第3話「剣、投ぜし」
連れ去られた女性たちに対し、どのような感情を抱くかは人それぞれだろう。今日、剣士が連れてきた女は、身なりこそ粗末なままであったが、それなりの生活ができているのは確かだ。命も繋げられているし、手荒れも見えなくなっているのだから、恐らくは肉体労働もあるまい。
だが
子供とも夫とも引き離された彼女を、「村にいるより肉体的に楽」だと見るか、「村にいるより精神的に辛い」と見るか――まぁ、概ね村人の考えは、後者だ。
母から娘へと受け継がれるという
剣士たちは領主の近衛兵だ。無論、正妻がいる。
ならば娘に精剣が引き継がれた後、女たちがどんな境遇になるか、また生まれたのが娘ではなく息子ならばどうななるのか、その全てに悲観的な未来しか見えてこない。
――さて
そう考えながら
「起きていますか?」
エルがノックする音だった。窓から差し込む光は柔らかさすら帯びる前。まだ寝ていてもいい時間であるはずだが、フミは身体を起こし、ドアに手をかける。
「何かありましたか?」
ドアを開けるフミへ、エルは顎をしゃくって窓の外を指す。
窓の外では、
――本日、精剣を
最後尾の馬車は囚人でも護送している空の様、今夜、精剣を宿らされる女たちが乗せられている。
「……」
騒ぐ声も上げられない程、その光景の衝撃は大きい。
ただ一人の例外は、階下から駆け上がってくる少年だ。
「旅人さん!」
少年の顔を真っ青にしているのは、先程の馬車にあった母の姿か。
「母さんが、今夜……」
もう母親が帰ってこられない――それどころか、人らしい扱いをされなくなる事が分かっていた。
怒りもあり、悲しみもあるが、涙すら出てこない。
既に絶望は蔓延している。
それでも諦められない心が、少年を昨夜、自己犠牲を払ってくれたフミへと向かわせた。
「……」
フミは黙って少年の頭に手をやると、少々、乱暴に髪を撫でる。
「
紡がれる言葉は、
「最後まで諦めなければ、道は絶対に
「……」
少年が顔を上げると、そこにはフミの笑みがあった。
その笑みと共に言う言葉は――、
「私たちが助ければいい」
フミ以外の者が口にすれば、正気を疑ったかも知れない。
しかしフミの笑みには不思議な力があり、正気を失ったのでも悪い冗談でもない事が分かった。
「でも……、どうやって? 領主の元には、あれだけの剣士がいて……中でも、昨日、来た奴のプロミネンスって精剣は、ドラゴンやギガンテスでも斬り捨てるって……」
助けてほしいと願っていても、少年の心にも絶望は巣くっている。昨夜、店にやって来た剣士が持っている精剣は、かなり格の高いものだった。
「……」
フミは少し首を傾げるが、それだけ。
「大丈夫ですよ」
その言葉にも、不思議な説得力があった。
「みんなを助けようとする勇気があるなら、それで十分ですよ」
その笑みを浮かべたまま、顔はエルの方へ。
「エルさんも、協力していただけますか? ファンさんも」
「ええ。私にできる事があれば」
エルは頷いた。
***
遺跡の警備は厳重であるが、それは普段の話だ。
今日ばかりは、あんな宣伝をしてまで、村人たちに女たちが精剣を宿す様を見せつけるつもりである。
――正面からでも入れるはずです。
フミの読み通り、あっさりと少年を連れたまま通る事ができた。
絶望が広がった村人も、皆が皆、自宅に引きこもっていられる訳がない。柵で区切られている寸前まで、村人は押し寄せていた。
――ここへ来られる領民は皆、来ているな。
周囲に視線を巡らせるフミの耳へも、馬車の車輪が地面を噛む音が響いてくる。
「退け! 領主様のご帰還だ!」
――領主!?
ざわめきが起こる。
しかし領主が乗った馬車は窓すら開かず、重臣が前へ進み出て書を広げるのみ。
「聞け!」
重臣の声は一層、よく通った。
「我々の頼りにしていた国は乱れ、経済、治安に深刻な影響が出ている。街道は夜盗、魔物が溢れ、そのためやむなく剣士の育成を急いだ」
筋は――まぁ、一見しただけならば――通っている。
「これは全て、領民のためである! この決断に、残念な事であるが逆らう愚かな村があった。我々はやむを得ず、その村に厳罰を与えると共に、新たな精剣顕現の儀式を執り行う!」
引き出されるのは、村の女たちだ。
今から、その女たちに宿される精剣は、全て村人への厳罰――恐らくは処刑――のために使われる。
「――!」
皆一様に息を呑まされた。
母がいる――。
娘がいる――。
姉妹がいる――。
村人の叫びは、声にもならない。
いや――声になった者が一人、いる。
「よせ!」
フミの隣にいた少年だ。
懐に隠していたのは、酒場で肉を
それを構え、柵を跳び越えて突き進もうとする。
「!?」
脇に控えていた剣士が身構え、同時に自分たちの精剣を抜こうとするも、それにはタイムラグが大きすぎた。
――そうだ。剣士が何だ! 最後まで諦めて
フミにいわれた「勇気」を振り絞り、震える右手を左手で押さえて牛刀を握って駆け込む。
そんな光景を、重臣は目を細めて見下ろしていた。
「……これも、領主様の御意志なのか?」
牛刀など、近衛兵の囲みに対して何の役に立つというのか。
一度は振るえた。
最も端に立っていた兵士の膝に突き刺さったが――それまでだった。
「抜剣!」
女の嬌声を切り裂き、剣士たちの怒声が響く。女たちは意識を消され、身体を剣へと変えられる。
「縛れ!」
剣士のかけ声と共に、精剣から伸びる魔力が少年の身体を捉えた。
――!?
何が起きたのか分からなかった。ただ全身から力が抜け、また手足に不自然な重さを感じさせられた。前へ行こうと足を動かしても、地面を踏んでいる感触が怪しくなり、簡単に
「!」
少年の眼前に突き刺されていく精剣は、全て少年の身体を掠める程度であったが、心を奪うのには十分な効果を示す。
「ここへ連れてこい! 儀式の前の血祭りにあげてやる」
重臣の怒声が飛んだ。
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