第14話「眠れ、眠れ、優しい休み」

 翌日は早朝から動く事となった。農村の朝は当然、早いのだから。


「さて、昨日みたいな人から回っていくッスよ」


 馬車からいくらかの医薬品を取り出してきたファンは、カラに案内を頼む。眠ったまま起きられない村人は後回しだ。そちらはファンの知識では手に余る確率が高い。今は簡単な内服薬や傷薬で処置できる患者を優先する。


 しかしそうなると、これは中々、骨が折れる。


「単純に、ご飯を十分に食べてないからッスね」


 ファンは首を傾げながら、概ね難しい病気ではないと断じはするが、対処は簡単ではない。体力が戻れば自然治癒するが、その体力そのものがすり減っている状態なのだから問題だ。


 ――薬だって万能ではないけれど……。


 ファンの横に控えているエルは医療の知識こそ持っていないが、薬だけでどうにかできる病気など存在しない事は分かっている。食糧事情の改善が必要だ。一日に一食や二食で回復する訳がない。


 ――多分、余裕は、まだあるはず。


 今だけならば何とかなると見立てられるが、それでもエルの表情は渋い。食べられるだけ食べていいものではない。穀物は翌年の収穫に関わる。それを残しての計算は難しい。


 それと同時に、自分たちが提供できる薬も計算しなければならなかった。


 エルは馬車の方を見遣りながら計算していたのだが、ファンの手が伸ばされ、


「あるだけ出すッスよ」


 考えるなと背を押す。自分たちに必要なものでもあるが、今、全て吐き出す必要があるというのは、カラが紹介した病人が一人や二人ではなかったからだ。


 しかしエルは目を剥かされる。


「この全員分!?」


 そもそもファンが必要とするのは傷薬であるから、内服薬の手持ちは少ない。


 全部出したとしても……、


「足りませんよ」


「……」


 ファンは首を傾げながら思案顔で、


「作るしかないッスかねェ」


 頭を掻きながら、そんな事をいい出す。


 その声も動作も、あまりにも事もなげであったが故に、驚きの声をあげたのはカラだった。


「作る!?」


 そんなに簡単に作れるものではないと思っているのは、医薬品は街道まで出て買ってこなければならない「特別なもの」だからだ。


「割と簡単に作れるッスよ。天気もいいし」


 すくっと立ち上がったファンは、「ちょっとごめんなさいね~」と軽い口調でいいつつ、外へ出て行く。


「内服薬は、大抵、植物から作るんスわ。根っことか葉っぱとか、まぁ、色々あるんスけどね、意外と……」


 ファンが目を付けたのは、開けた場所に立っている木。


「これこれ、こういうの」


 その幹にまとわり付いているつるをたぐり寄せた。


「こいつは根を乾燥させるんスね。痛み止めにもなるんスよ」


 簡単に取れるし、簡単に作れるが、難しい部分もある。


「自分が持ってきてるのは、こいつだけじゃなく、花とか、木の皮とか、そういうのを乾燥させて、煮出して作ってるんスよ」


 複数の植物を組み合わせて作られる薬であるから、その調合は簡単とはいえない。


「煮出す時に種類を変えてやると、色々と効果が変わってくれるんス」


 そこを押さえているのが、ファンの修めている御流儀だ。


「全部は、手に入らないでしょう?」


 エルが訊ねると、ファンもそこは苦い顔をさせられる。


「花は季節が違うから咲いてないッスね。果実も。木は砂漠の方へ行かないと、ここじゃ自生しないッス。香味草も……」


 ファンが持ってきた内服薬は再現できない。この材料の多彩さが、カラ達が薬を特別と思う原因であり、また価格を高くしている。


 しかしファンは足りないとはいわない。


「でも今の症状を見てると、そんなに色々はいらないッスよ」


 市販されている薬に数々の材料が必要なのは、あらゆる症状に対応するためだ。症状を直に見ているファンは、必要なものだけで薬を作れる。


「薬も料理と似てるんスよ。色んな薬草を入れると、それぞれの効果が得られるけれど、相殺される所もあって、平準化されるんスね。何にでも効くようになるけれど、一つ一つには弱くなるッス。でも一種類だけだと尖って、一つの症状に対しては絶大な効果になるんスわ」


