 溜め息ばっかりつくと幸せが逃げますよ、ミトラさん。

 駅を降りた後で、近所の業務用食材を扱っているスーパーに寄って食材を買っておく。


 冷蔵庫と冷凍庫を見た時は、本当に衝撃的でした。

 ビッグママさんが言っていた、魔法が科学で代替されているって話が、凄いリアリティで目の前に鎮座してました。


 魔素も殆ど無い、水や氷の精霊も居ないのに、こんな芸当が出来るなんて!


「あ、そうそう昨日作り置きするつもりで作った筑前煮。ちょっと流石に作り過ぎたかなーって量なので、少しおすそ分けしますね。ちょっとココで待ってて下さい!」


 私が現在住んでいるアパートの入り口に来た時に、私はミトラさんに言った。


 ビッグママさんに言われているからとはいえ、毎日毎日、私を送迎してくれるから、たまにはお礼をしないとね。

 エルフは義理堅く、忘れやすくが私のモットー。ちなみに今この言葉を思いつきました。


 ミトラさんの返事を待たずに部屋に駆け戻り、相部屋をしている同居人を起こさないように気をつけて中に入る。

 冷蔵庫に事前にタッパーに詰めて放り込んでいた筑前煮を手に取ると、入り口に戻った。


「はい。お口に合わないかもしれないけど」


「あ? あ、ああ……」


 少し戸惑い気味ながらもミトラさんは受け取ってくれた。よしよし、第一関門突破。


「あと、その剣。今みたいに布でくるんでいるだけだと野暮ったいし、まだ目立ってますから。

 今度ゴルフバッグみたいなの、布生地で作ってみますね」


「ああ……。銃刀法違反が見つかる可能性も減らした方が、確かに良いか」


「これから百年か二百年か分からないけど、顔を突き合わせる事になるだろうから。

 少し遅くなったけど挨拶代わりに」


「は? 何を言ってるんだオマエ。この世界だとエルフは百五十年ぐらいしか生きられないんだぞ?」


「なんですとっ!?」



*****



「おや、それをまだ教えてなかったかい?」


「聞いてません!」


 週末の学校が休みの日に、この前ミトラさんから聞かされた衝撃の事実……寿命の大幅短縮化の事をビッグママさんに聞きに来ました。


 このアジトと入り口は魔術的につながっているので、定期的に入り口を変更しているらしい。というか、入り口を定期的に変える為に魔術で繋げるようにしたんだとか。


 その事をすっかり忘れて、以前に入った場所に行ったら、ただの空き部屋だったのでかなりパニくった。……まぁ今回は変更先が、歩いて行ける範囲だったのでまだマシだったけど。

 場合によっては東京や北海道とも繋げる事もあるんだそうな。


 いやいや、そういう事じゃなくて。


「私、花の百八十歳なんですよ!? どうなってるんですか!?」


「ほー。確かアンタん所のエルフは大体寿命が一千年ぐらいだったかい? じゃあ多分アンタは十八歳ぐらいの換算になるね」


 あ、なるほど大まかに十分の一で計算したら良いのか。

……いやいやそれも大事だけど、そういう事じゃなくて。


「普通、異世界に転生したらチート能力やなんやかんやの特典が付くはずなんでしょう!? 何で逆にこんな特大のデメリットが付いているんですか!」


「知らんよ。この世界に来たらみんなそうなっちまうんだ。

 それに他の世界のエルフの寿命だって色々なんだよ。平均寿命が二百年とか三百年のエルフだって珍しくないんだ。

 だから世界が面倒臭がって、一律にそうするように決めたんじゃないのかい? 知らんけど」


「くぅぅ。だったらせめてチート能力の特典欲しかった……」


「漫画やドラマじゃないんだから」


 いえ、知識の出どころはライトノベルやWeb小説です。面白いよ。

 ほらそこ、この話もWeb小説じゃんってメタなツッコミしないの!


「中にはメリットを受けてる子もいるんだけどねぇ。タリスとか」


「え、なにそれズルい」


「あの娘の世界だとエルフもドワーフも人間と同じ寿命だったらしいからね。寿命が伸びたって喜んでいたよ」


 タリスさんの世界ってどんだけ過酷なんですか! 裸の状態が一番能力発揮出来ることもアレだけど!


「まぁ逆に寿命が長すぎるのも、この世界じゃデメリットが大きいからね。

 寿命の長さが目立つと不老不死を望む人間に狩られて、人体実験されて滅ぼされるんだよ」


 ふと、遠い目をしてビッグママさんが呟く。私は最初の頃に、ママさんに言われた事を思い出した。


「あの、ママ。前にユダヤ人のホロコーストの話をしてくれたのって……」


「そう、あれはユダヤ人だけの話じゃないんだ。私らエルフも対象だったんだよ。他に、ロマニ共とかもやられてるしね。

 私らの場合は、さっき言った不老不死の研究のためだったけど。おかげで拠点を、ヨーロッパから極東の日本に移さざるを得なかった」


 なんだかママさんが凄く疲れた様な感じになって、ひとまわり小さくなった気がした。


「まあ今は医学が発達したおかげで、人間の寿命も随分と伸びた。

 この日本でなら百歳の年寄りなんて、今やそんなに珍しい存在ではなくなっているからね。かなり誤魔化しやすくなったもんさ」


 さて、とママさんが手をパンと鳴らした。気分を入れ替える為っぽい。まあ湿っぽい話を長々としても仕方がないもんね。


「寿命が短くなったのなら、その分凝縮した人生を送るしかないさ。ボヤボヤしてる暇は無いよ。それこそ人間様を見習うこと!」


「いのち短し食せよ乙女!」


「ちがう!」



*****



 そしてビッグママさんの所からの帰り道。

 私の住んでいるアパートの近くの歩道の所で、所在無さげに立っている女の人が見えました。

 通りがかる人に何か話しかけています。


 わ、すごい格好。


 背中と脇がザックリ開いた青いパーティードレスみたいな服を着てますね。

 身体の凹凸がハッキリした、セクシーでダイナマイト(死語って言うな)な黒髪ショートお姉さんです。

 左の頭にリボンが付いてるのがワンポイントですね。


 コスプレにしても、こんな場所でやる事ではないので、私は関わらないように側を通り抜けようとしました。


 その時、聞こえちゃったんです。聞こえなくても良かったのにな〜。いややわぁ。


「“あの、すみません。ここは一体どこなんでしょうか。あ、すみません、宜しければお話をお願いします”」


 バッチリ私の元いた世界の言葉ですよ!

 私はよせば良いのに、久し振りに聞いた元の世界の言葉に、思わず反応してしまったのでした。


「“貴女のお名前は何と言うのですか?”」


 身体の凹凸がハッキリしてるお姉さんは、みるみるうちに、心の底から安堵した顔になった。このお姉さんオッパイ結構大きい。


「“ああ、ようやく話が通じる方が……。

 私は、私の名前は、フェットチーネ・ペンネリガーテと申します。魔法師です”」


 そう言ってオッパイお姉さんは、私に名前を教えてくれました。



 あれ? このオッパイさん、エルフじゃなくて人間!?

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