第94話 ─ 君が思うよりずっと僕は君が嫌い ─…ある男の独白

「そこに居るのは、兄貴……か!?」


 その声は砂埃の向こうから聞こえてきた。

 相棒と俺様は慌てて入れ替わる。

 砂埃が落ち着いてないので、まだお互いに姿を確認できる状態じゃあない。

 魔物も砂埃が無くなる前に、煙をあげながらすぐに蒸発した。


 相棒と入れ替わった俺様は、顔の前を手であおぎ、砂埃を払っている。

 砂埃が晴れると、ミトラが怪訝な顔で立っていた。


「マロニー? 何でオメーが……。いやそれよりも、今ここに誰か居なかったか?」


「砂埃でよく分からんかったが、多分俺様だけだったと思うがな」


 そんな俺様の言葉を聞いた風も無く、ミトラは周囲をキョロキョロと見渡す。

 その後、俺様の顔を訝しげに睨んできた。


「このゴミと兄貴を間違えた? まぁ、ゴミ同士で間違える事はあるか」


 何かムカつく納得のされ方をした。

 相棒も、感情を抑えているが腹を立てているのが分かる。

 そしてミトラは俺様に訊ねてきた。


「ところで埃でよく見えなかったが、出た魔物はそこそこ強力な感じじゃなかったか?」


「さあな。必死で退魔銃を撃ってたら倒れた。俺様が倒せたんだから大したヤツじゃなかったんだろ。それか当り所が良かったか」


「ふーん。ま、確かにオメーの言う通りだな。オメーみたいなゴミムシがつええ魔物をマトモに倒せる訳がえか」


 ミトラが俺様に偉そうにそう言った直後、何かに気がつく。

 俺様がミトラの視線を追っていくと、建物の壁に張り紙が二、三枚。

 そのうちの一番新しい紙を見た時、再びドキリとした。


 そこに貼られているのは、この男の……いや、俺様の顔。賞金首の手配書だった。

 ミトラはのんびりとした口調であざ笑いながら言う。


「ははは! 何だ兄貴、テメーがお尋ね者になっちまってるじゃねえか。俺様に逆らうから天罰が下ったんだな」


“国家反逆罪の割に賞金額がかなり少ない。ベイゼルが……俺の元上司が頑張って抑えてくれたんだな”


 ひたすら自分の兄を馬鹿にしてこき下ろすだけのミトラと、冷静に状況を分析・推測する相棒

 どう考えても、勝ち組と負け組が逆だとしか俺様には思えなかった。


「なあそう思うだろ、マロニー?」


 突然、馬鹿笑いしながら急に話を俺に振り、ミトラがこちらに向き直る。

 一瞬、既に分かっていて当てこすりで笑っていたのかと身構えた。

 だが違った。ミトラは再び紙に視線を戻すと、笑い続けながら言う。


「はははははは! マロニー、オメーも俺に逆らうと巡り巡って、こんな風に落ちぶれるからな、覚えとけよ。ははは!」


 馬鹿笑いしている無防備な後ろ姿を見て、ある不穏な考えがよぎる。

 ほぼ同時に、相棒も全く同じ事を考えていた。


──“今なら、銃で撃ったられる”


 身体が自然と動き、ミトラの後頭部へ銃を突きつける。

 そしてトリガーを躊躇いも無く引いた。


 ガギン!


 妙な音が手元から響き、見ると退魔銃が動作不良ジャムを起こして弾詰まりしていた。

 その音に気が付き、ミトラはまたもこちらへ振り返ると、俺様の手元の銃を見る。

 見る間に怒りが顔に満ちるミトラ。


「あぁ!? なに舐めた事してやがんだテメー!!」


 右の裏拳が顔面に飛んできた。

 咄嗟に両手でガード。

 防いだと同時に、下へ手を下ろして腹部をガード。ガードの上にミトラの蹴りが飛んできた。

 俺様の身体が、まるでミトラの攻撃が分かっているかのように動いて防いでいく。


 だがミトラが更に表情を歪めて一瞬攻撃を止めたかと思うと、突然動きが変わった。

 こちらのガードをすり抜けて攻撃を当ててくる。やたら動きが良くなった。

 相棒の呻くような思考が伝わってくる。


 “元の世界と同じだ。あの一瞬止まる時に何か秘密があるんだろうが……!”


