第72話「月の光が昼間のように明るいよ」
双方共が同様の力を持ったとしても、それが抑止力として働く事は希であるし、スキルが一定ではない精剣は大火力という衝撃的な威力に酔わせ、戦略や戦術がないまま戦場に投入される事態となった。
今の状況は、未だ運用思想すら明確でない事が示されている。
高位の精剣がどれ程の火力を持ち、どれ程の範囲で炸裂するのかは、使ってみなければ分かっていない場合が
――そうでなくても、その投擲するしかない精剣が何だ。
ファル・ジャルの目が向けられるライジングムーンは、丸鋸を思わせる円形で、手で持って振り回すには向かない形だ。インフゥの村で振るっていたオークも、ライジングムーンは投擲して使っていた。
――自在に空を飛ばせられるとしても、だ。
精剣を構えるよりも先に、ファル・ジャルは立ち位置を変えようと走り、コバックは目で追い掛けた。
コバックにライジングムーンを投擲する余裕はなかったのだが、
――やはり投げられないだろう!
ファル・ジャルが選んだ立ち位置は、大公たちを背にする場所。
――万が一にも傷つけられない方々だ。
投擲しても手元に戻ってくるライジングムーンであるが、空中を自由自在に飛翔できる訳ではない。その軌道は飛翔する鳥に似ているが、減速は空気抵抗によるものだけだ。
――剣と
回転するというのは引く事で切れる鋸の動きとしては理に適っているが、それを武器として扱う事が正しいかといえば、違う問題だ。剣を刃物として使う場合、引く事と押す事の両方で斬れなければならないし、何より剣は突く事を主とする。
――この場を制するのはバフとデバフだ!
精剣を構えたファル・ジャルは、そこで初めてスキルを発動させる。精剣の格に興味も嗜好もないと
Uレア――上位2位の格である精剣は、二つのスキルを宿しているものが存在している。
「食らいついて縛れ! スネークバインド」
ファル・ジャルの背から鋭い牙を持つヘビが何匹も立ち上がる。
そして切っ先を向いた方へヘビが一斉に襲いかかるのだから、コバックの驚きは、ファル・ジャルが想定したものよりも大きかった。
「!」
そのためファル・ジャルですら避けるか逃げるかするものだと思っていたのに、コバックは殆ど棒立ちのままスキルを受ける。
――牙を突き刺す事でレジストさせないスキルだと想像できるだろうに。
嘲笑で行動を止めなかったのは、ファル・ジャルが前者二人と違う点だ。
「モード!」
切っ先を上げて脇に構えながら、続いて自分へバフをかける。
立ち位置とデバフによって戦闘力を削ぎ落とす――勝利の鉄則だ。
――万全!
ファル・ジャルの目に輝くのは、必勝の光か。
Uレアのデバフであるから、フミの城でファンが浴びたような生ぬるいスキルではない。
大公を背にする事で、投擲して使う精剣を封じ込めた。
そしてファル・ジャルが身に纏うバフも、Uレアのバフだ。ただ立っているだけでも、うっすらと燐光を
――まともに動けず、攻撃もできず。
自ら積み上げてきたロジックに、ファル・ジャルは絶対の自信がある。戦場を知っている世代ではないが、戦場にこそ自分の創作を求めるのだから、人一倍、兵法や軍学というものには目を通してきたのだ。
勝利の鉄則を全て実行し、成功させた。
――ハイ、終了!
だが根本にあるロジックを、ファル・ジャルは見逃している。
コバックは何故、ファル・ジャルが大公を背負う位置へ移動した時、一か八かでライジングムーンを投擲しなかったのか?
スネークバインドが発動された時、棒立ち同然だったのか?
そして今も、ライジングムーンを持ったままの手を、だらりと下げてしまっている理由は?
ファル・ジャルは、立ち位置を変えた時に見せた隙を突いたからだというだろうが、そこが違う。
コバックが剣士――精剣を振るう者という意味の剣士――ではないからだ。
コバックはライジングムーンに宿っているスキルを知らない。
有効な使い方も同様だ。宙を自在に飛翔する事は知っているが、精剣であっても娘に宿っているものを投げ出す事に抵抗がある。
スネークバインドが、レジストさせないために牙を突き立ててくる事など想像の
だが、それはコバックの不明を示しているのか?
それも違ってた。
コバックは一つ、理解している事がある。知能が低いといわれているオークであるが、精剣を宿らせる最低限の条件は人と信頼関係を築け、コミュニケーションが取れる事だ。
コバックが理解している事は、オークは力が強いという事、その一点。
踏み込んでくるファル・ジャルを前にし、動かそうとした四肢に重さを感じたのは確かだが、オークの筋力を無にするようなものではない、とも分かった。
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