第105話「お皿とスプーンも飛んでった」

 先陣はヴァラー・オブ・ドラゴンを持つヴィーが切った。


 非時ときじくを抜くファンは、ヴィーに続くより先に指示を飛ばす。


「ザキとコバックさんは、みんなを避難させて!」


 そしてインフゥにはヴィーに続けと声をかけるが、店主から「待て」と声がかかった。


「あれは厄介やっかいなんだ!」


 しかし店主が声を張り上げても、声で止まる三人ではない。


 ――鬼と打ち合っても、敗れる事は許さん。


 キン・トゥの言葉である。一か八かではない。十回試みれば八回は成功するからするのでもない。


 一戦して一勝する――それこそが御流儀ごりゅうぎの極意である、とキン・トゥは説いた。


 そして先頭を行くヴィーは御流儀での勝負ができると考えている。


 ――人の形をしている!


 ヴァラー・オブ・ドラゴンのスキルは使わない。盾を効果的に使う方法も、片手持ちの電磁波振動剣を巧みに操る技術も持っていないし、鎧を着て走る事も不得手だ。


 ただ刃物を扱う術と、多少であろうと兵法の心得がある点で、ヴィーは勝負になると踏む。



 御流儀は剣技ではなく、技術群・・・知識群・・・だ。



 ヴィー、ファン、インフゥは駆ける。


 それに対し、パトリシアとユージンは駆けない。


闘気とうき捻出ねんしゅつ……!」


「タービュレンス!」


 ユージンは帝凰剣ていおうけんの、パトリシアはワールド・シェイカーのスキルを発動させた。


 まずパトリシアがヴィー、ファン、インフゥの眼前にある大地を隆起させ、本当に阻まれたのは村人へ襲いかかろうとしていた一団を阻む。


 それを見越してユージンが帝凰剣を振るい、


「オーラバード……!」


 ユージンの操るオーラバードは隆起した地面を迂回し、横合いから襲いかかった。


 空気を揺らす衝撃の後、パトリシアが隆起させた地面を崩し、ファンたち三人の活路にする。


 躍り込む三人であったが、そこで目にするのは違和感が形となった姿だった。



 敵は怯んでいない。



 Sレアの帝凰剣、Hレアのワールド・シェイカーが放ったスキルを見ても、あるのは渋滞・・だった。


 そしてその風貌は、形こそ人であるが、崩れたような風貌、爛れたような肌が示す通り、人ではない。


「死者か!」


 ヴィーの言葉は正確ではないが、一度、死んでいるという意味では正解だ。



 稀少なスキルに死者をもう一度、戦場に呼び出すものがある。



 人としても、また魔物としても存在しせず、高級な精剣が備えているスキルでしか作り出せないため、様々な呼び名を持つ存在がファンたちの眼前にいる。


「厄介だな!」


 ファンも思わず舌打ちする程、この存在が厄介な事は知っていた。ヴィーのいった死者という言葉の通り、既に死んでいる存在であるため、手足がなくなる程度では怯まない。


 そして最大の懸念材料は、ファンやヴィーも、死者を相手にした経験が不足している事だ。


 ――店主さんが叫んでたのも、これか!


 ヴィーが頬を引きつらせた。精剣がいくらでもある村を、ああまで破壊できたのは数の暴力があったからに違いない。精剣の持つスキルは運用の体系化ができていないし、精々、イノシシや鹿を狩るくらいしか経験のない村人しか遣い手がいなかった事よりも、数が大きい。


 そしてもう一つ。


 ――こいつら、どこを斬ればいい!?


 竜だろうが巨人だろうが斬り伏せるつもりのあるファンも、死者と戦う術は知らない。無論、精剣が出現する以前に成立した御流儀にも、死者と戦う術など記されていないし、修練の方法も同様。


 思考の混乱は足を止めようとしてしまうが、ファンとヴィーは止めなかったからこそ勝機を逃さなかった。


 インフゥが間合いを詰め、精剣を振るう。


 そこに迷いがないのは、バウンティドッグのスキルが、ホッホの感覚をインフゥにフィードバックしているためだ。


 ホッホの感覚は常に正解を引かせてくれる。


「首だよ!」


 インフゥの言葉通り、首をねられた死者はぜるように消え去った。


 ホッホの直感を言葉にするとすれば、こうである。


 ――思考を司っている脳と、心を司っている心臓を切り離せば消滅する。


 死者が蘇ったのではなく、飽くまでも精剣のスキルによって出現させている。


 ならば、とファンもインフゥに続き、精剣を横薙ぎに放った。


「でも、これはこれで難しいな!」


 しかし愚痴も出てしまう。頭は身体の中で最もよく動き、首は的にするには小さい。御流儀の中でも敵の首を断ち切る修練は特殊である。喉を突く動きはあっても、首を切断する動きは少ない。


 そんな兄弟弟子の愚痴に対して、ヴィーはスキルを発動させる。


「ドラゴンファング」


 死者の首を狩るには、赤い輝きを宿した電磁波振動剣が向いた。


「使いづらくなるが、今だけはこっちがいいな」


 そして背後や死角を突こうとする死者に対しては、ユージンが徹底してファンたちの戦う空間を確保する。


「オーラバード!」


 ユージンともパトリシアとも、ファンが共に戦場を駆けたのは一度のみだが、大公の上覧試合で肩を並べた事が呼吸を合わせる一助となっていた。


 人と交わる事に大した理由を必要としないファンの気質というべきだろうか、それに触れられた二人であるからかも知れない。


 ユージンの隣に並ぶパトリシア。


「ユージン、ひとつ試したい」


「何だ?」


 横目で見返してきたユージンへ、同じくパトリシアも視線のみ向ける。


「地面に潜ませたオーラバードを増殖させているな? 地面に潜ませているから、上空へしか行けない」


「まぁ、そうだ。悪いな」


 自由度の高いオーラバードであるが、そこは制限を受けてしまう。地面に潜ませて増殖させたオーラバードは垂直にしか羽ばたかせられないし、丘や山を囲むような広範囲には使えない。


 パトリシアは攻めているのではなく、


「悪くない」


 提案があるのだ。


「なら、私がタービュランスで隆起させた地面に潜ませたら、どうだ!?」


 可能ならば、必殺の一手たり得る。


「なるほど!」


 大きく頷くユージンの顔には、必勝の笑みが。


「味方の技を食らう程、のろまになってないな!」


 それは嘗て、ユージンの村でファンが言い放った一言だ。


 ファンやヴィーからの返事は待たない。


 ――ファンはのろまじゃない。ヴィーもそうだ。インフゥ……は知らないが、ホッホは素早い!


 信頼は、ユージンの中で絶対となっている。パトリシアも同じく。


「タービュランス!」


 パトリシアがスキルを発動させるのは、敵の中央。


「オーラバード!」


 果たしてユージンのオーラバードは、敵陣を十字といわず八方といわず、ズタズタに切り裂いたのだった。

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