 やがて顎を打ち抜かれて地面に倒れ、そこへ更に腹を蹴られた。

 腹の中のものが地面にぶち撒けられる。

 ミトラはその吐瀉物を避けると捨て台詞。


「ケッ、俺に銃なんざ効かねえよ。今みたいにジャムるからな。ゴミムシの分際で身の程を知りやがれ」


 そう言って地面に転がる俺様に唾を吐き捨て、ミトラは行ってしまった。

 俺様はヨロヨロと立ち上がると、服の袖でミトラの唾を拭う。


“……怪しまれない為に……黙ってたけど……アイツはフェイントに……弱いんだ……”


──怪しまれても良いから……早く言えよ。


“……まあ次回の参考に……痛てて……してくれ……ってー。痛みもある程度共有かよ”


 やれやれ、だ。



*****



 この街の上層階級が主に住んでる住宅街。

 その中の小さな一軒家がシャーロット・ポートの家だ。

 小さな離れも建っている。


──この街に滞在している時は、シャーロットはあの離れに昼間は大抵居る。カウンセリングの真似事をしているよ。


“あのシャーロット嬢ちゃんがカウンセリング? 大丈夫か”


──真似事だからな。やってる事は怪しいセミナーへの勧誘からの、自分の主催する宗教団体に加入させる事さ。


“宗教団体? “騎士団”か?”


──何だその組織。そんな名前じゃなかったな。


“自前で既に宗教団体作ってたのかよ、あの嬢ちゃん……どんだけお山の大将が好きなんだか”


 俺様達は、動作不良ジャムで使えなくなった退魔銃を何とかしてもらう為に、シャーロットの元へ来たのだが……。

 遠くそのシャーロットの家が見えたかと思うと、母屋の玄関が開けられた。

 さりげなく立ち止まって様子を伺う。


 出てきたのは、この街のボス。

 そうか、今日はコイツが来る日か。


 気のせいか少し乱暴な歩き方をしている気がする。

 すると玄関からシャーロットが慌てて飛び出して来た。シャーロットはボスに縋り付くが、ボスに邪険に払われる。

 何度か同じ行為を繰り返すが、やがてシャーロットが諦めて蹲り、ボスはそのまま乱暴な足取りで俺様達とは逆方向に歩いて行った。


──どうやら不味い状況に出くわしたみたいだな。


 俺様は遠巻きにその修羅場を眺め、相棒にそう考えを伝える。

 だがいつの間にか身体の主導権を相棒が握り、遠く去っていくボスをいつまでも見つめていた。

 足が勝手に動いて、シャーロットに近づいていく。


──おい、どうした相棒!? おいって!!


 シャーロットのそばまで来た時に、俺様の思考にハッと我に返る相棒。

 すまん、と俺様に伝えて奥に引っこむ。

 何だったのだろうか。ボスをひたすら見続けていたが……。但し、あまり良い感情を相棒は持ってはいなかった。

 ミトラ以外にも仇が居たのだろうか?


──何だったんだ?


“分からん。もう少し調べてみないと何とも言えん。それまでちょっと待ってくれ”


──それ、映画だとせっかく真実掴んでも、口封じに殺されて闇から闇へ葬られるパターンだぜ。


“それでも、だ。待ってくれ”


──ふぅん。まぁアンタがそこまで言うんなら、任せるよ。


 足元で気配がする。

 見下ろすと、シャーロットがノロノロと俺様を見上げていた。涙で化粧が崩れて、せっかくの美人が酷い顔だ。


「あんたは……マロニー!? 何でこんな所に!」


 泣きはらした顔が、一気に怒りの形相に変化する。

 うめくように独り言ちた。


「よりにもよって、アンタなんかに!」


「い、いや俺様は……」


 シャーロットは俺様の話を聞きもしないで家に駆け戻る。

 雇っている専属ハウスキーパーの名前を呼びながら。


「カリラ!? カリラ!! 家の前にゴミが落ちているわ!! 掃除しておかないと駄目じゃない!! 本当にグズね!!」


 シャーロットは家の中に入る。

 中でシャーロットがヒステリックに叫びながら、何かをバシンバシンと叩く音が聞こえた。


 やがて、家の中から一人の小柄な女が出てきた。パッとしない冴えない顔立ちの、白人。

 彼女は頭から水を被って、紙屑やホコリもくっついている。

 シャーロットにやられたか。


 その冴えない白人女で、シャーロット専属のハウスキーパーであるカリラは、俺様の元へやってきた。

 そして言いにくそうに話す。


「あのう、マロニーさん。申し訳ありませんが、この家の前から移動してもらえませんでしょうか?」


 そう言ってから、専属ハウスキーパーとは名ばかりのシャーロットの奴隷、カリラは俺様に頭を下げた。

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