第53話「遠き山に日は落ちて」
牧場主、牧童頭、オークが討たれてしまうと、後は事後処理とでもいうべき状態になる。
牧場を管理する者と、その中心にいる者がいなくななるのだから、村人側の勝利だ。
建物を破壊する事と、迎え火によって消火すれば、後は事の発端となった土地問題だけ。
だが話し合いを始めた村人を横目に、ファンはホッホを連れたインフゥ、娘と再会したコバックの四人を振り向く。
「……逃げるッスかね」
厄介ごとが起きる予感があった。
「ふっざけんな!」
勝者であるはずの村人側から、そうとは思えない殺気立った怒声が発生したのは、その直後である。
顔を突き合わせて広げているのは地図だ。
「だからなぁ! ここからここまでは、俺の土地だったはずだろうが!」
牧場主が不当に収容してきた土地を元通りにする話し合いなのだが、まるで話し合いになっていない。
「違うだろ! 欲かくんじゃねェ!」
元通りの
「この辺りは、大概、俺と俺の女房が切り拓いたんだよ! 間違うか!」
誰が開拓したかは重要であるが、それ以上に重要な事がある。
「あんまり舐めるなよ。俺は、今、今さっき2、3人、
誰からともなく、精剣へと手を伸ばしていく。
今は、誰が開墾したかよりも、誰が取り返したかが重要だった。
元通りとは、納得できる結末に他ならない。
そして納得も、全員がではなく、自分が、だ。
「お、俺だってなァ!」
誰かが抜けば、他の誰かも抜き始める。
「……」
ならば剣士と対峙し、オークを
「とりあえず、自分たちは逃げるッス。巻き込まれたら、堪ったもんじゃないッスからね」
今は
それでも一度、インフゥへは声を掛ける。
「インフゥも、来るッスか?」
人を雇う余裕などないファン一行だが、インフゥの行き場もない。インフゥの父母が村人の側であったのか、それとも牧場主の側であったのかは知らないが、既に父母はない。世話になったというコバック母子も、このまま村に残るという選択肢はないのだから、村から出て行くだけだ。
ただエルも「いいんですか?」と口を挟む。
出て行くしか選択肢がないが、ファンと共に行く以外にも、比較的、近い場所に身を隠すという手もある。
インフゥにとって、ここは故郷なのだ。
「……僕は――」
インフゥは、焼け跡に置いた粗末なテーブルに地図を広げ、赤や青の線を引き、怒鳴り合っている大人たちへ目を向けていた。もう地図に引かれた線は、何を示しているのか分からない。
「僕も、もういいよ、こんなの……」
割って入る気にもならない。何を怒鳴り合っているのかすら分からない大人だ。誰かが一方的に勝たなければ収まらない場所に成り果てた。
「行くッスか」
ただしファンへ向けられる声もあって……、
「散々みたいだねェ」
皆の目が向く方には、エスニックターバンを被った長身の男。
男が挨拶するように手を上げると、ファンは笑みで返した。
「ヴィー」
ヴィーも笑みを浮かべ、ファンが連れている四人に視線を巡らせて一礼する。
その仕草が、一部始終ではないにしろ、ヴィーもここで何が起きていたのか把握している事を感じさせた。
そのヴィーがいうのは……、
「遺跡を封印するしかないでしょう、これは」
それが出てくるのは、何かを持ってきたという事でもある。
「何か持ってきたんスか?」
ファンも少々、表情が険しくなるのだが、ヴィーは「いや、いや」と手を振って話を切った。
「静かなとこまで行って、食事でもして一段落つけましょうよ」
今日の事はここまで。
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