 今、見てきた症状に合致しているのだから十分だ。


「熱が出ている人は、いなかったッスよね?」


 ファンから確認するように訊ねられたエルは、「いませんでした」と答えた。エルは症状から薬を選ぶ、処置を判断する事はできないが、ファンが処置や薬を決定する材料は全て提供できる。


「なら干しとくッス。夕方前にはカラカラになって、いい感じに薬が作れるッスよ」


 まだまだあると根を掘り出すファンの額には、汗が光っていた。


***


 根の乾燥を待つ間に、三人は「眠ったまま起きてこない」といわれた村人の元を回っていく。


「寝ている?」


 その村人を見た時、ファンは我が目を疑った。確かに傍目はためには寝ているように見えるのだが、ファンには明確に違いが分かってしまう。


「……」


 村人の手を取り、次に首筋へと手を伸ばす。


「ファン?」


 エルに声をかけられるまで、ファンは難しい顔をしていたはずだ。


「……体温が低い。それに脈もかなり遅い……」


 確かに寝ているといえなくもない。しかし寝ていると判断できない要素もある。ファンは自分の口調が深刻になっている事も自覚できなかった。それ程の衝撃がある。


「寝てると言うより、これは……冬眠?」


 最も近い言葉を探すと、ファンからは、それが出てくる。



 冬眠・・



 しかし当然のことながら、人間は冬眠などしない。


「夢を見てんのさ」


 唐突にユージンの声がした。


 振り向くと、ユージンが入り口に立っていて、視線が集まった事にフンと鼻を鳴らし、繰り返していく。


「夢を見てんのさ。そいつら、眠っちまう前に、死んだ家族に会ったとか、そんな事をいってた」


 カラの妹が亡くなってから、一人で村を守ってきたといっても過言ではないユージンは、村の状態を把握していた。


「ユージン、どういう事? 死んだ家族?」


 カラが訊ねると、ユージンは眠っている村人を顎で指し、


「迎えに来てくれたとか何とかいってたぜ。その次の朝からだ。起きてこなくなったのは」


 何か関係があるのかも知れない。


「そいつは確か……死んだ息子が迎えに来たっていってたかな」


 だがユージンの話だけでは、その関係や原因となった何かを探るには不足している。


「他の奴らも同じような事をいってたぜ。昨日のおばさん。息子が眠りっぱなしの。あの息子は、おじさんと妹が来たっていってたっけな」


 そんな事をいいながら、ユージンはハハハと乾いた笑いを発すが、カラは落ち着かないとでもいいたげに、髪を掻き上げた。


「笑い事じゃないわ……」


 原因を探って起こさなければ、いずれ命に関わる。冬眠に近い状態だといっても、飲まず食わずで眠り続けているのだ。クマでも冬眠から目覚めない時がある。寝ているだけといっても、体力は尽きるものだ。


 だがユージンは――、



「幸せなら、いいんじゃねェの?」



 そんな事をいった。


「そいつらは、大事な家族が迎えに来てくれて、夢の中で、また一緒に生活してるんだろ? 幸せな夢じゃねェか。邪魔してやるなよ」


「ユージン!」


 それには流石のカラも声を荒らげた。


 ――いずれ力尽きてしまうというのに、幸せなはずがない!


 何をいっているんだ、とカラに睨み付けられるユージンだったが――、


「幸せだろ。幸せじゃねェか。迎えに来てくれたんだから」


 その言葉は、文字通り吐き捨てられた。


 それを捨て台詞のように残し、ユージンは背を向ける。


「ユージン!」


 カラは取り消していけというが、ユージンは取り消すどころか、去って行く足も止めなかった。

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